第21話

 俺達4人はビルの1階に下り、無事にビルから出る事が出来た。

 ベティーナの【生命の石】が破壊された事で、ビルを包んでいた結界も完全に消滅していた。


 そしてビルの前で、俺とシエラは全てを春と正樹に話した。

 俺の事、シエラの事、魔術や魔術結社の事……。

 全てを聞いた2人は、複雑な表情をしながらも納得してくれた。


「……まさか七御斗にそんな力があったなんてな……シエラちゃんも竜の末裔で魔術師とか、普通じゃ絶対信じられねえよ。まああんな姿見せられちゃ、信じるしかないけどよ」


 正樹が腕を組みながら言う。

 春は束ねられた鉄骨の上に腰掛け、俯いて難しい表情をしたまま何も言わない。


「ああ、俺もこんな馬鹿げた事を知ったのは、つい昨日の話だ。……すまなかったな。俺のせいで、こんな事に巻き込んじまって……」


「……ハっ、気にすんな。そりゃお前が悪いっていうより、お前の体質が悪い。とんだ貧乏くじを引いて生まれちまってたワケだ」


「フっ……ああ、全くだ」


 気楽に言ってくれる正樹に、俺も鼻で笑いながら言う。


 ……そう、俺が『神の子ロゴス』なんて力を持って生まれてこなければ、こんな事にはならなかった。

 春も正樹も、そして姉さんも巻き込む事はなかったんだ……。


 俺は心の中で、自分で自分を責める。

 そんな時、シエラが、


「……とにかく、『黄金の夜明け団ゴールデン・ドーン』の目的はハッキリしました。この事を『薔薇十字団ローゼン・クロイツァー』に報告して、何らかの対処が講じられるはず。ベティーナの【生命の石】も破壊しましたし、『黄金の夜明け団ゴールデン・ドーン』の補充要員が今日明日に来ることも考え難いです。先輩達は安全な場所に隠れて、『薔薇十字団ローゼン・クロイツァー』から増援が来るのを待ちましょう」


 冷静にそう言った。


 確かに、それが1番良い方法なんだと思う。

 しかし―――――


「いや……それじゃ駄目だ」


「え?」


「アイツは……ベティーナは当然俺達がそうすると分かっているはずだ。俺がどこかに隠れ、『薔薇十字団ローゼン・クロイツァー』から増援が来るのを待つ……。しかしアイツは、どんな手段を使ってでも俺を捕まえると言っていた。【生命の石】を失ったアイツが、どんな強硬手段に出てくるか分からない。をしてでも……俺達を炙り出してくるはずだ」


「そ、それはそうかもしれませんが、他に方法なんて……」


 俺は真剣な表情で、シエラに顔を向ける。


「……俺達が炙り出すんだよ。ベティーナの事を、な」


「え……?」


「シエラの作戦を続けるのさ。俺を餌にして、もう1度ベティーナをおびき寄せる。そして……今度こそ決着を付けるんだ」


 俺の言葉に、シエラは流石に驚きを隠せなったようだ。


「な……っ!? そ、そんなの駄目に決まってるじゃないですか!! 確かに先輩を囮にはしましたけど、それはベティーナがあんなに強いとは知らなかったからで……! せっかく助かったのに、一体何を考えてるんですか!?」


 俺は「やっぱり囮にしたんじゃねーか」と苦笑混じりに返し、


「助かったからこそだ。もし『薔薇十字団ローゼン・クロイツァー』の増援が到着してベティーナに自分が後手に回ったと思われたら、それこそ駅にでも学校にでも爆弾でも仕掛けられて脅されかねない。状況は、必ずしも有利になったワケじゃないんだ」


「う……」


 シエラは反論出来ない。

 確かに【生命の石】は破壊したが、ベティーナがテロリストという事に変わりはない。

 もし必要なら、ためらいなくまた大勢の人を殺すだろう。

 そうなる前に、手を打たねばならない。


「昨日や今日のベティーナの動きから考えて、奴は何らかの方法で俺達の行動を常に監視してる。今俺達が動けば、奴はそれが罠だと分かっても必ず食い付くはずだ。その方が『薔薇十字団ローゼン・クロイツァー』の援軍相手にするより、ずっと簡単だからな」


 俺は、すぐに策を練り始める。


「人気のない所……そうだな、ここみたいな湾岸沿いがいい。そこに俺がいる事をワザと教えて、誘い込む。【生命の石】を失ったベティーナなら、俺とシエラでも十分勝機はある。俺達が……アイツを止めないといけないんだ」


