Episode.4 接触

 エクアとの同室。

 本来なら、見た目の良い女と同じ部屋での夜。

 一般的には胸躍るような代物だと言ってもいいだろう。


 だが、はっきり言って大変だった。


 まず、エクアには替えの服がなかった。

 着替えなんかの類まで古着屋に売り、情報料にしたそうだ。

 なので寝る時はベッドを汚さないように下着で寝ると言い出し、俺の理性の為に服屋へと服を買いに行った。


 次に、湯浴み。

 この宿にはシャワーだけが備えつけられている。

 エクアがシャワーを浴びている間、俺は部屋を出て行くつもりだったのだが、追い出すのは悪いからとシャワーの音が聞こえる部屋の中で一人、なんだか妙な気分で待たされるハメになった。


 夕飯は俺に遠慮して食べようとしないので無理やり食わせた。

 遠慮も行き過ぎるとかえって迷惑なのだと気付け。


 ともあれようやく夜を迎え、俺は机の上に自分の武器を置いて手入れをしている。

 エクアは食事中も何度か眠そうに欠伸を連発していたので先に寝ろと告げ、テーブルの上の灯りだけで手入れをしているのだが、エクアがベッドの上で毛布に包まったまま横たわり、こちらをじっと見つめていた。


「……ルーイットさん。それって、魔導銃ですよね?」

「あぁ、そうだ」


 机の上に置かれた黒に近い青い銃。

 魔力をそのまま砲撃に変えるとされる武器、それが魔導銃だ。


「それ、実戦で使うんですか?」


 エクアがそんな疑問を抱くのも無理はなかった。


 魔導銃は本来、魔法の扱いを学ぶための初心者用の魔道具に過ぎず、殺傷能力はそれに大きく劣る。何せ、純粋な魔力をそのまま砲弾として放つのは、一般的には空気の塊をぶつけるのとそう変わらない程度の威力しか発揮しないからだ。

 魔法は炎、氷、風、地の四種と、光と闇が基本的な属性であり、更に付け加えて特殊属性――有名所でいえば空間や死霊、召喚など――などが発見されているが、魔導銃で放つ魔法は無と呼ばれ、最弱の魔法属性だ。


 つまり、実戦用の武器として扱えるような代物ではない、というのが一般的な見解だったりする。


「俺は特殊でな。魔導銃との相性がいいんだよ」

「特殊属性、です? はわぁ、初めて特殊属性持ちの人を見ましたぁ……。確かいっぱい種類があるんですよね? あんまりよく分からないですけど……」

「いや、特殊属性って言えば特殊属性なんだが、お前が想像してるような魔法とは多分違うぞ。基本的にこの二挺の魔導銃と、二本の短剣。俺が使う武器はこれだけだ。一般的な魔法は使えないしな」

「魔法が使えないんですか?」

「あぁ、身体強化をちょこっと使える程度で、他にはない」


 魔法の才能は、はっきり言って皆無だと言ってもいいだろう。

 身体強化と言っても、元々肉体的に強い〈獣人族セリアン〉にどうにか追いつける程度で、相手に魔法を使われたら追いつけるはずもない。

 俺以上に速いヤツはいくらでもいる。


「失望したか?」


 才能的に言えば、大した実力者でも優れた前衛でもない。

 半ば自嘲混じりにエクアを見てそう言ってみせると、エクアはゆっくりと瞼を下ろして首を振った。


「ルーイットさんは、凄い人です」

「は?」

「私、こう見えても人見知りなんです。でも、ルーイットさんにはそういう感覚を持つ事もなかったです。「あぁ、この人がいてくれたら、きっと大丈夫」って、なんだかそう思えるんです」

