崖の下のウニョ

紙倉ゆうた

崖の下のウニョ

 これは、ひみつの日記です。


 ママにも先生にも、友だちのだれにも、見せるつもりはありません。うわさになって、あのドクターZみたいな、わるものに知られたら大変です。


 だから、この日記はだれにも見せません。


 それでも書くのは、ウニョのことをわすれたくないからです。ウニョは、わたしのたいせつな友だちです。


 ウニョに会ったのは、ことしの夏休みが始まってすぐ、おばあちゃんの家に行った時のことでした。


 といっても、あそびに行ったわけじゃありません。ママがおしごとで1ヶ月も外国に行かなければいけなくなったので、その間、わたしはここにあずけられることになったのです。


 おばあちゃんはきらいじゃないけど、おばあちゃんの家はすきではありません。だって、まわりは海ばかりで、何にもないのです。まんがきっさやポケモンセンターどころか、コンビニさえありません。


 こんなところで、1ヶ月もどうやってすごしたらいいの。わたしがこうぎしても、ママはとりあってくれませんでした。


「しごとなんだから、しょうがないでしょ」


 ママはいつもそうです。しごとしごとって、運動会にも授業さんかんにも来てくれないし。


 そんなふうに砂浜でむくれていると、がけの下に、小さなどうくつが口を開けているのに気づきました。入口には神社のとりいが立っています。


「あそこは神さまの家だから、ちかづいちゃいかん」


 おばあちゃんにきくと、そんなことを言われました。


 ほんとうかなぁ、とわたしは思いました。でも、ほんとうに海の神さまがいるんなら、わたしのなやみを聞いてくれるかも、とも思いました。そこで、おばあちゃんには悪かったけど、こっそりどうくつを見に行きました。


 でも、どうくつの中には何もありませんでした。何だかすべすべした岩がころがっているだけでした。わたしはがっかりして、思わず岩をけとばしました。


 その時でした。


 岩が、むっくりと起き上がったのです。


 あの時のおどろきは、いっしょうわすれられないと思います。暗くて気づきませんでしたが、それは岩なんかじゃなかったのです。


 岩に見えていたのは、たるみたいな形の体でした。


 タコみたいな足でふんばっていました。木の枝みたいなうでをぴくぴくさせていました。コウモリみたいなはねが広がっていました。そして、ヒトデみたいな顔で、わたしを見つめていました。


 こんなもの、見たことも聞いたこともありませんでした。たぶん、ずかんにものっていないでしょう。


 海の神さまだ! わたしは、あわててにげようとしました。すると、それはずでんとひっくり返ってしまったのです。わたしが落としたペットボトルに、ぴくぴくとうでをのばしています。どうやら、のどがかわいているようでした。


 それを見て、わたしは考えなおしました。これは、神さまなんかじゃない。ただの、生き物だ。一人ぼっちで生きている――。


 わたしと同じ、さみしい子。


 そう思うと、もうこわくありませんでした。それどころか、たすけてあげたいとさえ思いました。


 その生き物は、何とかペットボトルをつかみましたが、ふたが開けられないみたいでした。思いきって、わたしはそれに近づきました。


 生き物は少しおどろいたようでしたが、わたしがふたを開けてあげると、ちゅーちゅーとむちゅうでのみはじめました。それを見て、勇気を出してよかったと思いました。


 あなたのお名まえは? 聞いてみましたが、しゃべれないみたいでした。ヒトデみたいな顔を、こまったようにうにょうにょさせるばかりです。そこでわたしは、その生き物をウニョとよぶことにしました。


 これが、ウニョとの出会いでした。


 今思えば、ほんとうの神さまが、わたしたちを会わせてくれたのかもしれません。にたものどうし、なかよくしなさいって。


 つぎの日から、わたしは毎日、どうくつのウニョにジュースをとどけました。人に見られないようにこそこそとです。ウニョのことがばれたら、けんきゅうじょにつれていかれて、かいぼうされちゃうかもしれません。それだけは、さけなければいけません。


 そのかいあって、さいしょは立つのがやっとだったウニョも、みるみる元気になっていきました。おばあちゃんには「よく出かけてるけど、友だちでもできたのかい」なんてきかれて、ひやひやもしましたけど。


