08 綾ちゃんの進路

 演習場から帰った後は食堂で夕食を取りつつ話をする。メンバーは俺、緋月、綾ちゃんにパンネだ。


 エレーニアとアイシスさんは席を外していた。用事があるとのことだったがエレーニアが気を利かせてくれたのだろう。エレーニアがいない所で、綾ちゃんの神器機関入りについて話をさせるために。


 そして、綾ちゃんは結構乗り気だった。


 パンネと緋月も綾ちゃんを祝福している。もちろん俺もいいことだと思う。


「神器機関はすごいわよ! エリートコースって感じ! なんて言っても世界最大の研究機関だものね。この世界って地球の文明を端から実用化してるけど、そのほとんどは神器機関でやってるのよ!」


 パンネが大興奮だ。神器機関に誘われるというのはすごいことらしい。ただ被召喚者なら神器機関に入ることは難しくないらしいが。神器機関がやっていることは主に地球発の技術の再現だからな。


 三種の神器再現機関。これが、神器機関の正式名称だ。


 三種の神器と言っても日本神話の三種の神器のことではない。ここで言う三種の神器とは、電化製品の三種の神器のことだ。


 昭和時代の日本において、新時代の生活必需品として宣伝された三種類の耐久消費財。白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫。


 それらをこの世界で再現するために設立されたのが三種の神器再現機関。通称、神器機関だった。


 神器機関の活躍は目覚ましく当初の目的であった家電三種の神器は五年もたたずに再現することに成功する。


 その後も神器機関の躍進は留まることを知らず、日本で新・三種の神器と呼ばれるカラーテレビ・クーラー・自動車なども驚く速さで再現することに成功した。


 ただし自動車などは需要がなかったためにあまり普及することはなかったが。これは道路整備など政治面の要素が強いので神器機関とはあまり関係ない。


 ちなみにこの世界ではインターネットが実用化されていないが、それも政治の影響だと言われているので神器機関の能力とは関係のない話だろう。


 ともかく神器機関は、信じられない速度で地球の技術を再現する凄まじい組織へと急成長していったのである。


 その原動力となったのはもちろん飛ばされて来た日本人達だ。自分のいた世界にあった物を再現するのだから、この世界の人間がやるよりははるかに効率よく開発を行える。


 だが飛ばされてくる人間が全員技術者なんてことはない。当然技術が足りない面は出てくる。


 そういう所は魔法で補うことも行われてはいる。だが、基本的にはこの世界で研究を重ね、技術そのものをこの世界で確立させることにより克服してきたそうだ。


 それが神器機関の創設から約五十年に渡る苦闘と努力の歴史である。ちなみに神器機関の歴史については異人会の講義で教えてもらえる。


 まあそんなこんなで、今や神器機関は世界最大の研究機関となっているのだ。家電から兵器まで、地球発の技術はほぼ神器機関からこの世界に送り出されていると言っていい。


 その神器機関に就職できることが、この世界におけるエリートコースの一つであるのは間違いなかった。



 綾ちゃんもそのことは十分承知している。だから、綾ちゃんも決心は固まりつつあるようだった。


「元々私は緋月ちゃんや薙阿津さんみたく戦ったりはできそうになかったし、だからこの話はすごくいい話だと思います。私も……いつまでもここで面倒を見てもらうわけにもいかないですしね。でもみんなと離れ離れになっちゃうのはやっぱり寂しいかな……」


 綾ちゃんの決心を鈍らせる要素があるとすればその一点だろう。だがこれはどうしようもないことだった。


 綾ちゃんが神器機関に行かずとも俺はいずれ異人会を出る。緋月も上へ行くと言う以上、どこかの組織に入ってのし上がって行くのだろう。


 いずれにせよ別れの日はやってくるものだった。だがここで緋月が思わぬことを言い出す。


「そうだな。確かに私も薙阿津たちと別れるのは寂しい。だが私と綾は一緒だ。神器機関にはエレーニアもいる。それに私は神器機関に入った後は、銃火器部門を拡張させようと思っている。綾にはそこで働いてもらうことになるだろう。銃火器に関する綾の知識には一目置いているからな。将来的には魔法銃なども作ってもらうことになると思うが、綾ならできると信じている」


「えっ? えっと……、ふぇっ?」


 綾ちゃんが戸惑っていた。俺も何がなんだか分からない。綾ちゃんが今日エレーニアに誘われる所は見ていたが、緋月はいつ神器機関入りを決めた?