「……なんだそりゃ」

「私の勘、結構当たるんですよ?」

「……そうかよ。さっさと寝ろ、明日は町の外に出るからな」


 なんだか気恥ずかしくなって頬を掻いて視線を逸らすと、エクアはくすくすと笑うと、可愛らしい欠伸をしながら「はふ」と小さく声を漏らした。


「なんだか……、久しぶりにゆっくり眠れそう、です……」


 そこまで言って、すぐに寝息が聴こえてきた。


 友達を探して、たった一人で町の中を探しまわって、金もなくなって。

 空腹に耐えながら、不安に押し潰されそうになりながら、この数日を過ごしていたんだ。気絶するかのように寝ちまうのも無理もない。


 聞けば、その友達――メルとは姉妹のような関係だったそうだ。

 奴隷として買われ、それからは仲良く日々を過ごしてきて、冒険者になってからもずっと寝食を共にしてきたらしい。

 独りきりの夜に慣れている俺とは住む世界が違う。

 温かい陽だまりのようなこの少女には、本来なら俺みたいな日陰の住人が関わるべきではない。

 そう思うと、このまま東門から外に出て一人で調べに行った方が良い気もするのだが、こいつを独りきりにする気にはどうしてもなれなかった。


「……似てるわけじゃねぇってのに」


 オルトリに会ったせいか、それともこの少女が似た事ばかりするからなのか。

 その夜は、最近はあまり思い出す事すらなかった――アイツの顔が妙に何度も頭の中に浮かんでは消えた。







 翌朝、朝陽が昇りきる前から、俺達は荷運びポーターの仕事を回しているというラゼットとジェス、ドットの三人組が待っているという町の東門の外に広がる森へとやって来ていた。


「確かこの辺りで待っていれば、迎えが来てくれるみたいです」


 ニコニコと、未だにラゼット達が親友を誘拐した相手だと気付いていないエクアが告げる。演技はできそうにないとは思っていたが、ここまで警戒心がないんじゃいいカモでしかなさそうだ。

 思わずため息を吐きたくなる気分を噛み殺しながら、俺は自分の口の中に飴玉を放り込んだ。


「わぁ。ルーイっとさん、それ王都で流行ってるっていう、飴玉ですよね?」

「あー、まぁそうだ。お前も食っとくか?」

「い、いえいえ! 確か飴玉って高いはずですし、食事とか宿とかまで出してもらってるのに、そんなのもらえませんっ!」

「いや、ワリィんだがコイツはそんな美味いもんじゃねぇぞ――っと、どうやら来たみたいだな」


 遠くから歩いてくる何者か。

 気配を殺しながら足音も消しているつもりらしいが、自然が広がる森の中で不自然に沈黙した空間が生まれてるんじゃ、それはかえって目立つだけだ。

 俺達に気が付いたのか、わざと気配を殺すのをやめて、そいつは姿を見せた。


「やあ、エクアちゃん。今日は来てくれたんだね」

「おはようございます、ラゼットさん!」


 相も変わらぬ警戒心のなさを発揮して、エクアがぶんぶんと尻尾を振って挨拶する。


 金色の髪に爽やかな笑顔を浮かべている、いかにも好青年といった風情のラゼット。

 だが、やっぱり普通じゃないらしい。

 笑顔の下でエクアの身体を見定めるように、一瞬だけ視線が泳いだのが、俺にはしっかりと見えていた。


 下卑た下心にしては、少しばかり色の違う視線だ。

 あれは貴族が平民を見る時と似たような、品定めするような類の視線だった。


「それで、そっちの少年は?」

「あ、えっと、彼は――」

「よう、アンタがのいい仕事を紹介してくれるって聞いてな。冒険者になってみたものの、まだ全然稼げねぇんだ。俺にも紹介してくれよ」

「……ふぅん、そうかい。あまり男手は必要ないんだけどね」

「そう言うなって。コイツと一緒に依頼を受けるって、ギルドでも啖呵きっちまったんだ。今更何もしませんでしたって戻れねぇんだ」


 俺の見た目は、言ってみれば幼く見える。

 ……非常に不服ではあるが、それこそまだまだ駆け出しの冒険者らしい、十代後半程度には。


 駆け出しの冒険者は、妙に腕っ節に自信を持ったガキが多い。俺のこの態度は、ある意味冒険者の、それも成長してないガキのそれを再現してる。

 エクアが目を丸くしてこっちを見ているが、どうやらラゼットには「失礼な俺に驚いている」って顔に見えているらしく、特に訝しむような様子もなかった。


「ふぅ、オーケー。しょうがない。ただし、冒険者の仕事は過酷だ。今後もそういう態度でいるんじゃ、いずれ痛い目を見る事になる、とだけ忠告しておいてあげるよ」

「ヘヘッ、そう言やビビると思ってんのかね、大人はさ。ま、よろしくな」


 我ながら、クソガキだと思えるな、自分が。

 ラゼットも顔を引きつらせ、明らかに苛立ちを隠しきれていないみたいだが、新人らしく振る舞うならこれぐらいでいいだろう。


「じゃあついてきてくれるかな。ここから少し歩いた先にあるし、まだ時間も早い。近くに川があるから、まずはそこで朝食にしよう」


 ラゼットに言われて、俺達は森の奥へと向かって歩き出した。

 こっそりと、エクアが俺に近寄ってきた。


「……る、ルーイットさん。その、頑張ってください、ね……?」

「……黙って歩け」

「はぅっ、ご、ごめんなさい……」

 

 なんだか可哀想なものを見るような目でこっちを見るな。

 俺だってやりたくねぇんだよ、こんな真似……!


