街灯の下のヒーロー 2/5 ~ファミレスで事前調べ~

 朝、詩織は駅の改札前に立っていた。お祭りがあるせいか人がいつもより多い。スマホ片手に啓一からの電話を待っていると、ホームに続く登り階段から、ゲラゲラと大きな笑い声が聞こえてきた。

 降りてきたのは茶髪や金髪、メッシュに派手なピアスというような、不良のお手本のような一群だ。男女入り混じっており、女の子は学生服を着ている。どうやら高校生のようだが、啓一の姿は見当たらない。詩織は少ほっとした。

 約束の時間を十分ほど過ぎた頃、やっと啓一から電話がかかってきた。

「もしもし啓ちゃん? 今どこ?」

「『啓ちゃん』って呼ぶんじゃねーよ! 今ホームに降りたよ。南? 北?」

 声を聴くのも数年ぶりだ。以前よりだいぶ低い声になっている。

「南口。改札出てすぐ正面にいるから」

 すぐに啓一が改札からやってきた。おったてた茶髪に派手なピアス、胸元が見えるくらいまで開いているワイシャツに、ずり落ちそうなほどの腰パン。どこの誰がどうひいき目に見ても、ヤンキーだ。最後に会った時より一回りも二回りも大きくなっている。身長は百八十以上あるかもしれない。

 詩織は啓一を見上げながらしみじみと言った。

「啓ちゃん、大きくなったね」

「『啓ちゃん』って呼ぶなっつってんだよ! 詩織のアパート行くんだろ? さっさと行こうよ」

「うん。一緒にお祭り行く友達も紹介するから」

「えぇ……だる……」



                  *



 啓一は詩織の後をかったるそうについてくる。詩織の「高校の先生どんな?」とか「彼女いるの?」とかいった質問に啓一は面倒くさそうに「馬鹿」とか「いない」とか一言で答えていた。

 アパートにつくと、庭で悠と亮太が待っていた。

「友達ってあいつら?」

「そうだけどさ『あいつら』とか言わないで」

 詩織がそういった瞬間、啓一は小さく舌打ちした。いくら仲良しの親戚とはいえ、体の大きいヤンキーに舌打ちを投げつけられるのは怖い。詩織はその瞬間に完全に委縮してしまった。


 悠が二人に手を振った。

「こんちはー。はじめまして」

「あ、どうも」

 自然に挨拶してきた悠に啓一は小声で返事をし、傍らにいる亮太をちらりと見た。

 一瞥された亮太の方は手に汗握るほど怖かったが、悠が啓一を特に警戒していないようなので、悠のそばにいる事で何とか持ちこたえていた。でももしこっちを襲ってきたらどうしよう……。

「この子が私の隣に住んでる木村悠。で、隣にいるこの子はりょうたって言うの」

「この人の子?」

 詩織にボソッと聞いた啓一に、悠が笑いながら突っ込んだ。

「違うよ! 預かってるだけ。君が啓一君だよね?」

「あ、はい」

 啓一が悠に抑え込まれているというか、後れを取っているように見える。詩織にはなぜそうなっているのかは分からなかったが、ひとまず初対面の時間を穏便に運ぶ事ができて一安心だ。

