第4話 05:開廷
* * *
話も尽き、ようやくうとうとと眠りに落ちかけた頃。
頭上から響く重たい扉の音に眠気を散らされた。
複数の軍靴の音が兵士の来訪を告げる。
それは、裁判の時が来たということだ。
「罪人アリス、出ろ」
鎖の流れる音がして、耳障りな金属音が響く。
鳥篭牢が下ろされた。
アリスが数人の兵士に引き連れられ、階段へ向かう。
「う……ん、」
今の物音でようやく目を醒ましたらしいハイトが、ぼんやりとした視界で周囲を眺める。
「ヒナ? ここ……」
「ハイト! ここは牢屋。アリスが連れて行かれちゃう!」
「……アリスっ!」
一瞬で身を起し、格子越しに彼女の姿を認めるとハイトは何の躊躇もなく肩を鉄格子へぶつけた。
鈍い音は虚しく、合間に入るアリスを呼ぶ叫びは、兵士たちの嗜虐心を煽るだけだ。
「アリス! アリスっ! ちくしょうっ……」
「ハイト、やめなって! 怪我するよっ。落ち着いて。
待ってれば裁判へ連れてってもらえるはずだから」
「でも! こんなに近くに――アリスが……居たのにっ」
その目に表れているのは焦燥だ。
表情が歪む。ハイトは歯を食いしばって、私から目をそらした。
それきり無言のまま、裁判室へ連れて行かれるまで、私たちの間に言葉は交わされなかった。
*
世にも奇妙な動物園が目の前にあった。
裁判と称した不可解な話し合いが繰り広げられている。
裁判所っぽく作られている部屋の中。
中央の椅子に拘束され左右を兵士に固められてアリスは居た。
それを四方から長い机で囲い込んで、様々な動物が罪人へ視線を注いでいた。
四角形に設置されたテーブルの向こう。
一際高い位置に据えられた玉座のような豪華な椅子上に、豪華絢爛、百花繚乱、アニー女王が座っている。
まなざし強く、裁判の成り行きを見守っていた。
「かの者は罪人、それも大罪を犯した悪しき者。我は彼女のガス室送りを進言する」
「いいや、これは国民たちへも示さねばならない事態だろう。
後に続く者がなきよう、街の広場で絞首刑に!」
「地下に埋めてしまうのはどうじゃ?
暗闇の中、孤独と空腹感と徐々に薄れていく酸素……
死への恐怖でじわじわと苦しみ、狂いながら死んでいくだろう」
「その間に夢を見続けたらどうする?」
「そんな刑は地味だ!
罪人にダイナマイトの服を着せよう。自分で着火させるのだ」
「ナンセンス!!」
「何だと!」
議論は白熱していく。
人間大のサイズのイワシやひょろひょろしたライオン(紳士服を着込んでいる。)、顔が毛で埋もれた羊、大きな帽子の男、その隣にはチョッキのウサギ。
様々の動物(含・人間)が顔をつき合わせて論じるのはアリスの罪の有無やその重さについてではなく、始まってから今まで『どのような処刑にするか』のみだった。
アリス自身の発言はもちろん許されていないどころか、弁護士らしき姿もない。
本物の裁判を実際に見たことはないけれど、今目の前で起きているコレがそうでないことだけは自信を持って断言できる。
「ねぇハイト、何なのこれ。これが裁判?」
「……」
「このままだと、アリス殺されちゃうよ……」
「……」
ハイトは黙って俯いたまま、さっきから一言も喋らない。
彼の顔は今になって腫れや傷が目立つ。
端が腫れた唇を引き結んで、暗く陰る瞳はアリスを見ているのか定かでない。
私たちは相変わらず手足を拘束されているし、背後には見張りの兵士がいる。
ここは傍聴席の一番後ろで、傍聴に来たほかの人々の姿もよく見えた。
動物と、動物交じりの人間と、人間と、ごちゃまぜ。
「針を千本飲ませるのだ!」
「毒の一気飲みだ!」
「毒ならば、毒虫の群れに追い込むのだ」
「夢を見た頭をまず潰さねば」
「なら投身か? 岩を落とすか?」
「やはり民衆の前での公開処刑は必須だろう」
「火あぶりだな」
「待て、早計であるぞ。ふぅむ……」
意見はめぐるばかりで、一向に結論は出ない。
アリスの姿は表面的には落ち着き払っている。
相も変わらず冷静だ。
冷淡、と言ったほうがいいのかも。
ハイトには結局アリスと言葉を交わす機会がなかった。
アリスがハイトを見ることも。
茫然自失としているハイトの姿が痛ましい。
電気椅子が毒ガスか、
火か生き埋めか絞首かとシュミの悪い話し合いが続いていく。
できることなら耳をふさぎたくなったころ。
しわがれた老婆の声が場に静寂をもたらした。
「――執行猶予を」
ざわ、と途端にどよめく裁判官たち。
発言したのは見覚えのある人物だった。
青緑の長い髪が特徴的な幼女。
しかし驚くべきことに老成しきった精神を併せ持つ、キャタピラ女史。
小さすぎて今まで気づかなかった。
彼女は私たちの姿を認めるとさっと顔をそらし、真剣みを帯びた表情で裁判官たちを見据えた。
「ハイト! 聞いた? キャタピラさんだよ! あの人、アリスを庇ってる!」
希望を見出した私の声に、それでもハイトは反応しない鬱屈とした顔をうなだれたまま、死んだような目をしている。
「ハイト? ハイト! 聞いてるの、ちょっともう!」
強硬手段だ。私は体の自由がきく限り彼から身を引いた。
そして、
「えいっ!」
ガッツン、と頭突きをする。ハイトのアゴに見事に入った。
頭頂部のかなりの痛みに涙が出てくるが、相手にもそれだけダメージを与えたということに違いない。
「いっ……たぁああ! 何するんだよっ」
「何がよ! アンタ今までまさか寝てたわけ? アリスのこと!