 そのうち、ウニョについて、いろいろなことが分かってきました。


 まず、とても頭がいいこと。


 ペットボトルのふたの開け方も、一回でおぼえたし、わたしがニンテンドーDSをしていると、やりたそうにのぞきこむので、ためしにわたすとびっくり。何十本もあるゆびを使い、あっという間にクリアしてしまいました。


 つぎに、口ぶえがうまいこと。


 ヒトデみたいな顔の先っちょに口があるのですが、そこでよくぴゅうぴゅうと上手に口ぶえをふきます。ひょっとしたら、あれがウニョのことばなのかもしれません。何て言ってるのか、分かればいいのになぁ。


 そして、とてもやさしいこと。


 ママはわたしを生んだこと、こうかいしてるのかしら。そんなことを話している間、ウニョはずっと、わたしの頭をなでてくれていました。たぶん、話は分かっていないでしょうけど、わたしにはそれだけでじゅうぶんでした。


 “友だちでもできたのかい”そのとおりでした。いつしかウニョは、わたしにとって、かけがえのない友だちになっていたのです。


 ある日、しゅくだいの写生をしていて、いいことを思いつきました。そうだ、ウニョにも絵をかかせてあげよう。しゃべれなくても、絵でつたえることはできるかもしれない。


 わたしはさっそく、スケッチブックとクレヨンをウニョにわたしました。つかい方を見せてあげると、さすがウニョ。すぐに分かったみたいです。いちどに十本ぐらいのクレヨンをもって、ものすごい速さでかき始めました。しかも、しゃしんみたいに上手です。


 それは、ふしぎな絵でした。


 1まいめの絵には、うちゅうにうかぶ地球がえがかれていました。でも、社会のきょうかしょにのっている世界ちずとは、ちけいがちがっています。日本もアメリカもなく、大きな大りくがたった一つあるだけです。


 そこに、うちゅうからとんできたウニョが下りていくばめんでした。いや、ウニョだけではありません。ウニョにそっくりな生き物たちが、ほかにもたくさんえがかれていました。


 2まいめの絵には、大とかいでくらすウニョたちがえがかれていました。ウニョは、ここからやってきたのでしょうか。でも、こんなハチのすみたいなビルや、クモのすみたいなどうろは、東京でも見たことありません。


 とかいには、ウニョたちのほかに、何か黒いぐねぐねしたものがたくさんいました。それはビルをたてたり、にもつをはこんだりして、いっしょうけんめいはたらいていました。ウニョたちのめしつかいでしょうか。


 そして、3まいめの絵には――。


 あの黒いぐねぐねが、ウニョたちをおそっているところが、えがかれていました。ねばねばにおおわれて、たおれているウニョ。かわいそうに、頭を食べられてしまったウニョ。


 ぐねぐねたちが、はんらんをおこしたようです。こき使いすぎて、おこらせてしまったのでしょうか。ウニョたちは、SFに出てくるビームガンみたいなぶきで、ひっしにぐねぐねとたたかっています。


 ウニョの絵は、まだまだつづきました。


 ぐねぐねとのたたかいで、なかまとはぐれてしまったウニョは、こおりの中でねむりにつき――目がさめると、おりにとじこめられていました。まわりには、はくいをきた人たちや、てっぽうをもった人たちがえがかれています。きっと、悪のひみつけっしゃにちがいありません。ウニョのひみつをねらっているのでしょう。


 すきを見てにげだしたものの、てっぽうでうたれて、けがをして――何とかこのどうくつにかくれたところで、わたしとであったのです。


 そこで、ウニョの絵をかく手が止まりました。


 ウニョは、絵の中のなかまたちを、じっと見つめていました。わたしは、はっとしました。ウニョは、なかまをさがしに行きたいのかもしれません。でも、ウニョがいなくなったら、わたしはまた一人ぼっちになってしまいます。


 どうしていいのか分からないまま、日々はすぎ――そして、あの夜がやってきました。


 私はウニョのことを考えていて、なかなかねれずにいました。明日、どうくつに行ったら、もうウニョはいないんじゃ――そんなことを考えていると、目はさめる一方でした。


 その時でした。波の音にまぎれて、ウニョの口ぶえが聞こえてきたのです。


 きっと、わたしをよんでいるんだ。おばあちゃんがねむっているのをかくにんして、わたしはこっそり家をぬけ出しました。


 わたしが行くと、ウニョはどうくつの入口でまっていました。ウニョが外に出てくるのは、はじめてです。どうしたのと聞くと、せなかのはねをばさりと広げて見せました。


 悪のひみつけっしゃにうたれたせいでしょう、さいしょに見た時はあなだらけだったのですが、今はもうすっかりふさがっています。力強くはばたくと、ウニョの体がふわりとうかび上がりました。