「啓一君。せっかくだし、お昼私達と一緒に食べに行こうよ」

「えっ、何でっすか?」

 自分から誘ってきた悠に啓一は戸惑いながら、亮太にもう一度目をやった。目元の表情や細かなしぐさに、啓一と食べに行く事を心底嫌がっている事が表れている。

 悠はその二人の様子をしっかり見ていた。

「俺、祭りのために来ただけなんで……」

 悠は啓一の答えが分かっていたかのようにすぐに切り返した。

「だったら他に予定無いでしょ? なら、なおさらいいじゃん。暇つぶしにさ。おごるから」



                  *



 啓一を言いくるめた悠と詩織と亮太の四人は、ゆっくりしゃべれるようにファミレスにやってきた。やっぱりお祭りがあるだけあって、ほとんど満員の大賑わいだ。


 席につくとまず詩織はメニューを机の端から引き抜いて「はい」と啓一に手渡した。啓一は黙ってそれを受け取ると、パラパラと見てすぐに詩織に投げるように返した。

「え、もういいの?」

「ああ」

 残りの三人があーだこーだ言いながらメニューを決め、店員さんを呼んだ。だが、混んでいるだけあってなかなか来ない。

「来ないね……。ねえ、啓ちゃん何頼むの?」

 啓一は再び即座に舌打ちをした。

「うるせぇな」

 詩織は黙ってテーブルの上に乗せている手をさすった。もう啓一にどんな言葉をかければいいのか分からない。

 店員さんがやっと来て「ご注文をお伺い致します」と言った瞬間、啓一はこう言った。

「ビール」

「え、啓ちゃんダメダメ! 未成年でしょ?!」

 反射的に詩織がそう止めた瞬間、啓一は今までで一番きつい舌打ちをすると、首を掻いていた手を「バン」と乱暴にテーブルに降ろした。


 向かいでそれを見ていた悠は、小さく震えた詩織と啓一がその瞬間微かに動かした視線で、今の二人の感情を感じ取っていた。このままではまずい。

「啓一君、ドリンクバーにしときな。詩織と私も、あ、りょうたもそうしよう」

 ドリンクバーを取りに行こうとする悠と詩織を亮太は泣きそうな顔で引き止めたが、悠は「後で啓一君と行きな」と言って置いて行った。怖いだろうが、少しのしんぼう。


「ねえ詩織、舌打ちされてビビってるでしょ」

 ドリンクバーの所までやってくると、悠がたずねた。

「ん……うん……」

「大丈夫。あの舌打ちは詩織を攻撃しようとしてるんじゃないよ。ちょっとイラついてるだけ。癖になってて、思わずやっちゃうんだよ。啓一君、りょうたの様子をたまにうかがってるけど、そのタイミング見る限り、別にワルじゃないと思うよ。怖いだろうけど、次舌打ちされた時、啓一君に笑って見せてごらん」

「うん……分かった」


 ドリンクバーの後、サラダバーを回った二人が席に戻ってくると、なんと亮太が啓一に紙ヒコーキの折り方を教えていた。つい二分ほど前までは啓一の事をあんなに怖がっていたのに。

「え? どこ折るって?」

「こっちのここ。これをそっちにこう」

 指示語ばっかりだ。啓一は亮太の手元を凝視しながら説明を聞いた後、折り始めた。

「……こうだっけ?」

「うん、そう。その後そこをこっちにして、ここからこう。そっちもこっち側にこう」

 指示語ばっかり。

「こうか……ん? ちげーな」

「そっちじゃなくて、こっちからこうして、これをここで押さえて、その後こっちをそれと合うようにこう。それで、こう」

 指示語ばっっかり。

「啓ちゃん、りょうたに紙ヒコーキ教えてもらってるの?」

 詩織が席に着きながらそう言うと、啓一はまた小さく舌打ちした。

「『啓ちゃん』って呼ぶなっつってんだよ!」

 今だ。詩織は恐怖をおさえてにっこり笑いかけた。それを見た啓一はすぐに視線を悠の方へ移した。

「悠さん、亮太すごいっすね。俺、紙ヒコーキ教えてやろうとしたら……」

「そうでしょ。この子、これに関しては小学生レベルじゃないから」

「いやマジで思いますよ。俺が作って見せたら『こっちの方がいい』とか言って、すげーレベル高いの作り出して。うわ俺恥ずかし! みたいな」

「啓ちゃん、昔から年下には優しかったもんね」

 啓一はまた舌打ちした。詩織がそれに再び笑顔で応えると、啓一も再び視線をそらせて、亮太を連れてさっさとドリンクバーを取りに行ってしまった。

 啓一の様子は何だか気まずそうというか、恥ずかしそうというか。詩織は少しずつ恐怖が和らいできた。


 料理が出てくると、せきを切ったように悠がどんどん啓一に話しかけ始めた。詩織より話し方が上手で、やり取りがすぐ終わってしまわないように次々に話を広げていく。さすが毎日定食屋でお客の話し相手をしているだけの事はある。