今、キャタピラさんがかばってるんだよ?」
「え――」
我に返ったらしい、ハイトの顔つきは昨日までのものと変わらずに見える。
キャタピラ女史は議論の席で被告の扱いの改善を申し立て、今一度裁判をやり直すよう主張している。
幼い外見から発せられるしわがれ声での正論には凄みがあり、数人は意見を翻しかけていた。
いいぞ、その調子だ。
しかし処刑したくて仕方がないような魚男が、口角から泡を飛ばしながら熱弁を振るう。
「普通の罪人に対してならば、女史の意見ももっともである。
しかし被告アリスの罪を思い出してください。
彼女は何をしました? 何よりも恐ろしい、夢を見ました!
それは許しがたいおぞましい事実だ!」
そうだそうだ、と方々からヤジがあがる。
一度にたくさんの人が喋り出し、収集がつかない。
「女王! この件にご判断を」
ヒレを揺らして魚男は玉座を仰いだ。
わずかに眉間に皺を寄せる女王の答えを、人々は固唾を呑んで待つ。
にわかに訪れた静寂へ若い女王は言い放つ。
「被告に弁解の機会を与えます!」
どよどよと低いざわめきが広がる。
女王の決定には、皆はっきり反対できないらしい。
アリスは立たされ、女王へ向き合うよう兵士に促された。
一段高い台に上り、木製の柵の向こう、高みに座した女王を見上げる。
目隠しの瞳だというのに彼女はまっすぐ女王を見据え、はっきりと言葉をつむぐ。
多くの者が望み、私たちが望まないその言葉――。
「私は夢を見ました」
淀みない一言。
ほんの一瞬訪れた完璧な無音は次の瞬間には隙間なく怒号に侵される。
「有罪!」「公開処刑! 街の広場で決行だ! 首を刎ねろ!」
「首を刎ねろ!」「首を刎ねろ!」「首を刎ねろ!」
「「「首を刎ねろ――――!」」」
会場は狂騒に満ち溢れた。
冷静さのかけらも持ち合わせていない。
興奮から席を立ち足を踏み鳴らしたり、手を振り上げたり、その上で声を張り上げる裁判官たちの間で、キャタピラ女史の目が無念そうに閉ざされるのを見た。
ハイトの顔は血の気を失い蒼白だ。
「アリス……どうして、なんてことを……」
彼は理由を知らない。彼女が死を選ぶ理由を。
私が教えて良いものだろうか。けれどそれで彼を納得させられるとは思えない。
「罪人を運べ! 官吏を呼べ!
公開処刑だ! 民に報せろ――」
気持ちの悪い、声と熱気のうねり。
その中でアリス一人、場違いに涼しげな顔をしている。
「お前たちも来い、特等席で見せてやる」
兵士の挑発に噛み付く気力もなく、私とハイトは引かれるがまま、兵士たちのあとに着いていく。
「閉廷! 閉廷!」と怒鳴り声が響く部屋を去りぎわ振り返ると、キャタピラ女史が見えた。
声なく何かをつぶやく。
「力になれなくて済まない」
私は首を横に振った。
次の彼女の反応を見ることはできなかった。
私たちが強制的に退室させられたからだ。
「ねぇヒナ。アリスはなんであんなこと言ったんだろう。
どうして罪を認めたんだ……」
「ハイト……」
項垂れて静かに、彼は呟く。
「どうしてだよ。アリス、彼女は……死にたかったのか。
何故? 気づかなかった……。
僕って本当に、役立たずなんだな……。
悩んでいたなんて知らなかった。
死にたいくらい何かを思いつめていたなんて。僕、僕……」
ああはじまった。ヘタレウサギの泣き言が。
また頭突きしてやろうかとぐっと身を引きかけると、ハイトが急に顔を上げた。
その表情にはっとする。
強いまなざしだった。
悲壮感も敗北感も、無力感をもねじ伏せた瞳だった。
「僕、アリスと話しがしたい」
視線がアリスの姿を求め、兵士たちの群れを射る。
広場へ向かう行進。あの向こうにアリスはいる。
「一人で抱え込むなんてズルいよ。
考えたことは僕にも教えてほしい。アリスには僕がいるんだ。
彼女は一人じゃないんだ。ちゃんと話をしなくちゃ、わからないよ。
僕はアリスを理解したい。僕はアリスを、救いたいんだ」
「うん……!」
賛同の気持ちでうなずく。
そのとき背後から複数のうめき声が聞こえた。
何事かと振り返った瞬間、私とハイトの間を黒い何かがすさまじい速度ですり抜けて行った。
「あ……!」
気づくと手足の枷が千切れている。
見張りの兵士も全員気を失い倒れていた。脅威の早業だ。
私たちは黒い影の去っていったほうを見据えた。
アリスを連れた兵士隊の姿はもう見えない。
城を出たのだろう。黒い影も、それを追って。
「今の、もしかして……」
ハイトの呟きにかぶせるように、二人同時に声を上げた。
「チェシャ!」
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