 だがいつもなら一番驚きそうなパンネが驚いていない。どうやらパンネは知っていたようだな。


 多分、流れとしては先に緋月の神器機関入りが決まっていたのだろう。その上で綾ちゃんを誘うかどうかエレーニアと話し合っていたのだ。パンネもその場にいたようだな。


 俺が太郎さんやアイシスさんと傭兵談義をしている間にそんな計画が進んでいたとは。俺が傭兵としての地盤を固める間に、緋月も次の手は打っていたということか。



 神器機関に入るというのはこの世界における王道的なエリートコースだ。神器機関は国連機関の一つなので他の国連機関へとステップアップすることも出来る。


 緋月はこのコースで国連事務総長を目指す気なのだろう。この世界における世界のトップは間違いなく国連事務総長だからな。


 国際連合。名称こそ地球と同じだがこの世界における国連の力はとてつもなく大きい。世界政府とでも銘打っていいほどにだ。


 完全に国の上に存在する組織として世界に君臨していた。その国連の中を緋月は最短コースで登りつめようとしている。



 だが今はそんなことどうでもいい。それより綾ちゃんだ。


「黙っていて悪かったが、私は少し前に神器機関入りを決めていたのだ」


 緋月が軽く説明を加えた。


「そう……だったんだ。じゃあ、これからも緋月ちゃんとは一緒なんだね」


「もちろんだとも。私が綾を置いてどこかに行ったりするわけがないだろう」


 緋月が殺し文句みたいなことを言っていた。こいつは上に行くためなら平気で綾ちゃんを置いていきそうだが。


 でも友達思いじゃないわけではなかったと。神器機関でしっかりとした足場さえ築ければその後緋月が上に行っても綾ちゃんは自分でやっていけるだろう。緋月は十分に綾ちゃんのことも考えていたというわけだ。


 そして緋月も神器機関に行くことが分かり綾ちゃんの決心も固まったようだ。


「私、神器機関に入ります。薙阿津さん。パンネさん。本当に今までありがとうございます。二人がいなかったら、私今日までもたなかったかも知れません」


 綾ちゃんが別れの挨拶みたいなことを言い始めた。別にすぐ神器機関入りするわけじゃないと思うが。でも綾ちゃんが頑張れそうなのは素直に嬉しい。


「銃火器部門に入れたら、いっぱい銃を作りますね。私、この世界で魔法を知って、実はやりたいことはあったんです。ただ、自分の力では出来ないと思っていたけど。でも神器機関に入ったら私やれると思うんです。私の錬成術の適性がどれだけあるかも分からないけど、きっとすごい魔法銃を作ってみせます! そうしたら薙阿津さんにもその銃を使って欲しいです。あ、もちろん緋月ちゃんにも!」


 綾ちゃんのやる気が爆発していた。綾ちゃん自身も、今日まで何も考えていないわけではなかったのだ。綾ちゃんなりに、自分にできること、やりたいことについては考えていた。


 それが、見える形で結実したのが今日だったのだ。


 もう綾ちゃんは大丈夫だろう。元々俺が心配するようなことじゃなかったのかも知れない。綾ちゃん自身、実際は芯のある出来る娘だったというわけだ。



 とにかく、今日は嬉しいと思える一日だった。



 俺は傭兵としての地盤を固めつつある。緋月は最速で国連内部を駆け上って行くつもりだ。綾ちゃんも神器機関で頑張って行くだろう。


 異世界生活十三日目。俺はこの世界に来てから、最も充実した気持ちで眠りを迎えるのだった。



 ……そのまま朝まで眠れたなら、最高な一日だったんだけどな。

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