第35話 シベリア合同火力演習Ⅵ 『旭日』
雷電の最大射程は試験時の21km。相手に見られないままに、一方的に敵を吹き飛ばせる雷電はすっかり忍のお気に入りと化していた。
本国で数射の試験を行ったのみだが、それでも忍が操ってきたどの兵器よりも雷電は素晴らしい。射程もさるもの、しかし火力も文句を付けられない。一度の砲撃で多数の機体が宙を舞う。地べたに這いつくばる。
流石は火力狂いのソビエト連邦軍の流れを組んだ火砲。性能は血統書付きだ。
四四式砲弾装填背嚢が自動給弾を開始した。砲身へ込めるのは203mm榴弾だ。戦車の装甲なぞ紙切れと同じである。
「乙部隊、後退して合衆国軍を引きずり出せ。まとめて吹き飛ばす」
「はっ」
太田中尉に指示を出し、再び忍はコックピットに増設されたスコープに目を戻す。5kmも離れた交戦地点では気取られないようにじりじりと後退する乙部隊の姿がある。しかし、遅々として動かない機体もちらほら見受けられた。第二中隊だ。
「中尉、早く友軍を後退させよ。砲撃の巻き添えを喰うぞ?」
「刑部大尉殿………しかし、池田大尉が頑なに後退を拒否しておられますが………」
「また池田か………」
池田、そう池田。忍はため息を吐いた。池田は忍にとって邪魔者以外の何物でもない。なまじ階級が同じな為に命令は聞かないし、その上頭が足りないせいで作戦立案能力を欠いている。無能なら無能なりに忍の言う事を遵守すればいい物を、独断専行ばかりだ。
ここで忍は一つ思い当たった。
(どうりで藤堂達が離脱するわけだ)
加えて池田は典型的な陸戦至上主義の将校だ。軍学校を平時通りに卒業、任官されたので繰り上げで卒業、任官された将兵が気に喰わない、下に見ているまである。まして海軍の連中などもっとだろう。
(適正数値も低い癖に階級章をかざして偉ぶる無能は必要無いぞ? 池田大尉殿)
遅々として動かない第二中隊を見下しながら、忍は舌打ちをした。
パレンバンに居た頃も、奴のせいで何度、大隊が壊滅しかけただろうか。その尻拭いをしたのはいつも忍だ。その成り立ちから統一の指揮官がいないばかりに第一一四陸戦機動大隊は死ぬ目に何度あったことか。
忍は苛立ちを吐き出してすっと目線を定める。カーキ色の機体が注視される。
(せめて陛下に忠誠を捧げているのなら、この場で屍を晒せ池田)
「それが、お前の最大の勲功になるだろう」
忍は乙部隊に急速後退の指示を出した。
第二中隊が足を引っ張ったおかげで随分と手間取ったが、どうにか合衆国軍の部隊が釣れた。
後はまとめてボカンとするだけだ。
「筋書きは………そうね、指揮系統の混乱によって後退の指示がまともに伝わらず、更に不幸な事に雷電の砲撃が直撃するという事故により死亡、としよう。二階級特進おめでとうございます池田中佐殿」
忍は容赦無く雷電の撃鉄を振り下ろした。
信管が作動し、薬室から空になった薬莢が排出される。それが地面に落下するが早いか、大地に閃光と爆音が轟いた。
遅れてやって来た爆風が大地を這いながら方々へと散っていく。
数秒遅れて、池田機があった地点が土煙に覆われてしまう。
「乙部隊、観測結果知らせ。目標は、どうなった?」
「此方太田中尉。現在確認中。なれど爆発の程度から、直撃した場合の生存は難しいかと」
当たり前だ。仕留められなければ困る。言葉の裏にそんな期待を込める。
「土煙、晴れます。こ、コイツは………」
太田中尉は狼狽したようだった。土煙の晴れた先で何を見たのか。大方予想のつく忍だったが報告義務は怠らせない。
「池田大尉殿の機体は大破炎上中。装甲の所々が熱で融解して歪んでいます………。胸部装甲は熱で溶けていて………中は恐らく………」
この口振りからすればどうやら池田機は無事じゃ済まなかったらしい。奴の悪運も遂に尽きたな、と忍は嗤う。
「太田中尉。上官の階級を間違えるんじゃあない」
