第16話ロッキーのテーマ
「んなっ!」
右足を踏み外した。
拳ほどの大きさの石がゴロゴロと下に落ちた。
ここは人が来るような場所じゃないからロックと叫ぶ必要もないだろう。
天狗崖の鼻の部分までなんとかたどり着いた。
俺はロッククライミングをしていた。
落ちれば大怪我か頭から落ちて即死か……正気でないな俺も。
でも天狗の鼻を攻略できればどんな恐怖にも打ち勝てる気がする。
天狗の鼻は崖の途中から真横に飛び出た垂直の岩。
天狗の鼻はカタカナの『ト』を思わせる。
「レッツロック!クライミーング!」
やっちまった……もう戻れない。
幸いにも天狗の鼻はボコボコしていたり切れ目が入っていたりと登りやすい。
俺はナマケモノのような体制でゆっくり前に進む。
背中がスースーする。
それでもなんとか天狗の鼻の先端にたどり着いた。
次は鼻の上に登らないと……
「ん~なあっ!」
右腕を伸ばして鼻の先端の出っ張りを掴んだ。
続いて左。
次が一番勇気がいる。
足を外して両腕の力だけでよじ登らなければ。
「ファイト一発ぅぅ!!」
……
「しゃあーー!」
とうとうやった!
俺はあぐらをかいた。
「知らなかったな……」
天狗の鼻からの景色は最高だ。
御手洗ボクシングジムもよく見える。
俺は文字通り一つの壁を乗り越えた。
……
「止めましょうよ黒木さん……」
「そうですよ……」
止めるなカメダ、西原。
俺はグローブをはめて流れの速い川の中に立っていた。
気を抜くと流されそうだ。
陸にいるカメダと西原の足下には大量の石。
「さあどこにでも投げてこい!」
「投げろったって……」
「石ですよ!?当たったら怪我します!試合前に怪我したら……」
「大丈夫!この辺の石はツルツルしてるから!」
「石は石でしょうが!」
「はやく!足が持たなくなる前に!投げるまで俺は陸にあがらないぞ!」
「あーー!わからずや!」
「いいぞ!」
西原の投げた石を上半身をそらしてよけた。
「しらないですよ!」
「もっとこい!」
これは最高だ。
足腰も鍛えられるし緊張感のあるディフェンス練習ができる。
さすがに何発か被弾したがそれが何だ?
これぐらいしないと輝貴のパンチの恐怖心から逃れられない。
二人の石がなくなるころ。
俺は倒れて川に流され岩に引っかかっているところを救出された。
「黒木さん!」
「だからムチャだって……」
「……明日もやるからな」
『えーー!?』
……
「まだいけるだね?」
「……ヨフーラ!ヨフー!」
砂浜でタフになるためのトレーニング。
ブリッジをしてタオルとロープを噛んで、会長が海に落ちているゴミを拾い、ビニール紐やロープで縛る。
俺はブリッジをしたままロープをくわえてそれらを引っ張って歩く。
会長は調子に乗って釣り道具や壊れた自転車などを縛り付けていくのでどんどんロープは重くなる。
それでも俺は砂浜をブリッジで歩き続ける。
砂浜も綺麗になるしトレーニングにもなる。
一石二鳥だ。
「あっ!ボーリングの玉落ちてた!こっちにはバーベル!」
「うほらろ!?」
首とアゴが痛くて飯を食うのが地獄だった。
……
「やばい……マジやべーって」
引退して爬虫類ショップをやっている藤に頼んで蛇を狭いケージに放してもらい、俺もそのなかに入った。
「こいっ!蛇ども!」
木の棒で地面を叩いて蛇を挑発した。
おお……シャーシャーいってやがる……。
「やべーって!毒がなくても噛まれたら……」
「本当は毒があってほしかった!」
「あー!バレたら閉店だよー!試合で悪口いってごめんてー!」
「気にしてねーよ!」
襲ってくる蛇の攻撃をかわす。
ジャブで首根っこをつかんで離す。
それを繰り返す。
攻防一体のナイストレーニング。
「遅いぞてめーら!なわとびにして跳ぶぞ!」
「やめてー!売り物にならなくなるー!」
試合一週間前になると流石にムチャなトレーニングはしなくなった。
とりあえずいつもの10キロから山登りコースをこなすか。
「……なにしてんの?」
会長が俺の頭にはちまきを巻きだした。
「必勝はちまき。後援会の皆さんがプレゼントしてくれただね。これぐらいファンサービスでつけてもいいだら?」
「しゃーねーな」
はちまきぐらいいいか。
……
「あっ!ロッキーだ!」
「ロッキーがんばれー!」
「ロッキーまけんなよー!」
皆の声が暖かくて嬉しいが、子どもたちがついてくる。
これは……これは?
「ロッキー!」
「僕もロッキーといくー!」
やめてくれー!
ついてくる子どもたちが増えてきた。
……まんまロッキー2じゃねーか!
「……仕方ないか」
子どもたちをつれて10キロも走れるわけがない。
少し先の神社にいこう。
そういうと子どもたちは元気に『はいっ!』と返事をした。
子どもっていいな。
急に父性がわいてきた。
そして
「輝貴にももう少し父親らしく接すればよかった」
と少し後悔した。
……
「ほら!がんばれ!」
目的地の神社にいくには長い階段を上りきらなくてはいけない。
俺は子どもたちを励ましながら器用に後ろ向きに走った。
「ロッキーよりはやくはしるんだ!」
「ロッキーを追い抜いてやる!」
おっ?言ったね?大人の……ボクサーの凄さを見せてやる。
前を向き、ほとんど全力疾走で階段を上りきった。
歓声があがった。
「ロッキーすげえ!」
「さすがロッキー!」
最後の一段を上りきったあと思い切り両拳を天に突き上げて叫んだ。
「どうだーー!」
輝貴にも聞こえる気がした。
ロッキー!ロッキー!ロッキー!
上りきった子どもたちから順番に俺を取り囲む。
「勝つぞ!俺はかつぞーー!」
そうして運命の日がやってきた。
……
「……」
「なにかいいたいことはあるかみゃー?」
「ないな。いや、あるか?」
控え室。
赤と青のストライプ柄の派手なガウン、黒のトランクス、白のリングシューズをまとった俺は座って心を落ち着かせていた。
「……ここまでこれた」
「……ん?」
「あんたがボクシングを教えてくれたおかげだ。ありがとう」
「……泣かせるこというなよ」
あの時会長が一分遅れてジムにきていたら俺は首をつって死んでいた。
人生とはわからない。
「先輩!出番です!」
「いったりましょう!」
俺の応援のぼりを持った後輩達が迎えにきた。
「いってくるか!」
「いこう!」
入場曲は生演奏の『海兵隊』
だった。
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