2-4. 屋根裏暮らし(2)

          *

「よっしゃ、着いたな」

 小さく区分けされた田んぼや畑を過ぎると、突然街並みが広がった。古く荘厳そうごんたたずまいの建築物や丸みを帯びたかわいらしい家などがユウキを出迎える。大通りや広場では子どもの明るい声が飛び交い、ベンチでは老婆や母親らしき女性たちがのんびりと過ごしていた。

 ユウキはきょろきょろしないようにするのに必死だった。初めて見る街並みはどこも珍しく、比較的チハルから近いにもかかわらず、雰囲気が全く違うことに驚かされる。チハルのようなわっとした賑わいこそないが、町の人の表情は明るく、落ち着いた穏やかな空気が町全体を包んでいた。

 そんなヤエに二人が着いたのは昼もかなり過ぎた時刻だった。大通りを避けて市街地に入り、やがて一軒の家へと到着する。

「ここだよ」

 そこは建物と建物の間にぴったりとまった小さな家だった。両脇の建物との雰囲気が酷似こくじしており、知らなければここだけ別の家だとは思わないだろう。

 これなら身を隠すのに向いているかもしれない、とユウキが思ったのも束の間、ショウはそこを通り過ぎた。隣家の角を曲がり、その裏手まで進む。隣家の裏にもまたすぐに家があり、ショウが足を止めたのはその二軒の境にあたる場所だった。

 ショウの視線はそのわずかな隙間に向けられている――が、もちろんそこは道ではない。また、裏庭ですらなかった。

 ショウは手前の植え込みをくぐり、その窮屈な建物の隙間に入っていく。ユウキも仕方なくそのあとに続いた。

 雑草の生い茂ったその場所を体を薄くして一軒分進む。すると、先ほどの小さな家の裏側にたどり着いた。ここだけは何とかしゃがめるくらいのスペースが空いていて、ユウキはふっと体の力を抜く。

 その間にも、ショウは目の前の壁に手を伸ばしていた。白い土の塗られた壁はひび割れており、そのひびが腰の辺りから地面へと半月状に続いている。ショウが指をひっかけて引っ張ると、それは簡単にがれた。

 となれば、すぐに組み上げられた灰色の石が見えるだろう。石を組み上げて、表面を土で固めるというのがこの辺りの、シュセン北部の家の一般的な造りだ。

 だが、そのユウキの予想に反して見えたのは茶色い板だった。

「あ…れ……っ!?」

 驚きの声を上げたのはユウキではなくショウだ。それでユウキは大よその事情を察したが、一応、型どおりの質問をしておく。

「どうしたの?」

「あー、いや……。ちょっと、入り口がふさがれてて……」

「――ショウ。ここ、誰の家?」

 ユウキが追及するとショウは視線を泳がせた。


 結局、近くの窓から侵入した。それは玄関の真正面、廊下の突き当たりにある窓で、人目に着きやすい場所だった。

 一方、当初入り口と考えられていた壁の穴は、階段下の物置の壁に開けられていたものだという。そこからであれば、様子を窺いながら出入りできるため、以前、ショウがこの家に世話になっていた時に重宝ちょうほうしていたらしい。

 それはともかく、屋内に入ったユウキたちはこそこそと階段を使って二階に上がり、そして昔は寝室だっただろうと思われるごちゃごちゃとした部屋から梯子はしごで屋根裏部屋へと上がった。

 ショウのお目当てはこの屋根裏部屋だった。この家は老婆が一人住んでいるだけな上に、その老婆は足が悪く、二階より上に来ることはないのだという。

 本来であれば家を借りるか、もしくは宿を取るかするべきだっただろう。だが、どの道ユウキにはお金がない。ここを寝床にするというショウにユウキも否とは言えなかった。

 ユウキにとって、ショウは未だ謎の人物だ。どう見ても善人にしか見えないし、口調も含めなんとなくお行儀がいいにもかかわらず、行動は思い切りがいい――といえば聞こえがいいが、実際のところ、破天荒というか無謀というか、悪人のそれに近い。

