第10話 海へ

 「おはようございます」

 「……おはよう……何で俺の部屋にいるの?」


 朝、目が覚めるとミナが俺の枕のそばで正座していた。

 2日連続の膝枕ひざまくらじゃなかったのでひとまずホッとする。


 「はい、起こしに参りました」

 「頼んでないよね」


 そう、起こして欲しいなんて頼んでいない。

 昨日寝る前にスマホの目覚ましを確認して寝たはずだ。


 「ついでです」


 ミナの変化の無い表情で見つめられると、真剣に話しているようでよく分からない。

 とりあえず、このまま寝ている訳には行かないので起きる。


 「ついでって……まあいいか、今日も朝の日課をしてくるよ」

 「はい、私も用事と朝ご飯を用意しておきます」

 「ん?ご飯なら手伝うけど?」

 「いえ、マスターは色々と大変なのでお任せ下さい」


 色々とやっているのはミナの方だろうに……。

 まあ、ミナが申し出ているのだから無碍にはしないか。


 「分かった。間に合えば手伝うから」

 「はい、承知しました」


 優々とお辞儀をしてミナは俺の部屋を出て行く。

 さすがにこれ以上はボケないか。


 俺も部屋を出て顔を洗い着替えると、真白とともに罠の確認に向かう。


 今日の罠の成果は、ゆうに100キロは超える巨大なイノブタが取れた。

 早速、血抜きをして無限収納の中にしまっておく。


 すべての罠を確認した後は、ゴムの樹液の回収と胡椒の実を出来るだけ採取して帰る。


 「ただいま~」「ワフッ」

 「お帰りなさいませ。マスター、真白様」

 「おお、帰ったのじゃな」


 家に戻るとアルフィーナとミナが朝食の準備をしていた。

 見ると、もうほとんどすることが無い。


 「ミナありがとう。アルフィーナさんすいません、朝食の準備手伝えなくて」

 「……う、うむ、気にするでない」


 ミナはお辞儀をして返すが、アルフィーナは何か不満げな表情をしたあと、そっぽを向くように返す。

 何か気に障ることしたかな?


 朝食を取ると、すぐに海へ行く準備をする。


 「さて、まる1日かかると思うからお弁当を作らないと」

 「マスターそちらの方は、すでに準備が終わって無限収納へ収納済みです」

 「えっ!?」


 旅先でお昼になるのでお弁当を作ろうとしたら、すでにミナが用意をしてくれていた。


 「ああ、手伝えなくてごめんね」

 「いえ、当然の事ですから」


 目録を確認すると、たしかにお弁当の文字が浮かぶ。


 「じゃあ、あとは持って行くものは……」

 「マスター、外は何かと危険かと思います」

 「危険?」


 崖とか獣類のことかな?崖なら気をつければいいし、獣は真白がいれば安心なんだけど……。


 「そうじゃぞ、ここより海に向かう道中は不足の事態が起きかねん、それに海には下竜が居るのじゃ!」


 そういえば下竜がいるんだっけ?!


 「マスター装備の方なのですが、よろしいでしょうか?」

 「大丈夫だも……なんで?」

 「外は危険があるかもしれません。なのでこちらをお持ち下さい」


 ミナが無限収納から取り出したのは柄から鞘に至るまで真っ黒な大小の刀と、同じく柄から鞘に至るまで真っ白な大小の刀、計4振りの刀だった。


 「刀か……、たしかに魔法では瞬時に対応するのが遅れるかもしれないからね、必要だとは思うけど……」


 日本では銃刀法で警察に捕まるので普通は刀なんか持ち歩くことはない。

 しかし、ここは異世界、もし危害を加えようとする敵が現れた場合自分で対処しないといけない場合があるかもしれない。

 自分の身は自分で守る必要がある。


 「うん、分かった。帯刀するよ!……でも何で2対あるの?」

 「はい、マスターなら両脇に2振りずつ差して戦うとカッコイイと思いまして」

 「……おいおい、俺はそんなに器用じゃないぞ!」


 そんなどっかの主人公みたいな真似は出来ない。


 「とりあえず黒の大小を貰うよ」


 ミナから黒い刀の大小を受け取ると、これまたミナが用意していた腰帯を受け取ると、いつも穿いているジーパンのベルトの上から腰帯を何周か巻いて刀の大小がぶつからないように差込、下げ緒を使って墜ちないようにした。