 わたしがうらやましそうに見ていると、ウニョはうでをさしだしました。乗せてくれるの!? わたしが大よろこびでしがみつくと、ウニョはいっきに空にまい上がりました。


 おばあちゃんの家とすなはまが、みるみる小さくなります。ちへいせんのかなたまで、けしきが見わたせます。空から見ると、せかいは百まん倍も広く見えました。


 わたしとウニョは、風に乗っていました。見えないはずの風のながれが、その時ははっきり見えていました。そうか、鳥はこれに乗って“空を泳いで”いたんだ。


 こんどは、海すれすれのていくうひこうです。月明かりに波がきらめいています。イルカがわたしたちとならんで、ぴょんぴょんとジャンプしています。それは、すばらしいたいけんでした。わたしは、いつまでもいつまでも、このままでいたいと思っていました。


 でも、ゆめのようなひとときは、あっという間に終わってしまいました。


 どうくつの前にわたしを下ろしたウニョは、じっとわたしの顔を見つめています。かぼそく、さびしげな口ぶえをふいています。ウニョが何を言いたいのか、その時のわたしには、もう分かるようになっていました。


 おわかれの時が、やってきたのです。たぶん、ウニョはさいしょから、はねがなおってとべるようになったら、ここを出るつもりだったのでしょう。なかまをさがしに行くために。


 行っちゃいやと言ってしがみつくと、ウニョはうでをわさわさ動かしました。こまっているのかもしれません。わがままを言っているのは、自分でも分かりました。でも、もう一人ぼっちになるのはいやでした。


 どうしても行くなら、いっしょにつれてってとわたしは言いました。どうせママは、わたしがいなくても平気なんだから――。


 その時でした。


「ほほう、これはおどろいた。いにしえのものが、人間とこんなかんけいをきずくとは」


 ウニョとわたしは、はっと顔を上げました。いつの間に、そこにいたんでしょう。はくいをきたおじさんが、いじわるそうなわらいをうかべていました。


 わたしは、ウニョの絵を思い出しました。あれにかかれていた、悪のひみつけっしゃの人にちがいありません。きっと、ウニョをつかまえにきたのです。


 ドクターZ――名まえが分からないので、こうよぶことにします。シーレンジャーに出てくる悪やくの名まえです――は、ポケットから何かを取り出しました。それは、ウニョのミニチュアのようなものでした。


「じつにきょうみぶかい! どれ、そのおじょうちゃんにも、いっしょにきてもらおうか。われらが星のちえはへ!」


 ドクターZがそれを口にくわえ、ぴいっとふきならしました。どうやらふえだったみたいです。ウニョの口ぶえによくにた音でした。


 すると、海がごぼごぼとあわ立ちはじめましたのです。きみょうななき声も聞こえます。鳥にもカエルにも、いいえ、どんな動物のなき声にもにていません。あえて文字で表すなら、こんなかんじです。


 てけり・り! てけり・り!


 それを聞いたとたん、ウニョはあわててわたしのせなかをおしました。にげてと言っているのは分かりましたが、もちろん、ウニョをのこしてはいけません。そうこうするうち、ものすごい水はしらとともに、それがすがたをあらわしました。


 家ほどもある、まっ黒なかたまりでした。手も足もありません。どこが頭で、どこか体なのかも分かりません。そのかわり、あちこちに大きな口があって、そこからあのなき声を出しているのです。


 わたしはまた、ウニョの絵を思い出しました。ウニョたちがめしつかいにしていた黒いぐねぐね、あれにちがいありません。今では、ドクターZのはいかになっているようです。


「やれ、いまわしきショゴス!」


 てけり・り! こたえるようになき、黒いぐねぐねがおそいかかります。まるで、黒いつなみです。思わずぎゅっと目をとじると、ふわりと足がうかび上がりました。

ウニョがわたしをかかえて、とび立ったのです。


 ぐねぐねはタコの足のようなものを生やして、わたしたちをつかまえようとしましたが、あと数センチのところでとどきませんでした。


 ほっとしたのもつかの間、ばっさばっさという音が、後ろからせまってきます。ふり返ったわたしは、自分の目をうたがいました。ぐねぐねが、まっ黒なつばさをはやしてとんでいます。そのせなかに、ドクターZをのせています。


