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  • Twitterでこの手の表現が急増したのは、ダルビッシュ有氏の『僕が言いたいのは「永遠」』からかもしれません。
    https://twitter.com/faridyu/status/26916940671

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    ダルビッシュ選手は有名人だけに「元凶」扱いされてしまっているようですが、
    web上だけに限定しても、2000年代初期には既にこの手の間違いをよく見かける、という記事が見受けられますので、恐らくはそれよりも更に以前から存在していたようです(ダルビッシュ選手のツイートは2010年)。

    「人力検索はてな」では、2007年の質問記事に以下のようなものも見つかりました。
    http://q.hatena.ne.jp/1194050750


    ある日を境に急増したというよりは、段々と増えてきた「誤用」なのかもしれません。

  • 恣意的——割とよく使う言葉で菅「意図的」という感じはなかったので、ちょっと驚きました。なるほど。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    この記事を書くにあたって、色々な方の「恣意的」を含む文章を拝見したのですが、人によって「軸」になっている意味合いが微妙異なるのが印象的でした。
    私も以前は「意図的」に近いニュアンスをあまり意識していませんでしたが、確かに文章の流れ上、「恣意的」を「意図的」に言い換えてもあまり意味が変わらない場合もあり、驚かされた覚えがあります。

    とは言え、例えば「恣意的な判断基準」を「意図的な判断基準」と言い換えてしまうと、少々意味不明な日本語になってしまうし、意味も全く変わってきますので、「被る部分もあるがイコールではない」というのがミソなのでしょうね。

  • 自由という言葉、現代でも新自由主義とか嫌な言葉があります。
    しかも、自由の国と言われるアメリカは凶悪犯罪が多く、悪い事を肯定化する行為が目立ちます。

    フランスもシャルリエブドの件で表現の自由を悪用した事件も起きたし、自由という言葉に警戒する必要があるように感じます。
    電力自由化やガス自由化など。

    自由という言葉が曖昧な意味を持っているから余計にそう思います。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    (西洋における)自由という言葉は本来、理性的なものだった思うのですが、不思議な事にむしろ日本古来の悪い意味合いでの「自由」に近い状況を指すことが多くなっているような印象を受けますね。
    「自由の死」というのは、もしかすると自由が制限されることではなく、自由が腐る事なのかもしれませんね……。

    「自由」という言葉を使う場合には、そこにこめる意味を明示しなければいけない世の中になってきたのかもしれません。

  • ロシア語をやっていますがロシア語もやはり語尾で女性、男性、中性を分けるようです。
    ロシア語は格変化が多くて難しいが慣れてくると分かりやすくて助かります。
    自身はロシア語をやっているせいか英語の部分をロシア語か日本語に翻訳しているから自分でも誤用が多いと知りつつも直さないといけないと感じました。
    英語だと格変化が殆どなく重複言葉や複合言語が多くて好きになれなません。
    安易に英語を使うと日本語、ロシア語、中国語も誤用が多くなるように思います。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    ロシア語は、苗字も女性・男性で変化する場合がある、と聞いた事がありますが、格変化自体が多いのですね。

    私の場合、スペイン語をほんの少しだけかじっていますが、日本語とスペン語間では共有できる表現が、英語では失われてしまう、というケースには確かに覚えがあります。

  • 辞表の使い方……初めて知りました。そうだったんですね。勉強になります。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    本文には書きませんでしたが、多くの創作作品では、「あえて」辞表という表現を使っているものも多い印象があります。

    「部長に退職届を叩きつけた」よりも、
    「部長に辞職を叩きつけた」の方が、そこはかとなくかっこいい印象が(笑)。

  • 適当もいい加減もふさわしいの意味が本来かと思うのですが、じゃあ、いわゆるテキトーやイーカゲンに当たるいい加減な語があるかというと、ぱっと出てこなくて独り悶々としたことを思い出しました。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    悪い意味の方の適当といい加減は、類義語はあってもそのまま言い換えられる言葉というのが、実はパッと浮かびませんよね。
    だからこそ、よく使われる言葉なのでしょうね。


  • 私の場合、きちんと自分の意思で先を見据えてからの行動に「徐に」がつく場合が多い気がします。実際速度より優先する感覚としてですね。「闇雲に」と対になるイメージですが、あくまで私の場合です。

    「やおら」は使ったこともないし、聞いたことも読んだこともないのでおそらく大分死語でしょうかね。


    言葉って面白くてほんとハマります。素敵な沼をありがとうございます。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    「徐に」は元々は「ゆっくり」という意味の言葉から始まって、「落ち着いて」というニュアンスが付加された経緯があるようですね。
    「落ち着いて」というのは「思慮深く」とも近い意味ですし、「慌てて」の対義語とも言えるので、「闇雲に」と対のイメージ、というのは言い得て妙に感じます。

    やおらは、古典にも出てくるような古い言葉(本来的には「静かに、そっと」)ですので、書き手がどういった物を今までに読んできたかで、出現率が変わってくる印象です。
    私自身も殆ど使いませんが、好きな作家さんの中にはやたらと使いたがる方もいらっしゃいます。

    言葉の選び方というのも、作家としての個性に関わる部分なので、これも一つの「沼」かもしれませんね。

  • 文章を書くとき、『ナルシスト』と書くべきか、『ナルシシスト』と書くべきか迷ってしまいます。正確には『ナルシシスト』なんでしょうが、むしろこう書いたほうが間違っている。もしくはイキっている(いったそばから方言表記ですいません)ような感じがします。一応現在は『ナルシスト』と書いて使っています。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    ナルシシストについては、私も入れるかどうか悩んだ単語です(16/9/23近況ノートを参照)。

    実際の使用率ではナルシストの方が高く、辞書でもナルシシストの語釈の中でナルシストにも触れている物が多いので、取り扱いは微妙になるなぁ、と。

    私は、会話の上ではナルシスト、ある程度お堅い文章ではナルシシストと区別して書くようにしています。
    小説等で考えると、地の文やインテリな登場人物の台詞ではナルシシスト表記にする、とかでしょうか?

  • このセクションの話でいうと……

    修業/修行
    予言/預言
    追求/追及/追究

    あたりの使い分けで迷っている方が
    しばしばいらっしゃるようで。

    作者からの返信

    原義にあたれば迷わないのでしょうが、PCやスマホで漫然と文章を打っていると、ふと「あれ、どっちだっけ?」となってしまいがちですね。
    修業に関しては、「宗教者のように必死な気持ちで」というニュアンスであえて「修行」を使っている方も多いのでしょうが、修業の方を知らない方が見ればそのまま誤解も定着するでしょうね(私もよく修行の方を使います)。

    予言と預言も、預言は宗教用語なのでそちらに多少の知識があれば判別は付きますが、案外と知らない方もいらっしゃるようで。まあ、こちらは字面で判断も付きそうですが。

    追求/追及/追究に関しても、それぞれ「求める」「及ぶ」「究める」という言葉の意味を考えれば、自ずと使い分け出来そうですが、「追及」については字面だけだと「追いつく」しか読み取れない可能性もあり、悩む方はいそうですね。

  • 完全に「〈的を射る〉が正しい! 〈的を得る〉は誤用!」って決め付けてしまっていました!
    深いですね......。深くて底が見えないです。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    言葉というものには、こういった「正しくはないが間違ってもいない」表現がたくさんあって、本当に「底なし沼」な世界なのだな、と実感します。もちろん、だからこそ楽しいし奥が深いのですが。