 「刀を差すのは久しぶりだな……」


 幼い頃、近所に住む爺さんが子供達を集めて健康のためだとか言って剣術や体術を教えてくれていた。

 もっとも子供と言っても数人しかいなかったが……。


 その剣術の稽古で刃引きされた刀も扱った事もあり、また、神社への奉納演武として刃の付いた刀で畳表1畳巻を切った事もあるので、まったく素人という訳ではない。


 「のうマサキ、その細い棒はなんじゃ?」


 アルフィーナは、刀を知らないのか不思議そうな顔で刀を指差して聞いてきた。


 「ああ、これは刀と言って俺の国では昔武器として使っていた剣ですね」

 「なんじゃと!こんな細い物が剣なのか!」


 アルフィーナは、信じられない。といった感じで驚いているので危なくない様に刀を抜いて見せてあげる。


 「このように片方だけ刃が付いているんですよ」

 「ほう片方だけなのか……しかし、これは綺麗なものじゃな」

 「ええ、この刀の刃の部分に出てる波のような色は、波紋と言って刀作った人でそれぞれ違う波を作るんですよ」

 「ほー、刃の部分に波の紋様とな」


 少し反り美しい紋様を出している片刃の刀にアルフィーナは見惚れている様だ。

 しかし、この刀普通の物と違うような……まあ、いいか!