「ふははは! どうだ、人間のぎじゅつもばかにできまい? こんなこともあろうかと、ショゴスにひこうのうりょくをあたえておいたのだ!」


 ウニョはわたしをかかえて、ひっしでにげます。ぐねぐねがのばしてくる足を、右へ左へ、ジェットコースターもまっさおの急せんかいでかわします。でも、いくらにげても、ぐねぐねとドクターZはしつこくおってきます。ウニョはとうとう、にげるのをやめて、どうくつの前に下り立ちました。


「さすが、いにしえのものだ。むだなどりょくなどせぬか!」


 ドクターZはゆだんしています――そうです、ウニョはあきらめたわけではありません。わたしには分かりました。ウニョの五つの目が、わたしを見つめて言っています。


 しんじて、と。


 ぴぃぃぃぃっ! ウニョがするどい口ぶえをふきました。すると、おそいかかろうとしていたぐねぐねが、ぴたりと動きを止めました。ぶるぶると全身をなみうたせて、何だか苦しんでいるようです。ドクターZが、せなかから落っこちそうになってあわてます。


「何!? まさか、こいつをしたがわせようとしているのか――し、しまった、ふくじゅうほんのうを強めておいたのが、うらめに出たか! ええい、そうはさせるか!」


 ドクターZも、あのウニョのミニチュアのようなふえをふきならします。どうやら、ウニョもドクターZも、あの音でぐねぐねをあやつるみたいです。ぐねぐねはどっちにしたがえばいいか、まよっているのでしょう。


 ウニョは、たるのようなどうたいをはあはあさせています。あの口ぶえをふき続けるのは、すごくつかれるみたいです。


 守られてばかりじゃいけない、自分もウニョを助けなくちゃ。そう思ったわたしは、足もとの石をつかみ、ドクターZに力いっぱいなげつけました。


「ぐわっ!?」


 ごっち~ん! おでこに石がめいちゅうし、ドクターZはたまらず、ぐねぐねからころげ落ちました。


「お、おのれ、こむすめが! ――はっ!? し、しまった、ショゴスしえきのふえが――」


 落ちた時になくしてしまったみたいです。チャンスよ、ウニョ! わたしにこたえるように、ウニョはひときわ高い口ぶえをふきました。すると、ぐねぐねはドクターZをつまみ上げ。


「よ、よせ! お前のあるじは、わたしだぞ――ぎゃああああぁぁぁぁ~~――」


 水平線のかなたまでなげとばしました。ドクターZはきらーんと星になって見えなくなりました。


 ありがとう、ウニョ! わたしがだきつくと、ウニョはやさしくだきしめ返してくれました。


 それからしばらくして。


 すっかりおとなしくなったぐねぐねのせなかにゆられて、海のむこうに遠ざかっていくウニョを、わたしはいつまでもいつまでも見おくっていました。


 そう、けっきょく、わたしはここにのこることにしました。やっぱり、こんなわたしでも、いなくなったらママも心ぱいするだろうし、それに、今ならしんじられます。


 はなれていても、わたしたちは友だちだよね、ウニョ。


 やがて夏休みも終わり、わたしは家にもどりました。ママはあいかわらずだけど、とりあえず授業さんかんや運動会には出てくれるようになりました。


 ウニョとだってなかよくなれたのです。ママとも、少しずつでも分かり合っていけると思います。


 今、ウニョはどうしているのでしょう。なかまには会えたのでしょうか。それは分かりませんが、きっと、またいつか会えるとしんじています。


 ウニョは、わたしのたいせつな友だちです。


 *


 ついき:おわかれの時、ウニョにもらった物があります。ウニョの頭みたいな形をした、みどり色の石です。今でも、つくえの引き出しに大事にしまってあります。


【参考文献】


 ラヴクラフト全集4(創元推理文庫、H・P・ラヴクラフト/著、大滝 啓裕/訳)より『狂気の山脈にて』

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