 そんなことを考えながら、ほこりの積もった部屋の隅でおとなしく座っていると、換気口から外を覗いていたショウが不意に声を上げた。

「よしゃ、チャンス来た!」

「何の?」

「ばあさん、出かけてった。この時間なら多分買い物だろ? 今のうちに掃除だ」

 掃除、と聞いてユウキは素早く立ち上がった。さすがにこの埃に埋もれて眠るのは御免だった。


 裏手の窓を開け、まずカーテンの埃を払う。それから二人で絨毯を剥がしそれもはたいた。それからどうしたものかと思案していると、意外にも強気なショウが雑巾やらバケツやらを一階から借りてきた。屋根裏部屋をユウキに任せると、ショウは埃のせいで足跡の残る二階を拭きに梯子を下りて行った。

 それからどのくらいたっただろうか。雑巾はあっという間に真っ黒になった。バケツの水もすぐに真っ黒になり、ユウキはそっと屋根裏部屋から顔を出し、階下のショウを探す。

 ショウはすぐに見つかった。廊下でまだ拭き掃除を続けていた。

「ショウ? どう?」

「あぁ、もう終わる。あとはおいおいって感じだな」

 ショウは立ち上がり辺りを見回すとこちらへと足を向ける。

 二階の床からも積もっていた埃はなくなっていた。これで足跡から見つかるようなことはない。見る者がいれば、きれい過ぎることに首を傾げるかもしれないが。

 ユウキは戻ってきたショウに出入り口を譲り、代わりに通り側の壁に寄って腰を下ろした。叩いただけの絨毯はまだ埃っぽいが、贅沢は言えない。どうせ寝るときは寝袋を使うのだから気にもならないだろう。

 それからしばらくすると四角い換気口から夕日が差し込み始めた。換気口の縞々の影に重なった自分の影が、長く伸びている。ユウキは来た時にショウがしていたように、そこからこっそりとヤエの町を見下ろした。

「あ……おばあさん戻ってきたかも」

 おばあさんの顔をユウキは知らない。だが、迷いなくこちらに向かって歩く老婆を見つけてショウに伝える。

「うわ、ホントだ」

 ユウキの横に来て、同じように外を覗いたショウは老婆を確認するや否や、掃除用具を抱えて屋根裏部屋を飛び出した。

 間もなく玄関が開く音がした。と同時に、ショウが帰ってくる。ショウは梯子を上りきると、にやりと得意げに笑った。

「危なかったね?」

「こんくらい余裕、余裕」

 ショウは出入り口に腰掛けて、足をぶらぶらさせている。いくらおばあさんが二階に上がって来ないと言っても不用心だ。

「中に入らないの?」

「ん。これからちょっくら出かけてこようかと思って」

「え? 今から?」

「林で追い抜いて行った馬の行方、気になるだろ? 確認してみるよ」

 三日前、林で馬のひづめの音を聞いた。そのうちの一騎がユウキたちと同じ東方面へと向かったのだが、その後の行先はわかっていない。大通りを避けてヤエに入ったユウキたちが待ち伏せに会うことはなかったが、だからといって来ていない保証にはならなかった。警戒するのは当然のことだ。

「ありがとう。でも、どうやって……」

「任せてくれって言っただろ? 大丈夫、頼るあてはあるから」

「そうなんだ。わかった。いってらっしゃい」

 素直に送り出すと、ショウが一瞬、複雑そうな顔を浮かべた。ユウキが首をかしげると、ショウは苦笑し、行ってくる、と言って梯子を下りて行った。

 今の表情には何の意味があったのだろうか。まさか引き留めてほしいとでも思っていたのだろうか――などと考えているうちに、別のことを思い出す。

 ――そういえば、今、おばあさん、いるんじゃなかったっけ。

 ショウは平然と出て行ったが大丈夫だろうか。入ってきたときに使った窓は少し高めの位置にあるため、もしかしたら手こずるかもしれない。素早く出入りできなければ、目撃される可能性が高まり危険だ。おばあさんが出かけようとしていたり、別の部屋に移動しようと廊下に出ていたり、そういう状況でなければ見つかることはないとはいえ心配だった。

 しばらくここに世話になるのであれば、出入り口に関しては少し考えたほうが良さそうだ。ユウキはそれとなく頭の隅に書き留めておくことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る