 「それでは、白い方は無限収納へ送ります」

 「うん、他に用意する物もないから、行こうか!」


 出発の準備は整ったので、歩いて行くので靴紐をしっかりと結んで玄関を開ける。と玄関の前にリヤカーみたいなのに座席を2列に取り付けた代物があった。


 「何コレ?」

 「真白様がコレを引いて全員を運んでくれると、昨日約束を取り付けておきました」

 「ワンワンッ!」


 玄関から出た真白が、馬ほどの大きさになるとリヤカーの前に立つ。


 「真白……いいの?」

 『任せてください主様あるじさま』


 聖獣たる真白にこんなの引いて大丈夫なのか聞くと、通信を使って問題ないと胸を張って応える。


 「ありがとうね、真白」


 感謝を込めて首や耳元を優しく撫でてあげると、真白は心地良さそう目を細めた。


 リヤカーを真白に繋いで全員搭乗する。

 真白なので手綱等は必要なく、細かい指示なども通信で共有できるので問題ない。


 「んっ?まてよ、敷地より先は道なんてないけど?」

 「はい、作りながら進みます」

 「マジですか!」

 「マジです」


 まあ、トンネル作りも真白に跨って作っていったから問題ないかな。


 「じゃあ、大雑把に作っていくから、ミナに細かい修正を頼んでもいいかな?」

 「はい、お任せ下さい」


 ミナなら道も作りながら行けるだろうけど、なんでもミナ任せにしてはいけないな。


 「よし、出発しよう!」

 「ワンッ!」


 真白が一声あげると、トンネル作りと同様に最初はゆっくりと進みだす。


 魔法を使って真白が進む方向にある、木などの障害物は無限収納に入れて地面を硬化させていく。

 トンネル作りの時もそうだが、慣れていくにしたがって真白に指示を出して速度を上げていった。


 海までの道筋は、ミナがUAVで取り込んだ3Dマップを表示して一番良い道をわり出してナビゲーションしていく。

 良い道とは、自然の景観を破壊しない、野生動物の進行を妨げないなどの必要な配慮を含んでいる。

 そのため、時には陸橋の様な橋を造り、時には山を貫通するトンネルを何本も造り出して進んでいった。


 お昼近くになる頃には、すでに海まで到着していた。

 ゴミなどが無い綺麗な海が眼下に広がっている。


 「いやはや、われながら凄い事したな」

 「いや、お主らが凄い事しているのは、ここのところずっとじゃがな」


 目の前で起こった光景にアルフィーナは少し疲れた表情をしている。

 そういえばトンネル作りは、アルフィーナに見せていなかったから今回が初めてか。


 「さて、目的の塩作りを始める前に腹ごしらえをしようか!」


 腹が減ってはなんとやら、お腹が空いていては作業もままならない。


 「まっ、まて!マサキ」


 無限収納からお弁当を取り出そうとしたらアルフィーナが慌てたように止める。


 「どうしたんですか?アルフィーナさん」

 「見るのじゃ」


 アルフィーナの指を差す方向に目を向けると、何か巨大なものが海岸近くの林の中に身を潜めて隠れていた。

 言われるまでまったく気が付かなかった。真白は気付いていたみたいだけど。

 全員身を低くして様子を伺う。


 「なんですかアレ?」

 「下竜じゃ」

 「アレが下竜ですか!大きいですね~」

 「うむ、100年以上前に見た時よりも更に大きくなっておるのじゃ」


 林の中に隠れていて全長は分からないが見えている部分で推測すると、下竜の全長は10メートルを超えているようだ。


 「へ~、凄いですね。でもアレって……ワニだよな?」


 アルフィーナが下竜と言ったそれは、大きな顎を持つ牙の生えた長い口、地面に這い蹲るようにしている四肢、太くて長い尻尾、どう見てもワニそのものに見える。

 ただ少し違うかと思えるのは、体の表面を厚い鱗の様なものが覆っているところだろう。


 「はい、マスター体表面など異なった部分はありますが、ワニと似ているようです」

 「やっぱりか」

 「お主らアレを知っておるのか?」

 「アルフィーナ様、マスターが知っているワニと言う生物のデータを表示させます」


 通信を使ってミナが持っているデータを映し出して説明する。

 しかもご丁寧に解説動画付!俺のノートパソコンには、そんなデータは入っていなかったはずだけどね。


 「ほお、これがお主らの言うワニか……たしかに似ておるな、肉食という点も一致しておる」

 「やっぱり肉食なんですか、アレ」

 「うむ、ここに流れ着いた際に多くの人がヤツの餌食になっておる」


 苦虫を噛み潰したかの表情でアルフィーナは当時を振り返る。


 「あいつ1匹しか見えないので、ここで生まれた訳では無いようですね」

 「うむ、他では見んのじゃが、ヤツは海を使って何処にでも現れるのじゃ」


――ズズッ


 林の中にあるワニの体がゆっくりと動きだした。

 最初こそゆっくりだったが、徐々にスピードを上げていき時速は5、60キロ出ているだろう真っ直ぐこちらに向かって突っ込んでくる。


 「どうやらこちらに来るみたいですね」

 「私達がいい獲物に見えたのじゃろう」

 「やれやれ、まったく迷惑な事ですね」


 のん気に会話をしているが、ワニは凄い勢いで近づいてくる。

 なぜ逃げないのか!そんなの逃げる必要が無いからだ!

 無用な殺生はしないけど、あえて向かってくるのなら是非も無い。


 「王者になっていて少し危険を察知する能力が欠けているようですね」

 「うむ、痛い目にあわせてやるのじゃ!」

 「ウー、ワンッ!」『私もやります!』

 「アレは、マスターを食べようとしているんですか?失笑ですね。鰐皮にでもしてやりましょう」


 俺より女性陣の反応が恐いような気もするけど、1匹しかいないという事は、この海はあいつの生まれた場所ではなくよそから移ってきたか迷い込んだんだろう。

 ここであのワニがいなくなっても問題はなさそうだ。


 「よし、最初は真白から!」

 「ワンッ!」


 言うが早いか真白は凄い速さで跳躍する。

 ちょうどワニの真上の位置に飛んだ真白は、自身の体をワニよりも一回り大きくするとワニめがけて一直線に下りる。

 突進してくるワニは、そのあまりにも速過ぎる動きに見失い、上空から迫る真白にまったく気が付いていない。


 「ガルルルルッ!」


 真白はワニの頭を上から踏んづけるように飛び降りると、その勢いでワニの頭を咥え込み縦横無尽に振り回す。

 最後に上に向かってワニを放すと、ワニは上空10数メートルまで飛ばされて地面に叩き付けられた。


 「次はアルフィーナさん」

 「任せるのじゃ!」


 アルフィーナは、両手を広げるようにすると周囲に真紅に燃え盛る火の玉が無数に出現する。


 「あの時、犠牲になった者達の無念を晴らしてやるのじゃ!」


 手をワニに向かって振り下ろすと、無数の火の玉がワニに向かって降り注ぐ。

 熱と耳をつんざく激しい爆裂音が、幾重にも辺りに響き渡る。


 爆裂音が終わり、砂煙が消えうせると、攻撃を受けたワニも見えてきた。

 まだ生きてはいるが、その体に生える丈夫そうな鱗はところどころ剥がれて血が滴っている。


 「次、ミナ」

 「了解です」


 ミナは、手に細長い何かを出現させると、両手でそれを持ちワニの顎を掬い上げるように殴打する。

 まるでゴルフで上空高くにボールを打ち上げるようだ。


 その細い腕のどこにそんなに力が有るのだろうか、と思えるほどに空高くに打ち上げられたワニは、体を中心にクルクルとプロペラのように回ったかと思うと再び地面に叩き付けられた。