 オルトリ、マジで覚えてやがれ……!







 ◆ ◆ ◆







 ――まさか仲間を増やしてくるとは。

 ラゼットがルーイットに対して抱いた感情は、ルーイット――というよりもオルトリの、と言うべきだが――の考え通り、ただの生意気な新人といったものであった。


 ルーイットの見た目は、まだ十代後半のエクアとそう変わりがあるようには見えない。実年齢に比べれば若く見えるというのが、腕っ節で生きる冒険者社会では侮られる要素となる短所だ。

 しかし今、こうして新入りのフリをしているルーイットは、年齢相応の見た目を有するラゼットにとっては、むしろその逆の印象――実年齢に対して幾分か大人に見えるという、ルーイットにとっては非常に不本意な結果ではあるが、オルトリの作戦は見事に成功したのである。


 ともあれ、ラゼットにとって、今日はと言えた。

 先日シャーロットと話した際に口にした少女とは、まさにエクアの事だ。表立って攫ってしまうような真似ができない以上、こうして自分から町の外へと出てきてくれる機会を待っていたのだ。

 であったのは予想外だが、所詮相手は駆け出しの冒険者。ラゼットにとってみれば、もしも実力行使を必要とされたところで、赤子の手を捻るのとそう大差はない。

 森の中を進む最中も、ラゼットは何度かルーイットという異物を盗み見ていたが、それでもやはり新入りといった印象は変わらなかった。

 いくら町から近いとは言え、ここは魔物の領域。魔物が何処から現れるかも分からない以上、完全に肩の力を抜いて歩くなど、魔物の危険性すら判らない素人のそれだ。ルーイットは先程から何度も眠たげに欠伸をしてみたり、キョロキョロと周りの様子を見てみたりと、まさに素人らしい動きをしている。


 ――冒険者ギルドの回し者の可能性もあったが、考えすぎか……。

 つい先日、それなりの腕を持った冒険者が自分達を尾行していた以上、ラゼットとて最初から正直にルーイットを信じるつもりはなかったのだが、見た目と行動からして、どう見ても素人の振る舞いを続けているルーイットを危険視するよりも、エクアといういかにも高額な商品が手中に転がってきた状況への幸運を喜ぶ気持ちの方が強かった。


 冒険者としてまだ駆け出しの者にとっては、些か早いペースで森の中を歩き続け、方向感覚を失わせるかのように右へ左へと曲がり、ようやく目的地となっている川へと到着した。


「はうぅ……、と、遠いですね……」

「あー、まだつかねーのかよ……」

「ははは、まだまだ目的地まではあるからね。予定通り、ここで休憩して朝食にしよう」


 ラゼットの目論見通り、二人はすっかり疲れきった様子で座り込んだ。

 徐々にペースを上げて歩き続けることで、二人の体力を奪う。その仕掛けはどうやら成功したようで、ラゼットはいつも通りに腰から提げた水筒を、ルーイットに投げて渡した。


「体力回復用のポーションが混ざってる水だよ。そっちの川の水を飲むよりはよっぽど楽になる」

「へぇ、サンキュ。エクア、先に飲めよ」

「あっ、ありがとうございます!」


 エクアが一切の疑いも見せようともせずに水筒に口をつけて水を飲み、ルーイットに渡す前に飲み口を手拭いで拭ってから手渡した。顔を赤くしているエクアの恥ずかしそうな姿は、まだまだウブな少女そのものであった。

 一方でルーイットは気にした様子もなく受け取った水筒を口につけ、水を飲んだ。


「……あぅぅっ」

「……? どうした?」

「な、なんでもないです……!」


 一切気にした様子もなく返答するルーイットに、自分だけが気にしているようでなんとなく悔しい気分になったのか、エクアが若干頬を膨らませながらそっぽを向いた。


 そんな二人の様子を見ながら、ラゼットは小さくほくそ笑んだ。



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