尊厳 ―Dignity―
「それでは、本日の定例会議は以上です。続いて、CEOからのお言葉に移ります」
「うむ――」
薄暗い円形ホール中央。
ネイビーのスーツに身を包んだ、白髪交じりの壮年男性が立ち上がる。
その深紅に輝く眼光は鋭く、虹彩の奥では燃えるような輝きが燻る。彼が口を開く寸前、その場にいる全ての人物が、皆一様に息を止めた。
「皆さんのお力添えのお陰で、我が社は今期も増収増益。本業の軍事部門に関してはGIG側とシェアを食い合ったものの、横ばいを維持しました。不安要素としては、エネミー、及びアークエネミーの活動の活発化ですが、それら不安要素への対抗策も、近日中に発表を行います――」
シンと静まりかえった薄闇の中、スポットライトを浴び、朗々と響き渡る男の声。その様子を微動だにせず見守る社員達――。
ここは、GIGと双璧を成す民間軍事企業『
ジェラルド・ディグニティ。
現DDS社CEOにして、かつては世界最強の傭兵として、全世界のパワーバランスをたった一人で意のままにした男――。
動きの鈍い国家群に代わり、個人の傭兵と、彼らを雇用する民間軍事企業が台頭するようになったのも、全てはこの男の活躍によるところが大きい。
「――今後とも、社の発展と、オーバー・アンダー双方の安全を守るため、まい進して頂きたい」
一斉に巻き起こる拍手。ジェラルドは片手を上げ、側に控える秘書から手渡された報告書に目を通すと、そのまま一礼してホールを後にする。
拍手は続き、ジェラルドが退出してもなお、止むことは無かった――。
「――CEO。AE27、ノエル・ウェルネスが、GIGの傭兵に討伐されました」
「懐かしい名だ……たしか、身体能力の増強に長けた少年だったか。討伐したのは、ユウト・キサラギ――。流石だな」
ホールを抜けた先、無機質な通路の半ば、上役用のエレベーターへと入る二人。ジェラルドの秘書を務める黒髪の女性。彼女はタブレット端末を片手に、ややキツい印象を与える眼鏡を直しながらジェラルドに対し報告を行う。
「アークエネミーの活動活発化はGIGも知るところのはず。こうして姿を現わしたとなれば、彼らも警戒を強化すると思われます」
秘書は端末に別のデータを表示すると、ジェラルドの言葉を待つ。
「我々の計画に変更を加える必要は無い」
「承知しました」
エレベーターが目的の階につく。
320階。扉の開いた先には「LAB」の文字――。
純白で塗り込められた、白一色の世界。影すら存在しないそのフロアに、ジェラルドと秘書の歩く足音だけが響く。
「随分と正確に再現したものだ。これも例のデータからか?」
周囲を見渡し、ジェラルドが尋ねる。
「はい。破損していたとはいえ、あのデータが回収できたのは
秘書はその表情に柔らかな笑みを浮かべて答える。彼女の持つ端末には、この場所と同様の白い空間が映し出されていた。
「さて――見せて貰おう」
「では、正面をご覧下さい」
秘書の操作に呼応し、壁面に光が投射される。
『妹を助けたいんだろ?』
投射される光。その先に映し出される、対峙する二人――。
『三日前に倒れた――目を覚まさない』
『当然だ。お前の妹はこの施設以外では長く生きられない。そうなるように、俺達が処置を施した』
黒いロングコートを着た男が、笑みを浮かべてそう言った――。
『お前らが――エアをッ!』
少年の青い瞳。その瞳孔が開く。少年の激しい怒りに、それを眺めるジェラルド達の周囲までが震え、大気が張り詰める。
『教えろ。妹を――エアを助ける方法をッ!』
『俺を倒せたら、な。一度、お前とは本気で殺し合ってみたかった――』
戦いが始まる。
それは、お互いに譲れないものを得るための、守るための戦いだった。
一人は自身の存在意義を。もう一人は命よりも大切な人のため。
二人のその戦いは、一瞬でありながら、同時に永遠だった。
「素晴らしい。よくぞここまで」
ジェラルドが感嘆の声を上げる。
銃声が響く。それは二度。
少年の銃口から、二発の弾丸が放たれる。弾丸は完全な直列配置を成して加速。
音速を超え、一発目の弾丸が男の放った弾丸に直撃。双方はね飛ばされ虚空に消える。そして残った弾丸は、ロングコートの男を正確無比に撃ち抜いていた――。
「凄い――」
秘書が呟く。
見上げる男。見下ろす少年。勝負は、決した。
『――あんたが、教えてくれたことだ』
少年は死の間際にある男を見下ろして言った。
『リロード前の弾丸は二発残せ――』
その言葉を聞いたロングコートの男は笑みを浮かべ、何かを伝えるようにその手を動かそうとする。だが――。
「見事な腕だ。約束通り、君には君の妹を助ける方法を教えよう」
純白の世界に立つ少年の耳に、ジェラルドの声が響く。
少年の前に倒れていたはずの男の姿は、いつの間にか跡形もなく消えていた――。
『――誰だ』
射貫くような少年の声。重傷にも関わらず、その闘争心は微塵も衰えていない。
「私はジェラルド・ディグニティ。安心したまえ。この施設の者とは元々無関係だ」
ジェラルドの言葉に少年は無言。気配は張り詰めたまま――。
「では、信じて貰えるよう、我々から先に情報を渡そう。君の妹、エアを救うには彼女と同様の血液を輸血する必要がある。君の血を使うといい」
少年の表情に、僅かな動揺が浮かぶ。
「信用できないのも無理はない。実は、君に手伝って欲しいことがある。我々の行う、ビジネスに協力して欲しい」
『エアを助ける方法はもうわかった。俺が断ると言ったら?』
少年のその言葉に、ジェラルドは笑う。
「――断らないさ。君は、そういう男だ」
ジェラルドはどこか懐かしむように言った。
「まずは行くと良い。君の妹が匿われている組織の元へ。返答はその後でいい」
『――礼は言わない。けど、この借りは返す』
少年はそう言うと、踵を返して元来た方向へと歩いていく。先ほどの男と同様、重傷だったはずの彼の傷は、跡形もなく消えていた――。
「茶番だが、良い余興だった」
ジェラルドが言う。
「以上で全てのVRシークエンスを完了しました。今後は実戦投入による実地訓練を行います」
「うむ。成果を期待している」
先ほどの戦闘での少年の体捌き、戦闘勘――。
それらを反芻しながら、ジェラルドは笑みを浮かべる。
「あの兄妹にはいつも手を焼かされる。だが、それもこれで終わる」
呟くジェラルド。
秘書は一礼し、退室。
再び白一色となった世界でジェラルドは
「せいぜい偽りの記憶の中で踊るがいい。この私のためにな――」
その深紅の虹彩には、激しく燃えさかる炎の光が灯っていた――。
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