「し、しかし……」


 俺の説得を聞いても、中々納得出来ないシエラ。


 無理もない、あれだけの強さを見せつけられて、もう1度戦おうって方がどうかしてると自分でも思う。


 シエラが答えを渋っていると――――――意外な人物が声を上げた。


「……私も…………手伝う」


「え?」


 その声に、皆一斉に声の主を見る。


 ――――春だ。

 春が、俯いたままそう呟いたのだ。


「お、おい、日向……?」


 近くにいた正樹が、心配するように声を掛ける。

 しかし春はそんな正樹の事も気にする様子を見せずに立ち上がると、キッと俺の方へ顔を上げた。


「それ、アタシも手伝うわ! 私も一緒に戦う!」


「んな……っ! 馬鹿言うな! 今回は運良く全員無事で済んだだけで、次もそうなるとは限らないんだぞ!? それにお前は戦いなんて出来ないだろうが!」


「何よ! アタシはこれでも銃火器店の娘よ!? 銃くらい扱えるわ!」


「そういう問題じゃない! これはお前には関係無い事なんだ! こんな戦い、付き合う必要はねえ!!」


 俺は、思わず怒鳴ってしまった。

 俺の言葉を聞いた春は、一瞬ビクッと肩を震わせる。


 別に怒るつもりはなかった。

 只、関係ない春を巻き込みたくないだけだった。


 今回は運良く全員無事だったが、次は全員五体満足で帰れる保証など何処にもない。

 これは一種の〝戦争〟なのだ。

 そんなモノに、春を巻き込むワケにはいかない。


「…………ないもん」


 春は弱々しい声で、何かを呟く。


「何?」


「関係なくなんて……ないもん……ナオくんは……私の大事な人だもん……!」


 春は両手の拳をぎゅっと握り、強張った顔で俺を見る。

 その顔は、まるで涙を堪えているように見えた。


「春、お前……」


「駄目って言っても付いてくんだから! シエラちゃんだけになんて、任せておけないわよ!」


 そう叫ぶ春の目には、強い意思が宿っていた。

 絶対に退かない、その強い意志がハッキリと現れていた。

 俺が返事に困っていると、


「……ハア、そうだな。確かにこんな事に巻き込まれて、はいそーですかとは引き下がれねえよ」


 正樹がベースボールキャップの鍔を掴みながら言う。


「……俺も行く。乗り掛かった船だ。戦える奴は、1人でも多い方が良いだろ?」


「正樹、お前まで……!」


「それに……お前は俺の目標なんだ、死なれちゃ困る」


 春と正樹は肩を並べ、俺を見る。


「……次は……本当に死ぬかもしれないぞ?」


 俺は、念を押すように言う。

 これが、俺から2人に対しての最後警告だった。

 しかし、


「何度も言わせないでよ。覚悟は出来てるわ」


「そういう事、だな」


 春は真剣な表情で答え、正樹はやや笑って答えた。


 そんな2人を、俺は、これ以上否定出来なかった。


「…………分かった。2人共、すまない」


「いいって事よ。人生1度くらいは、宿敵ライバルの為に命を掛けるのも悪くない」


 正樹は、ニカっと笑う。


「あ、あの……ちょっと……!?」


 1人だけ空気から置いて行かれているシエラが、焦りの声を上げる。


「さ、お前はどうするんだシエラ?」


「ど、どうするって……」


 尋ねる俺に、シエラは大きくため息を吐く。


「…………はあ、分かりました。勿論私も協力します。私の役目は先輩を護る事なんですから、私だけ隠れるワケにはいきません」


 シエラは頭を抱えながらも、しょうがない、といった感じで言った。


「よし、決まりだ。決行は……今夜だな。それまでに戦う準備をしておこう」


 俺が仕切り直すように言うと、


「そうね。じゃ、行きましょうか」


 と、春が1人で歩き出した。


「え? お、おい、行くって、何処にだ?」


 俺達3人は春の行動にキョトンとするが、


「決まってんじゃない。戦う為の〝武器〟を調達しに行くのよ。ホラ、アンタ達もアタシに付いてきなさい」


 とだけ春は言い残して、また歩き出してしまった。


 残された俺達は顔を見合わせて不思議そうな顔をするが、仕方なく春に付いて行き、ビルを後にするのだった。




 ベティーナと戦った建設途中のビルを離れ、俺達は新有明の街中に戻って来ていた。


「なあ春、お前何処に向かってるんだよ?」


「来れば分かるわ。黙って付いて来て」


 尋ねる俺に対し、春はズカズカと先へ進んで行く。