「は?」
そして、忍は愉快な気分のまま、部下の上官への非礼を咎める。彼は先ほどから第一一四陸戦機動大隊の最上級将校になっていたのだから。
「池田
無能も死ねば役に立てる。無能が食って糞に変えた糧食が節約出来る。無能がばら蒔いた弾丸は腕の立つ兵士の下に届く。無能が殺した部下の数もそれっきりで打ち止めだ。全く、これほど役に立てれば池田中佐殿も本望。葬式はせめて盛大にやってやろう。
「そんなっ………!」
「復唱したまえ太田中尉」
忍は雷電の砲身を南に五度ほど向け直す。そうすると忍のスコープのど真ん中にカーキ色の機体が一機だけ移り込んだ。
「は、はっ! 池田中佐殿は皇帝陛下と皇国の御為に、試験中の不慮の事故によって戦死なされました!」
太田中尉は良くも悪くも権威主義な性格だ。軍務だ義務だ命令だ、と言ってやればそう理解してくれる。これが士官学校を立派に卒業した将校の姿かと思うとどうにも笑えてくる。
「よろしい。第二中隊は臨時に乙部隊に編入させる。指揮は太田中尉がまとめて引き継げ。雷電の火力を見たんだ。合衆国軍の連中も馬鹿正直に突っ込んで来なくなるだろう。今度は此方が攻勢に打って出る番だ。奇襲組を相手に気取られないよう派手に連中を焚き付けろ」
「はっ!」
心を殺す為の機械的で模範的な返答。そうだ、無能はそれでいい。忍はようやく心の隅にこびり付いていた不快感を拭えた気がした。
「武士の本懐を果たさせてやる。乙部隊、第二中隊、全機抜刀。逃げ出した弱兵に少しばかり怖い目を見せてやれ」
「「了解ッ!」」
乙部隊と残存する第二中隊各機は水を得た魚の如く、融解した上官機に目もくれずに突撃を開始した。
そして忍も、どれ支援ぐらいはな、と再びスコープに顔を戻した。
例えるなら、巡洋艦の主砲ほどの着弾音が、青天の霹靂だと言わんばかりにシベリアの平地を駆け巡った。当然、第四航空隊にもそれは届いていた。
「今の爆音はなんだ!?」
真尋の問いの答えを弥生達は持ち合わせていない。
ここで、通信が入る。
「第一一四陸戦機動大隊の六月一日少尉であります。あれは我隊が行った砲撃であります。要らぬ心配はされませんよう。通信、終わり」
言うだけ言うと通信は打ち切られた。あまりに唐突だったせいで第四飛行隊の誰も口を開く暇が無かった。
「お、おい!」
一足早く立ち返った真尋が詳細を問いただそうとするが、弥生が「いや」と制した。
「陸軍が囮に陽動までやってくれる。我々も我々の使命を果たす」
「分かった」
真尋の返答に頷くと、弥生は視線を前方に移す。そこには目標である敵陣地がある。
「全機抜刀。陸軍におんぶで抱っこのままで終えるな。属と宣った池田大尉に目にもの見せてやる。面子も陣地も丸潰しにしてやれ!」
「「了解!」」
弥生達は背部に担架していた長刀を装備させる。そして、腰部スラスターを瞬かせた。青の燐光が溢れ出し、機体は浮かび上がった。
「一番槍は貰ったッ!」
真尋機がすっかり陸軍に気を取られていたアメリカ軍のマスケッティアの背面に斬り掛かった。斬りかかられたマスケッティアは頭部、右腕部を断ち切られ地に伏した。
「斬り捨て御免!」
真尋の雄叫びが回線から伝え聞こえ、真尋の興奮振りが伺えた。その声に弥生も静かにスロットルを引き上げる。
陣地には集積物資を模した空のコンテナと指令部のテントが用意されている。これらの破壊が演習の勝利条件だ。
敵陣地に残っていたのは二個小隊から三個小隊規模。数にして十二機。兵力差は三倍だ。彼らはコンテナを背後に庇いながらライフルを此方に向けている。
(でも、密集近接戦闘で数の差など!)
「西沢曹長、吶喊します!」
奏が前衛として敵の隊列に飛び込んだ。奏は敵の懐に着地すると長刀を切り上げた。
切り上げられた敵機は左腕部をフレーム毎断ち切られた。
(ガトリング持ちは………!)
