7 漫画喫茶のアルバイトの女の子

 もう5年以上前のことなのですが、自宅近くのマンガ喫茶での出来事です。

 そのマンガ喫茶は個室が並んでいる部分もありますが、区切られていないオープンスペースのゾーンが比較的広い店で、行くとたいていオープンスペースに置いてあるテレビがついていました。

 ある時オープンスペースにある席で本を読んでいると、あまり興味がわかないワイドショーをやっていて少し耳ざわりだったので店のアルバイトの女の子に尋ねました。

「すみませんがテレビを消してもらってもいいですか?」

 その女の子は小太りで顔が大きく目が小さいさえない外見で、雰囲気が暗くどんよりとしていてなんとなく話しづらい感じだったのですが、他に店員がいないので仕方がありません。

 その女の子はぶっきらぼうに「みんなが見ている」と答えました。

 周りを見回しましたが、店の中は閑散としていてテレビを見ていそうな人は誰もいません。

 私は思わず「見ている人はいないと思いますが」と言いそうになりましたが、その女の子の気が利かなそうでぶっきらぼうな雰囲気に接するとどうも言いにくく、結局そうしたことは言いませんでした。

 それにしても、見ていそうな人が全然いないのに「みんなが見ている」と言うのも変な話ですが、もしかしたら「みんなが~」と言えばなんでもうまく収まるということをどこかで学習したのかもしれません。どうも変な時に変なことを言うアルバイトだなと思いました。

 マニュアルにないことになるととたんにうまい対応ができなくなる人なのかもしれません。または、もしかしてあの店にはちゃんとしたマニュアルがなかったのかもしれません。見た目から推測すると年齢は20代前半で、「まだあまりこういうアルバイトの経験が少ないのかな」とも思いました。

 やや腹が立ちましたが、「まあ、いいか」と思い、そんなに後をひくようなことはありませんでした。

 でも、後で「ああいう場合のアルバイトの答え方としては、どういうふうに言うのが正解なのだろうか?」ということは少し考えました。

「個人的には誰も見ていないので消すという選択肢もありかなと思いますが、このテレビは、どういうわけだかいつもついていますので消してはいけないのかもしれません。店長からこれを消していいものかどうかいうことをまだ聞いていません。今回はつけたままにしておいてもらえませんか。次回までの店長と相談しておきます」

 例えば、こういう答えが考えられます。もっとも「個人的には~思いますが」という部分余計かもしれませんし、こんなに長く答える必要もないのかもしれませんが。

 とにかく「みんなが見ている」とぶっきらぼうに一言だけ言うよりはもっとましな答え方がありそうな気がしました。


 その女性のアルバイトに関して、もう一つ印象的な出来事がありました。

 別の日のことなのですがトイレに行こうとして廊下を歩いていたら、その女の子が体の前に大きなダンボールを二つ重ねて持ったまま前が見えない状態で歩いてきてぶつかりそうになりました。

 私はあわててよけたのですが、その女の子はなにも言わずに段ボールを持ったまま何事もなかったかのように悠々と歩いて行きました。

 店側の人がよけるのではなく客の方でよけるというのも変な話だし、店側の人が「失礼しました」みたいなことを言わないのも「変だなあ」と思いました。

 それと、段ボールを二つ持って前が見えない状態で歩くこと自体ものぐさな感じがします。ものぐさと言うよりは、「お客さんが通る場所を前が見えない状態で歩くのは止めた方がいい」という発想自体浮かばないのかもしれません。別にそんなに長い距離でもないのだから、前が見えるように1回で持って行く箱は一つだけにして2回往復すればいいのにと思いました。

 「まあ、あの女の子だったらそんなものだろう」と思いあまり腹も立ちませんでしたし、それについて言っても無視されるか「はいはい」と生返事を返されるのが関の山だろうと思い何もいいませんでした。それは今考えても正しかったのではないかと思います。

 どうもスタッフの仕事ぶりがゆるい店だなと思いました。


 後日、上記の二つの出来事を、髭を生やしたミュージシャンのような風貌のその店のオーナーらしき中年の男性に話しました。

 その時、その女の子は休みでした。いる時に話した方がいいような気もしましたが、その男性はいない時も多く、二人同時にいる機会というのはなかなかなかったと思います。

「すいません、あの子はまだ入ったばかりなんでまだあんまりこの仕事は慣れていないんですよ。よく言っておきます。それとテレビに関しては、『消してもいい』ということを事前に言っておけばよかったのですが、私が言うのを忘れていました。お話しいただいてありがとうございます」

 といった感じの答えを予想していたのですが、全然違いました。

「テレビは消してもいいですよ」

 とボソリ一言言っただけでした。断定的に即答したので、たぶんその人がオーナーなのだと思います。

 こういう人だから、自分のいない時にああいう女の子が店番をしていても平気なのでしょう。

 なんだか、こんなことで店がやっていかれるのか心配でしたが、自分がそんなことを心配しても仕方がありません。


 先日、そのマンガ喫茶の前を通ったらまだ営業している様子でした。あんな感じでも少なくとも5年以上営業が続いているところが、すごい話のような気がします。もっとも、私が行っていない間にいろいろと改善されたのかもしれませんが、でも、あの人がずっとオーナーだったらあんまり変わっていないような予感もあります。

 現代の日本にもこういうゆるくても通用する部分が残されているのかな、と意外に思いました。

 そして、なぜかなんとなく愉快な気持ちにもなりました。

 「客に気をつかわない怪しからん店だ」なんて怒りを感じないですみ、このように愉快な気持ちになれたのは、「ま、いいか」といった感じでわりあい距離を置いてとらえることができたからだと思われます。

 「公式5 怒り+ゆるし=心の平安」の変化形で、怒る前に「ま、いいか」と軽い意味で許しているので最初から怒らないですんでいる、ということだと思います。

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