浅倉聖の先生がしんどい編

聖ちゃん、構われる

ぜえはあぜえぜえ……。うん、落ち着け、私よ落ち着くんだ。おかしい。私は一番後ろの席に座っているはずなのに、何故目の前に岩塩を片手に持った塩田先生がいらっしゃるんだ?

クラス中の視線が私に集まるのがわかる。焦りを隠すように、私は頬に垂れた髪を耳にかけ、深く息を吸って吐いた。しかし、推しの塩田先生を前に、私は固まってしまい言葉がうまく次げないでいた。


「オィ、浅倉ぁ、おめぇは?」

「え、あ………え」

塩田先生が眩しい……眩しすぎるよ。

もう何で先生が岩塩を持ってるのかとかどうでもいいくらい尊い。

「田部は触るらしいけど、どうするん?」

せ、先生…お願いだから、その人を軽く蔑むような目で私を見ないで……。その顔の角度だと、先生の素敵な顎のラインと、高貴そうな高い鼻をがっつり見られるからしんどいんだよ。テンションあがって何にも答えられなくなっちゃうぐへへ。


って、そんな気色の悪い声で笑っている暇はない。こうしている間にも塩田先生が目の前で岩塩を持って、私の回答をお待ちになっておられるのだから。

そもそも、何で岩塩を持っているかというと、今日の学習単元中にガーナ王国が登場したからだ。ガーナ王国と聞けばわかるとおり、8~11世紀の間アフリカ西部に栄えた国だ。ガーナと言えば、バレンタインになると女子がこぞって買いに走る某赤い箱のチョコレートを連想するかもしれない。それもたしかに有名なのだが、世界史の授業では金と岩塩の産出国として登場した。

先生は持っていた紙袋から何かごつごつした茶色の塊を取り出した。先生はそれを持ったままクラスを歩き回り、私の席の前で止まった。

「お前ら、岩塩触ってみたいっしょ?」



ああ、困ったな…先生からのお声かけが嬉しすぎて、口を開いた瞬間絶対にボロが出ちゃう。好きですしんどいです、うう話せか、そもそもなんで、目の前で塩田先生が私を構ってくれているのよ。聖ちゃん泣いちゃってもいい?


助けを求めてすがるような目で、一番前の席の友達、黒山柚月に熱い視線を注いでみる。すると、柚月の背中がゾワッと身震いで波打ち、ギョッとした顔で振り返り私の視線をとらえた。

ここ数ヶ月、私が塩田先生への愛を語りすぎたせいなのか、どうやら柚月には塩田愛を自動感知するセンサーが取り付けられたようだ。うん、さすが私の友だね。私に負け劣らずしょうもないところで技術磨いてるなあ。


心のなかで失礼なことを言われているとも知らず、柚月は椅子の縁に左手を置き、人差し指をピンと伸ばした右手を自分の頭のところへ運んだ。

その指をトントンと頭につつかせて、彼女は口パクで何かを言おうとしてた。

『あ た ま』

頭がなんだって?

『だ い じょ う ぶ ?』

やめなさい、柚月ちゃんいけません!お母さん、かわいいかわいい柚月ちゃんにそんなこと教えてないわよ!真顔で頭こつこつ差して馬鹿にしないで!


それに勿論、大丈夫なわけないに決まってるじゃないか!見てみろこの状況を!塩田先生が目の前だぞ!?

と叫びたくても目の前にご本人がいるので、しかたなく柚月を睨み付けておくと、彼女はああいやだいやだというように顔をしかめつつ笑って前に向き直った。

やれやれ。柚月に頼ろうとした私が間違ってた。


と、とりあえず何か答えなきゃ。でも、しんどすぎて、とてもじゃないけど先生の手から岩塩を受け取れはしない。

隣をちらっとみると、田部学斗たべ がくとがちょうど岩塩を持っているところだった。私が頭の中で会議を開いてる間に、塩田先生はとりあえず隣の田部くんに渡していたようだ。

「岩塩固いっしょ。なんか殺せそうだろ。」

何を、何を殺すつもりなんだ…まさか、私の心を先生が尊さで殺そうとしてるのかい!?尊すぎしんどいかっこいい最高ぐはぁ。

先生にバレないよう、今のうちに下を向いてデヘデヘ笑っておこう。もし話でもふられたらもっとデヘデヘしちゃうからね、うん。


田部くんは下がり眉の人の良さそうな顔で首をかしげつつも「まあ…はい」と同意した。そこ、同意したらダメだから!

そんなツッコミは二人に届くわけもなく。

塩田先生は田部くんの手から岩塩をひょいっと取り上げた…まって取り上げ方格好いい。

「てことで、はい浅倉の番」

先生の骨張った平たい大きな手にむんずと掴まれた岩塩が目の前にあった。


先生、今なんて?

自分の耳が信じられなくて、思わず顔をぷるぷると横にふった。

そんな私をいつもの冷たい目で見下ろすと、先生は意外なことにも冗談を言ったのです。


「どうしたん…岩塩見て震えてるとか、どこに怖い要素があるんかね。さてはお前ナメクジか。」





はあああわあわあわ………まって思考が追い付かない。頭が真っ白。



真っ白な頭を必死に働かせる中、私はある事実にやっと気づいた。

視界の端でニヤニヤとした腹黒な笑顔を浮かべる柚月がピースサインをしていた。おのれえええええ、私を見捨てた罪は重いぞ…覚えてろよ柚月!


先生は無反応でぷるぷると震え続ける私を見て何かを察したのか、差し出していた手を引っ込め、岩塩を紙袋にしまった。

「岩塩アレルギーなら、俺も鬼じゃないので別に強制はしませぇん」

ガサガサと袋を整えて、先生はフッと口に溜めていた息を吐き出た。

えろすぎる……それはさすがに罪だよ先生。柚月曰く、「どこが妖艶なの」だそうだけどそんなの私には関係ないんだもん。


思考停止した私はとろんとした目で先生を見つめていると、彼はチラッと上の時計を見上げた。もう授業の終了時間なんだ。

「じゃあごうれぇ」

こんなに授業で構われたことがないし、焦ったけど幸せ。まだ帰らないでほしい……。そんな願いは叶うはずもなく今日も授業が終了した。

「ありがとうございました」

教卓の上の教科書やら出席簿やらをキチンとまとめ、先生は扉に向かって一本踏み出した。

と思えば突然立ち止まりくるっと振り返り、先生は去り際に一言残して扉から出ていった。

その瞬間、田部くんは青い顔をして教室を出て廊下を疾走した。

一連の様子を見ていた一番前に座る柚月は、呆れを通り越した真顔でボソッと呟いた。

「まさか、前の授業で2組の景井玄かげい げんが岩塩を舐めていたなんて……。そりゃ廊下ダッシュで手を洗いたくなるか。うん。」


聖ちゃん、本当に岩塩を触らなくて良かった……。でも、去り際に大事なことを言うドSな塩田先生も格好いいから好き。はい、しんどいですね尊いですね。誰かこの気持ちわかってくれないかな。

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