弥生は敵機を一瞥し、そして見つけた。情けなく照準も合わせられぬままに右往左往する76mmの砲手を。
「見つけた!」
弥生はペダルを踏み込んだ。折れるかと思う程、体重を込めて踏み込むと、機体もまた強く地面を蹴った。腰部スラスター、脚部バーニアも噴射させた。
推力を増した四二式川蝉は一振りの刃として、下段に構えた長刀を振り上げた。
機体と脊髄、神経を繋げるNRリングを通して手先に確かな感触を得る。斬り裂いたという実感を。
前方を見やればガトリング砲はおろか保持していた左腕部毎切り落としていた。
「ッ!」
弥生は振り上げた長刀を手元に戻しつつ、腰を回す。そして長刀の、最も打撃力を持つ芯の部分をちょうど敵機の頭部へと叩きつけた。
振り抜いた先で血飛沫代わりの整備オイルが敵機から吹き出る。
弥生は刀身に付着したオイルを振り払い、そして徐に名乗りを上げる。
「我らは大日本帝国海軍空母白神第四飛行隊! この刀の切れ味を恐れぬ者から掛かってきなさい!」
凛と叫ぶ弥生の姿にアメリカ軍機は全機での突撃を敢行した。
「笹井軍曹、行きますっ………って、あれ!?」
弥生や裕香らはそれを捌こうと機体姿勢を低くしたが、突然の横槍が飛び込んで来た。
突然の闖入者に視線をやれば装甲表面に『一一四』の表記と部隊章である黒揚羽のマーク。
「陸軍機だと!」
弥生は思わず声を上げた。
「此方萩村茉莉花少尉であります。支援させていただきます」
萩村少尉は銃剣突撃しようとした敵機の装甲に、深々と銃剣を突き刺している。
「丙部隊、制圧射撃開始」
萩村少尉の指示で他のカーキ色の川蝉が敵機にトドメを刺していく。
突然の事にいつまでも放心してはいられない。出鼻をくじかれてしまった弥生も慌てて指示を出す。
幾つもの空薬莢がばら蒔かれ、機体の足下には空になった弾倉が慌ただしく転がっている。弾丸の雨あられによって穴だらけになった地面が両軍の撃ち合いの程度をその通りに表していた。
「急げよ! 敵の援軍が到着する前に敵陣地を壊しきれ!」
真尋が歳下後輩の奏と裕香に向かってそう叫ぶ。
「は、はいっ!」
正直に返事をした裕香の機体に衝撃が襲った。
「うわっ!?」
敵の40mm弾が機体の腹部装甲に直撃したのだ。
裕香の視界に被害状況が表示される。その為に裕香の視界から敵機の姿が消える。
「あぁもう邪魔だなぁ!」
裕香は出来るだけ早く戦闘に復帰する為に目を走らせる。
(被害は腹部装甲の右側部………、直撃したけど爆発はしてないからまだ大丈夫!)
元々整備士志望の裕香は、どの程度の被害で機体にどれくらいの負担を掛けられるかが即座に判断出来る。
「もうちょっと我慢しようね………!」
戦闘に支障は無いと判断した裕香が機体の体勢を立て直そうとすると、おそらく裕香を襲ったであろう敵機が眼前にまで迫っていた。『FRM-2』の銃口はバッチリ裕香に向けられている。
「ちょっ、ちょっと待ってよ〜!」
危機一髪! と思いきや、すんでの所で敵機は体勢を崩して地面に倒れ込んだ。
何が起こったのか、裕香が辺りを見渡せば敵機の脚部が太股から下が無い。
「あれっ?」
何が起こったのか分からない裕香。
そこで裕香の聞き慣れた、同僚の声が聞こえる。
「笹井軍曹、しっかりしなさい! 常在戦場。演習でも最前線にいるのと同じだと思うのよ!」
「奏ちゃん!」
いつでもしっかりとしている奏の助太刀に裕香は戦闘中と言うのにも関わらずほっとしてしまう。
「名字に階級を付けてって言ってるでしょ! それで、まだ動けるの?」
「うん! 問題無いと思う。装甲も貫通されてないみたいだし。機体の被害より警告文の多さで胃の方がやられそうだよ」
本当に、視界を遮るほど出てくるし、警告のアラームは甲高くて耳が痛くなるしで、心臓と胃袋に穴が開きそう、と裕香はボヤいた。
「はいはい。それじゃあ早く終わらせてシャワーでも浴びましょ」
「西沢曹長! 戦場の最前線にシャワーは無いかと思われますが、気を休めるにはまだ早いと愚考しますが、常在戦場では無いのですか?」
「………艦内なら水しか出ないシャワーはあるでしょ」
「そっか!」
ミイラ取りが何とやら。裕香のマイペースに乗せられいつの間にか奏まで無駄話をさせられていると、ある通信が二人に割り込んだ。
「「あ、」」
アメリカ合衆国軍陣地内全てのコンテナとテントが破壊された。その旨の通信が演習領域内全ての機体に届けられた。
パイロット達には代わって回収車の待機が言い渡される。
弥生は突き刺した長刀を引き抜き背部に収めつつ、ゆっくりと息を吐き出した。熱っせられた呼気が完全に出し切られると弥生の身体から緊張が抜け出した。
(終わりましたね………)
そして、吐き出した呼気に代わって新しく肺腑に吸気が入り込んでくる。すると、弛んだ意識がまた引き締まる。
「第四航空隊各員、怪我は無いか」
隊長の責務である部下の体調管理。大事は無いように、と祈りながら聞けば三人分の問題無しという声が返ってくる。
(よかった………)
返事を聞いてようやく弥生は深く、ゆっくりと安堵のため息を漏らした。
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