 俺達は仕方なしにその後に付いて行くと――――――何やら、見覚えのある場所に辿り着いた。


「あれ? おい春、ここって……」


 そこは、とある店だった。

 入り口の上に大きく文字が書かれた看板があり、店の前には腰に手を当てたやたらの巨大な人形が堂々と置かれている。


 そう、俺はつい一昨日ここに来た。

 見紛うはずもない。

 ここは春の実家であり、郡次伯父さんの経営する銃火器店ガンショップ『ジョリー・グリーン・ジャイアント』だ。


 春は、躊躇することなく店の中に入って行く。

 俺達もその後に続き、中に入る。


 店の中には、俺が来た時と変わらず大量の銃などが飾られている。

 そして、店の奥では――――――


「おう、いらっしゃい! どんなブツを――――ってなんだ春か。今日は随分遅かったじゃねえかよ」


 グレーの髪をオールバックにしてちょんまげのように結っており、グレーの顎ヒゲを蓄えた大男、郡次伯父さんがカウンターに座り、店番をしていた。


「お? それに七御斗に、他の友達もいるのか。お前が知り合い連れてくるなんて珍し――――――」


 郡次伯父さんはカウンターに座ったまま何かを言おうとするが―――――――春が両手で思い切りカウンターを叩く騒音が、郡次伯父さんの話を遮った。


 その音と行動に郡次伯父さんは一瞬驚くが、対する春は表情を一切変えず、


「……倉庫の奥にある銃、幾つか貸して。代金は全部私に付けていいから」


 冷静な声で言った。


「あ、ああ? のって……おメエ、一体何に使うつもりだよ?」


「それは……パパには話せない。でも必要なの。だから……お願い」


「お前……」


 郡次伯父さんは春の様子に何か只ならぬ事態を感じ取ったのか、春の後ろにいる俺達にも目を向ける。

 俺達3人も、おそらく春と同じような目をしていたのだろう。


 郡次伯父さんは何かを悟り、再び春に目を戻した。


「…………駄目だ。お前等に、銃を貸すワケにはいかん」


「っ! パパ!」


「それに、お前等がおかしな事に首を突っ込むのも許さん。俺はお前の父親として、1人の大人としてお前やお前の友達を危険から護る義務がある。厄介事に巻き込まれたなら、大人しく警察に連絡しろ」


「だから――――っ!」


 反論しようとする春だったが、俺は後ろから春の肩に手を置き、彼女の言葉を諌めた。

 そして真っ直ぐ郡次伯父さんと目を合わせ、話を始める。


「……俺からも頼むよ、伯父さん。確かに俺達は厄介事に巻き込まれてる。でも、これは警察には任せられない。これは俺達にしか解決できない、俺達がやらなきゃいけない事なんだ。その為には、伯父さんの協力がいる」


「…………」


 静寂に包まれた店内の中で、郡次伯父さんは俺を見つめる。

 そして何秒経ったか、郡次伯父さんはポツリと口を開いた。


「……ハア……やっぱり、んだな…………これも〝血〟なのかね……」


「え……?」


「俺も、そしてお前の親父もそうだった。平和な暮らしに満足してりゃいいのに、どこかで厄介事に巻き込まれて、人生を踏み外しちまう。それでも俺達は自分の歩む道が正しいと信じて、危険に首を突っ込むを止められなかった。……その頃の俺達は、ちょうど今のお前等みたいな目をしてたんだろうな」


 郡次伯父さんは俺と春を見て、感傷に浸るように言った。


「……いいだろう、付いてきな」


 郡次伯父さんは壁に掛けてあった鍵を取り、カウンターから動いた。


「パパ……!」


 郡次伯父さんの行動を見た春の顔が、ぱあっと明るくなった。

 俺達は郡次伯父さんの後に続き、倉庫へと向かう。


 郡次伯父さんは地下の射撃場を通り過ぎ、その奥にある頑強そうな扉の鍵を開ける。

 中に入ると灯りをつけ、それを確認した俺達は倉庫の中に足を踏み入れた。


 そして、俺達が目にした物は――――――

 言うまでもない、『銃』である。


 しかし、置いてある数は上の店に飾ってあったのとは比にならないくらい多い。

 何百、いや、何千丁はあるだろう。


「これが、全部『銃』ですか……凄い数ですね……」


 驚いた表情でシエラが言う。


 しかも、驚くべきは数だけではなかった。

 無数の銃器を見た正樹は、


「お、おいおい……ここにあるの、こりゃ全部〝軍用〟じゃねえか。世界中の軍用銃が置いてある。しかも銃だけじゃねえ、対人地雷クレイモアやRPGまであるぜ。もう戦争が出来るんじゃないか、これ……」


