異世界トリップしたんですが私ではなく彼のほうがチート気味です。
星名柚花
01:猫被りな美少女
桐谷高校は入学するためにそれなりの偏差値が必要とされる都内有数の進学校である。
現在の生徒数は904名、各学年は10クラス――つまり、1クラスの生徒数は30人前後。部活よりも学業重視、トップクラスの生徒は多くの進学校の例に漏れず有名大学へ進学するのだが、今年の新入生は特に頭の良い生徒が多いと教員も喜んでいた。
そして、今年度入学した『頭の良い生徒』のうち女子筆頭として挙げられるのが、桜並木の道を歩く黒髪の美少女だった。
時刻は八時十五分、登校するには少し早い時間。
学び舎に続くなだらかな上り坂を彼女は他の生徒に混じって歩いていた。
身長は女子にしては少し高めの162センチ。
春の暖かな太陽の日差しを受けて浮かび上がる天使の輪。
腰まで届く艶やかなストレートの黒髪。
きっちりと着込まれたブレザーの制服。
側頭部に結わえられた白いリボンがいかにも優等生然とした彼女の清楚な印象をさらに強くする。
柔らかな睫に守られた大きな双眸。白くしなやかに伸びる細い肢体。大きすぎず小さすぎず、ごく平均的なサイズの胸。彼女は『学校で一番可愛い女生徒』と上級生どころか教員の間でも噂になっていた。
ひらひらと桜が舞い散る。幻想的な風景の中を歩く美少女の姿は、道行く人々の目を釘付けにした。不意に吹き抜けた風に彼女がそっと髪を押さえる。
その仕草にほうっと同性からもため息が漏れた。
「お、おはよう、立花さんっ」
後方を歩いていた小柄で太めの男子生徒が、坂の中盤に差しかかったあたりで彼女に近づいた。彼女は黒髪を軽く揺らして振り返る。
顔を赤らめて、いかにも勇気を振り絞りました、という様子の彼に、
「おはよう佐藤くん」
彼女は動じる様子もなく微笑む。
男子生徒が驚いたように目を丸くした。
「ぼ、僕の名前知ってるの? 隣のクラスなのに」
ちなみに制服には名札がない。個人情報保護法や個人を特定した犯罪被害防止のため、小学生や中学生でも名札をつけることがなくなったのだ。
「うん。同じ学年の生徒の名前は覚えたから」
事も無げに美少女は言ってのけた。お互い入学してまだ一週間しか経っていない。彼女の脅威の記憶力に周囲からどよめきがあがり、男子生徒は感服したように口を半開きにした。
「友達に聞いたんだけど、今日、あなたのクラスは数学の小テストがあるのよね。勉強はした?」
「う、うん、一応ね。でも数学は苦手だから自信はないけど……あの、た、立花さん」
「はい」
高嶺の花を前にして、男子生徒は挙動不審だ。それでも美少女は笑顔のまま応対している。度量の深さがよくわかる出来事だった。
「立花さんは数学得意だったよね。もし良かったら、今度教えてくれない、かな」
この発言には男子生徒が殺気だった。
あの野郎なに抜け駆けしてんだという凶悪なオーラがあちこちで渦を巻く。
「いいよ。都合が良い日を教えてくれるかな」
「ええっ、本当に!? 都合が悪い日なんてないです! あるわけがないです!!」
男子生徒はすっかり舞い上がり、折れてしまうのを心配してしまうほどに激しく首を振った。
「ふふ。じゃあ、明日の放課後なんてどうかな。私のクラスまで来てくれる?」
「はいはいはい!! 行きます全力で伺います!!」
「俺も俺もいいですか!?」
遠巻きに見ていた男子生徒が数人駆け寄って便乗してきた。
それに気分を害するそぶりもなく、美少女は頷いた。
「うん、どうぞ。わからない問題をピックアップしておいてね。それじゃあ、教室で友達が待ってるから、またね」
にこやかにそう言って、颯爽とその場を後にする美少女。風に吹かれて黒髪がひらひらと踊る。
後に残された生徒たちは口々に彼女を褒め称えた。
「シャンプーかな? 香水かな? いい香りがしたぁ……」
「なに浸ってんだこの野郎、学校のマドンナに抜け駆けしてんじゃねえ!!」
「てめえ後で体育館裏に来い〆てやる!!」
「ひぃぃぃ!?」
「すげえな立花さん。学年全員の名前を覚えてるなんて。俺なんて同じクラスの奴さえまだ覚えきれてねーよ。さすが才女」
「容姿も成績も非の打ち所がないよねぇ」
「スポーツも万能らしいよ」
「マジで? もう完璧じゃん。天が二物も三物も与えてしまったんだな……」
そして、囁かれるそれらの言葉を背中に受けた美少女は。
「……か・い・か・ん」
美少女という言葉を撤回したくなるくらいの、顔面崩壊に等しいニヤけた笑顔を浮かべていたのだが、もちろん彼らが知る由もなかった。
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