 「なあミナ、その棒は何なの?」

 「はい、バールのようなものです」


 見た目は大きなバールなのだが、ミナはなぜか、ようなものと付ける。

 ……まあ、深くは追求しないでおこう。


 「最後は俺だけど、地味に打ち上げるだけにしてあげよう」


 魔法を発動させてワニの下の地面を凄い勢いで持ち上げる。

 ドンッだか、ボンッだかよく分からない大きな音を立てると、ワニは空高らかに打ち上げられて凄い音と共に水しぶきを上げて海の中に消えていった。


 「やったか?」

 「どうですかね?あのワニの生命力がどの位か分かりませんから」


 海の中に叩き込んだのは失敗だったかもしれない。

 これではワニの生死が分からなくなってしまう。


 しばらく水面を見ていると、ゆっくりとワニが浮かび上がってくる。

 全身はボロボロ至る所から血を流しているが、まだ息があるらしくゆっくりとした動作で尻尾を動かしていた。


 「ほう、まだ息があるのじゃな」

 「すごい生命力ですね。でも、次の犠牲者を出さないためにもトドメを刺さないといけませんね」

 「うむ、私がやるのじゃ!」


 私怨があるアルフィーナが最後のトドメを刺すというので邪魔をせずに見守る。


 「これが最後じ」


 アルフィーナが言うより早くワニの周囲の水面が膨張していく。

 アルフィーナの魔法ではないようで当の本人も何が起こっているのか呆然と眺めている。


 水面の膨張が破裂するのでは!と思うほど膨らんだところでワニの左右から大きな牙が出現してワニを飲み込んでいく。


 とても大きな何かを砕く音と、水しぶき、それと血しぶきが入り混じり波となって押し寄せる。


 「なんじゃ、いったい!」


 トドメを横取りされたアルフィーナが、少し怒気を含んだ声を上げる。


 波やしぶきが収まると、トドメを横取りしたソレがゆっくりと海面から姿を現した。


 『獲物を横取りしてしまったようでゴメンなさいね』


 頭に響くような音が声となって響き渡る。


 「ほう、龍とはな」


 ソレの全貌が明らかになると、ソレの正体をアルフィーナの口から漏れ出る。

 アルフィーナが口にしたソレは、とても長い首を水面から出して鎌首をもたげるように悠然とこちらを見ていた。


 「へ~、これが龍ですか」


 そうアルフィーナが言った通り、獲物を横取りしたその生物は真白と同じ聖獣、しかも龍だ。

 その見た目は、頭から尻尾まで細長く全長50メートル近くはあるだろうか、身体全体が青い鱗で覆われていて足の部分はヒレ状になっている。

 日本で言う竜の足の部分にヒレをつけたその相貌は、海ということもありリバイアサンみたいだ。


 「なぜ、下竜を横取りしたのじゃ!」


 当然と言えば当然の質問だろう、アルフィーナは龍に向かって問いただす。


 『話せば長くなるんだけれど、あいつは私の獲物でもあったのよ』


 龍の方はまったく気にしていないようでアルフィーナの質問に答える。


 「獲物……じゃと?」

 『そうなの、ここの海辺には私の眷属たちが住んでいるんだけど、それは幸せに暮らしていたわ。でも、あの者が現れてからは女子供関係なく餌食にされて、男達総出であの者の討伐をしようとしたんだけれど……結局返り討ちにあったのよ。で、自分らではどうにも出来なくなって私に話しを持ってきたの」

 「という事は、あなたも敵討ちと言うことですか?」


 アルフィーナもワニに殺された者たちの敵討ちだったが、この龍も敵討ちならしょうがない。


 『そうなの、人族の男……あなた、本当に人族?尋常じゃない魔力を感じるんだけど……でも、心地良いわね』


 人族と言うのは、この世界での人間のことだろう。

 魔力量については言わずもがな、でも、心地良いってなんだろう?