 正樹が驚くのも無理はない。

 此処にはアメリカ製やロシア製など東西問わず、新旧あらゆる軍用銃が並べられている。

 他にも手榴弾や地雷と思しき物、さらには重機関銃やロケットランチャーまである。

 中には、明らかに違法と思わしき物まである始末だ。

 これはもう、一銃火器店ガンショップの域を立派に超越している。


「あ、ああ。凄いな、こりゃあ……」


「いつかこんな時が来るんじゃないかと思って、昔の伝手ツテで仕入れておいたんだ。ま、あんま細かい事は気にすんな」


 俺の言葉を、郡次伯父さんが遮った。


「はあ、まさかこの子達が役に立つ日がくるとはねぇ……只の無駄遣いだと思ってたのに」


 春がボヤくように言う。

 確かに、これだけの銃を仕入れたのなら額も相当な物だろう。

 全部まとめたら一体いくらになるのか、想像もつかない。


「ま、何にせよありがとうパパ。これで――――」


「いや、まだだ」


 郡次伯父さんは真剣な表情でそう言うと、倉庫の一番奥へと向かう。


 倉庫の一番奥には、シートが被せられた大きな長方形の箱があった。

 大きさは、俺の身長より少し大きいくらいだろうか。


 郡次伯父さんがおもむろにシートを取り払うと、同時に大量の埃が舞い上がる。

 そして、巨大な木箱が姿を現した。


 郡次伯父さんは近くに置いてあったバールを手に取り、木箱の前面のフタをこじ開ける。

 すると、木箱の中にあったのはあまりにも意外な物だった。


 それは、まるで人のような形をした〝機械〟だった。

 人の手足のようにスラリと長い金属の四肢が伸びており、人間に装着出来るような形状をしている。

 胴体に当たる部分はボックス化していて、動力源となっているであろう事が見て取れる。


「これは……!」


「コイツは通称【ハインライン】。少し前までアメリカ軍で評価試験が行われてた、試作型強化外骨格パワード・エクソスケルトンだ。今じゃ計画プロジェクト事態が凍結されちまってちっとばかし旧式化してるが、それでも身体能力を相当に引き上げてくれる」


 郡次伯父さんは説明する。


 俺を始め、シエラや正樹達も驚きの表情を隠せない。

 映画やゲームでこの手のパワードスーツと呼ばれる物は幾らか見て事はあるし、世界中の軍隊で何度も試験が行われているという話もネットで見てはいたが、いざ現物を目にするのは初めてだ。


 俺達が目を丸くしていると、


「……使え。きっと役に立つだろうさ」


 郡次伯父さんがふいに言った。


「え? で、でも……」


「何、金の事は気にするな。どうせ、こうして倉庫の奥で埃を被ってたんだ。必要な時に使ってやるのが、コイツの為ってモンよ」


 郡次伯父さんはフッと笑い、俺の肩に手を置いた。


「伯父さん……」


 郡次伯父さんの豪胆さと心遣いに俺が感銘を受けていると、


「まさか、倉庫の奥にこんなのがあったなんて…………っていうかパパ! コレ、一体幾らで仕入れたの!?」


 ふいに、春が叫んだ。


「い、いやあ、軍需企業の知り合いが「安く譲るから、いらない?」って言うもんだから、つい……」


「つい、じゃないわよ! こんなの安いワケないじゃない! 言いなさい! 今度は、一体幾らウチの経費を無駄遣いしたのよ~っ!?」


 春は腕を伸ばし、巨人と小人ほど身長差のある郡次伯父さんの襟を掴んでブンブンと揺さぶる。

 俺達はその光景を苦笑いしながら見るが、同時にどこか微笑ましくも思えたのだった。 


 郡次伯父さんは春の手を離すと、真面目な顔で俺と目を合わせる。


「【ハインラインコイツ】も、ここにある武器も自由に使え。俺はお前さん達を信じる。悪い事には使わないってな」


「伯父さん……ありがとう」


「……ただ、1つ約束しろ」


「約束?」


 郡次伯父さんは俺達全員を見ると、


「……手足が吹っ飛ばされたっていい。両目が潰されちまってもいい。人の尊厳なんて捨てちまえ。だから、最後まで諦めるな。必ず…………全員


 ただ、そう言った。

 俺はその言葉に対し、


「……勿論だよ。全員生きて帰ってくる。約束だ。なあ、皆?」


 問い掛けるようにシエラ達に言うと、皆頬笑み、首を縦に振った。


 俺は目の前の【ハインライン】に視線を戻すと、1歩近づき、そっと【ハインライン】の骨格を撫でる。


「さて……それじゃあ準備を始めよう。使と……戦う準備をな」


 俺は【ハインライン】に向け、不敵な笑みを浮かべるのだった。

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