2-2. 必要な会話(4)

 空が白み始め、そろそろ行こうかと立ち上がったとき、街道の方から馬のひづめの音が響いた。

「伏せて」

 小声で言いながらも咄嗟とっさに体が動いた。ユウキを抱き寄せて、一緒に地面に伏せる。そしてその体勢のまま耳を澄ました。

 恐らく二騎。それがだんだんと近づいてくる。

 街道を外れて林に入った形跡を残したつもりはないし、たき火は消してきた。移動してから火は焚いていないため、気づかれることもないだろうが――。

 息を詰めてどのくらいが経過しただろうか、その音はショウたちの近くを通り過ぎ、そして遠ざかって行った。

 ショウは大きく息を吐いた。

「行ったな。けど、問題はどっちに行ったかだ」

 街道はこの先で東と南に分岐ぶんきしている。ショウたちが向かっているヤエはその分岐を東に進み、途中にある小道を南に入った先にある。もし、今の馬が追手で、先回りするために使わされたものだとしたら困ったことになる。町に入れなければ、ショウがあてにしている隠れ家も用をなさない。

「ユウ――」

「しっ」

 話しかけるショウの言葉をユウキが制す。ショウは怪訝けげんに思い、体を離してユウキを見る。

 そしてユウキに覆いかぶさったままだったことに気づき、慌ててどいた。かっと体が熱くなる。謝ろうと口を開きかけるが、ユウキに気にしている素振りはない。それ以上に、何かに集中しているようだった。眉間に難しげなしわが寄っている。

 やがてユウキはゆっくりと上に手を伸ばした。何事かと窺っていると、次の瞬間、勢いよくその手が引き寄せられた。

 その突然の動きにショウはびくりとする。が、すぐに何かかすかな音が耳に届き、気を引かれた。

「よし、うまくいった!」

 ユウキの顔に笑みが浮かぶ。だが、ショウには何が何だかわからなかった。

「えーと、何が?」

「あ、ごめん。あのね、ちょっと音を引き寄せてみたの。前からできるんじゃないかと思ってたんだけど、一度も成功したことなくて」

「音を引き寄せる?」

「そう。この先すぐに分岐でしょ? だから、分岐した先の音をそれぞれ風を使って手繰り寄せたんだけど……」

 先ほどとは一転、ユウキの表情が曇った。ショウは黙って先をうながす。

「今通ったの二騎だったよね? たぶん……二手に分かれたと思う」

 ショウははっとして、そしてユウキ同様、顔を曇らせた。ユウキのおかげでそれぞれどちらに向かったかはわかったが、ショウの懸念けねん払拭ふっしょくされなかったわけだ。

「追手じゃないことを祈るしかないか。普通、東に向かったなら、そのまま港町のツヅナミまで行くと思うけど……。わからないな。どうする? このままヤエに向うのでいいか?」

「うん、そうだね。他に行くところなんてないし」

 ショウは先に立ち上がり、ユウキに手を貸しながら首をかしげた。

「もしかして、ユウキもチハルに戻れないと思ってたのか?」

「思ってたというか……思うようになった、かな」

「理由を聞いても?」

「屋敷出るとき、ここにいては行けないと思うって言ったの覚えてる?」

 ショウは小さく頷く。言われてみればそんなことを言っていた気がする。

「あれから考えたの。あの時は、何となくそう思っただけだった。でも、落ち着いてマカベと話したことを思い出したら……」

 ユウキの瞳が揺らいだ。そこには確かな不安の色が見えた。

 それからユウキはマカベに捕まった時のことを話した。マカベ家で働けと持ちかけられたこと、自分なら能力を生かせると言われたこと、そして最後に自分の能力や一族について知りたくはないかと問われたこと。

「能力や一族のことを知りたくはないか、か。意味深だな……これが別の、例えば、『眠らせの歌うたい』の一族だったとしたら、どんなことができるかとか、どこに住んでいてどのくらいの人がいるのか程度のことしか言えることなんてないはず。それだったらわざわざこんな言い方はしない、よな」

「と思う。だからその言葉を聞いたとき、知りたいって気持ちも強かったんだけど、同じくらい怖くなって」

「それで、ここにいてはいけないと思うってなったわけだ」

「そう。でも私がそう感じただけだから、本当のところはわからないよ」

 ユウキは何でもないことのように話したが、これが笑って聞き流せる話でないことは理解していた。ユウキ自身もおそらくわかっているだろう。

「マカベは俺たちが知らないことを知っている、か」

 ショウはため息をついた。

 ユウキがショウを置いていったのもこの漠然ばくぜんとした不安からだったのだろう。怒鳴りつけなくてよかった、とショウはひそかに胸をなでおろした。


 ショウは初め、ユウキを救出して里の場所を聞いたら、それで終わりのつもりだった。ヤエでしばらく身をひそめていれば、マカベ家はあきらめるだろうし、もしそうでなかったとしても里まで一緒に連れて行って、里の誰かに預ければいいと思っていた。

 その認識は甘かったのだろう。実際、ユウキは里の場所を知らなかったし、町を出ればいなくなると踏んでいたマカベ家も、もしかしたら、まだあきらめていないかもしれない。アキトの話からすると、いくらでも手勢はいるということになる。人の伝手つて、というのはそういうものだ。

 ともすれば、ただ逃げ隠れすればいいというものでもないのかもしれない。もっと根本的な、マカベ家がユウキを欲しがる理由や状況をなくさない限り、平穏は訪れないかもしれなかった。

 これからのことはユウキ次第でもあるが、もしかしたら町を捨てる以上の覚悟をしなくてはならない時が来るかもしれない。そう思うと恐ろしくなった。

 ショウもまた、のんびりと風捕りの里を探してなどいられなくなるだろう。


 ショウはぶるりと身震いする。

 この想像が、想像のままで終わることをショウはただ祈っていた。

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