 「はあ、魔力は大きいですが人族です」

 『そうなの、あら!白いのもいるじゃない。どうしたの?あなた、いつもは森の奥で寝てるくせに』


 龍が真白に問いかけるが、真白はそ知らぬふりをしてそっぽを向く。


 『まあいいわ、それよりもあなた達があいつを海に叩き込んでくれたから止めを刺す事が出来たの、あいつったら私が近くにいると丘に引っ込んじゃうんですもの!』

 「はあ」


 龍が体をくねらせてプリプリと怒ってるさまは、どこか可笑しく思えて気が抜けてしまう。


 『?……分かったわ。あなた達のおかげと言うこともあり私の眷属がお礼をしたいって言ってるわ』

 「お礼ですか?でも、眷属の方はどちらに?」


 陸には俺達以外誰一人いないので海を見回すが、こちらも何も見えない。


 『あなた達出てきてお礼を言いなさい』


 龍がそう言うと、海面に青い髪の人?の顔が浮かんで出てきた。


 「えっと……人なのかな?」

 「マスター、あの方々は、上半身は人のそれと似ていますが、下半身はヒレのついた構造になっています」

 「え!それって人魚ってこと?」

 「魚のような、と言うより、こちらの龍様の様な鱗を持っています」


 ミナが言うには、魚の尾ひれではなくて龍の鱗とヒレを持っているらしい。

 どう違うか分からないけど……。


 「人族のかた、どうもありがとうございます。一族を代表してお礼を申し上げます」


 海の中の人々の中心にいた一人が、前に出てきてお礼を述べる。

 女性で30後半のご婦人といった見た目のかただ。

 しかし、普通に喋れるんだな。


 「いえ、行きがかりじょうの事で……こちらのアルフィーナさんも昔あの生き物に多くの人をやられたらしいですから」

 「うむ、私も敵討ちじゃ。ヤツを屠ったのじゃ、多少胸のつかえがとれたわ」


 アルフィーナも止めを刺す事ができなかった悔しさは多少残ってはいるが、人魚?の人たちも敵討ちなので水に流す事にしたみたいだ。


 「はい、ですが、このままでは私達も申し訳ないので何かお礼をさせて下さい」

 「お礼と言われてもな……マサキどうするのじゃ?」

 「う~ん、そう言われましても、ここに来たのは塩を取りにきただけですから……そうだ!魚や貝などを頂けますか?」

 「おお!私達は海の民、魚を取る事などたやすいです。一族を挙げて取ってきましょう」

 『なら、私も手伝うわよ、このまま良いとこ取りなんて気が休まらないから』


 それからは、海の人たちが散らばって魚を取りにいってしまった。それと龍も


 お昼の時間だったけど人を働かせておいて自分だけ休憩する訳にもいかないので、本日の目的である塩作りを始める。

 俺は当初、海水を濾してゴミを取り除いた後に沸騰させて塩を取ろうと思っていたが、すでにミナが逆浸透膜を作っていたのでそれを利用して塩を取った。


 俺がにがりを含まない塩を作ると、ミナがにがりを含んだ塩を作りだす。 

 ミナの作ったにがりを含んだ塩を味見してみると、本当ににがりが入っているのか?と思えるほどまろやかな塩に仕上がっていた。

 これなら、色々な料理に使えそうだ。

 気付けば膨大な量の塩が出来たので無限収納に入れる。もちろんにがりも一緒に。

 あとは、海の人たちが帰ってくるまで海辺を歩いていると、海苔やひじき、もずくなどの海藻類も発見できたので合わせて無限収納へ入れておいた。


 「ん?どうやら帰ってきたみたいだな」


 1時を過ぎた頃に海の中から次々と海の人たちが現れる。


 『持ってきたわよ!』

 「おいおい、この量は……俺に市場でも開けって言ってるのか?」


 龍も手伝ったせいか捕らえた魚の量が、大型の遠洋漁業船並の量を持ってきた。


 「せっかくとって来てくれたんだ、皆さんにご馳走しよう」

 「お手伝いします」

 「いえ、せっかくの皆様へのお礼なのでお納め下さい」

 「いえいえ、どうせなので一緒に食べましょう。魚はお嫌いですか?」

 「いえ、私達の主食なので」


 代表の人は誇示しようとしたけど、量が量なだけに俺たちだけでは消費するのに何年必要かわからない。

 どうせだから海の人たちや龍に振舞って親睦を深めよう。この世界に来てアルフィーナ以外に出会った初めての人たち?だからね!


 波の穏やかな入り江に移動してミナと分担で魚を捌いていく。

 刺身は舟盛りを焼き物は串焼きや貝の網焼きなど多くの品を用意した。


 1時も半ばを過ぎてお腹もペコペコになった頃にようやく食事を始められた。

 もちろんミナのお弁当も忘れずに無限収納から取り出し並べている。


 『ヘぇ〜、人族も生の魚を食べるのね』

 「ええ、俺の故郷では生の魚も食べるんですよ」


 大きさを調整した龍がヒゲ?を使って器用に料理を食べている。


 「うむ、生の魚は初めてじゃが、しょうゆに付けるとこれは美味いのう!」


 どうやらアルフィーナは生の魚は大丈夫みたいだ。

 真白も気にしておらず刺身や串焼きにがっついている。


 「このしょ、しょうゆ?ですか、塩とはまた違って魚の美味しさを際立たせてますね」

 「差し上げたいんですが、手持ちがあまり無いので今度作ったら持って来ますね」

 「いえ、そういう訳では……」


 大豆はあるので今回塩を確保できたので味噌や醤油作りに取り掛かれる。

 数が揃えば海の民の人たちに分けても問題ないだろう。

 ちなみにこの人たちは、海の民ではなくて水龍人族すいりゅうじんぞくという種族らしく、龍の方は蒼水龍様あおすいりゅうさまと呼ばれていた。


 遅めの昼食も終わると、もう3時近くの時間になっていた。


 「俺たちはそろそろ帰ります」

 『そうね、私も自分の家に戻ろうかしら』

 「すいません。お礼の品として差し上げたのに皆に振舞って頂いて」

 「いえ、気にしないで下さい」


 水龍人族の人が申し訳なさそうにするのを止め後片付けを済ませると、真白にリヤカーを繋いで帰り支度に入る。


 「じゃあ、機会があればまた来ます」

 「その時は、一族総出でお迎えいたします」

 『私も来るわよ』


 手を振って龍と水龍人族の人に別れを告げて出発する。


 帰りは真白の脚力を生かして5時前には家に付いた。

 真白……速過ぎだよ……危なく酔うところだったよ。



 「のう、マサキ」

 「はい、何ですか?」


 昼食が遅かったので軽めの夕飯を済ませ居間でお茶を飲みながら寛いでいると、アルフィーナが声をかけてきた。


 「今まで色々とお主らの作業を見てきたのじゃが……、のうその知識を村に生かしてくれまいか」

 「村ですか!?」


 そういえば、アルフィーナが魔界に来た当時、一緒にいた人々は集落を作って別の場所に住んでいると言っていたな。


 「うむ、畑作りや塩作りなど、多くのことがあの村にも必要じゃろう。最後に村の者にあったのは、もう数十年前じゃろうか……当時も貧しい村じゃったが、今もあまり変わっておらんはずじゃ」

 「そうですか、貧しいですか……」


 祖父母の家にいた頃は、都会と違い色々と不便な所もあったが食べる事に困ることは無かったし、近所の人も親切で極端に貧しくなる事は無かった。

 俺の知識で村の人たちが笑顔を作れるならそれもいい。


 「分かりました。何が出来るか分かりませんが、村に行きましょう!」

 「うむ、すまんのう」

 「いえ、アルフィーナさんが心にかけている村ですし、他の人たちにも遇って見たいですから」

 「む……のう、マサキ」


 村に行く事が話で決まり喜ばしい事なのに急にアルフィーナは難しい顔をする。


 「お主は、ミナや真白に話す時は普通に話すのに、なぜ私と話す時はそんな言葉遣いになるのじゃ!?」

 「え?いや、アルフィーナさんは魔法を教えてくださったし、初めてこの世界に来て色々と教わったので」


 どうやら俺がアルフィーナにだけ丁寧語で話すのがイヤだったらしい。

 仲間外れに感じたのかな。


 「そんな事で変な口調を使っておるのか!えーい、もうそれは辞めるのじゃ」

 「ええ~、ですが」

 「辞めるのじゃ!そうじゃ、名前もアルフィーナと……いやアルと呼ぶがよい!」


 いきなりそんなフランクに話せと言って来る。


 「いや、アルフィーナさんちょっと」

 「ア・ル!じゃ」


 柳眉を吊り上げて絶対に譲らないアルフィーナ

 吐息がかかるくらいに顔が近い。


 「ア、アル……ですが」

 「ぬっ!」

 「ア、ル……だけどいいの?」

 「構わん構わん!それでいいのじゃ!」


 アルフィーナは満足気に満面の笑みを作って離れる。

 そこまで器用な人間じゃないんだけど……怒らせるわけにはいかないな。


 「よし、明日は村に行くのじゃ!」

 「えっ明日!?」

 「うむ!」


 一度決めたのだからアルフィーナの言うとおりにしよう。


 「分かり……分かった。明日はアルの言うとおり村に行くよ」

 「うむ!」


 俺の言葉を聞いたアルフィーナは、一つ頷いて破顔した。

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