「啓一君、普段何人でいるの?」

「は? どゆ事っすか?」

「休み時間、教室で一人の子とかもいるし、二人だけの子もいるもんじゃん。啓一君、友達多そうに見えるけど?」

「まあ、四、五人っすかね」

「へえ。同じクラスの子? みんな男なの?」

「みんな男。クラスはバラバラっすけど」

「休み時間になるとその子達と集まるんだ」

「授業中でも集まってますよ。教室じゃねーけど」

「どこ? 女子トイレ?」

「ハァ?! 何でだよ! 階段とか空き教室とか……暑い日にはコンビニ行ってます」

「へえ、普通だね。私のクラスにはいたよ? 女子トイレに張り付いてる男子」

「キモ! 張り付いてるとか!」

「彼女出てくるの待ってるんだとか言ってたけど、他に目的あったんじゃないかな……盗撮とか! 啓一君、やった事ある?」

「ねえよそんなの!」

「じゃあそういうの見たことは?」

「なんもねぇっつってんだよ!」

 徐々に啓一の口数が多くなってきている。それに表情も砕けてきた。ひょっとしたら、食事中に悠が何か手がかりをつかんでくれるかもしれない。自分が余計な事をするより、悠に任せておいた方がいい。そう判断した詩織は、聞きに徹していた。

 ところが、そんな詩織の期待とは裏腹に、悠が結局食事中にしたのは、他愛ない世間話だけだった。



                  *



「悠さん、歳いくつ?」

 帰り道に啓一がたずねた。

「ん? 二十歳」

「えマジっすか? 俺と三つしか違わねーの?」

「あはは。嘘。ホントは二十五」

「嘘かよ! しかも嘘かホントか微妙に分かりづらいっすよ?!」

「ホントは二十歳だよ?」

「いや、それは嘘っしょ」

「何で分かっちゃうんだよ!」

「いや悠、そりゃ分かるでしょ。だってさ、隣にいる私が二十歳なんだよ?」

「ちょっとやめて! 『見比べれば分かる』とかやめて!」

 啓一もすっかり悠と亮太に慣れて、自分から話を始めるようになり、詩織も会話に入っていけるようになってきた。事態は特に進展していないが、悠の様子を見ると全く焦っていない。心配ないという事だろうか。


 アパートに帰ってくると、もうお祭りが始まる十分前になっていた。ファミレスから直接神社に向かう事も可能だが、亮太は前々からお気に入りの甚兵衛を着てお祭りに行くのを楽しみにしていた。

 詩織と啓一はアパートの庭で亮太と悠の準備を待つ事になった。

「ねえ啓ちゃん、悠いい子でしょ? りょうたも」

「ん? うん」

「啓ちゃん、悠に惚れちゃったでしょ?」

 この質問をされた瞬間、啓一は小さく舌打ちした。詩織の思った通りだ。何だか、もはや怖いどころか、可愛いし面白い。もっと舌打ちさせたくなってきた。

「別に惚れてねーよ!」

「でも美人でしょ?」

「……まあね」

「彼氏いないんだよ」

「だから?」

「どうする? 浴衣着て出てきたら!」

「どうもしねーよ!」

 そうしておしゃべりしている間に、悠と亮太が部屋から出てきた。亮太は甚兵衛に着替えているが、悠は首にタオルを掛けただけでさっきと同じ服だ。

「あー浴衣じゃなかった! がっかりだね啓ちゃん」

「別にがっかりしてねーよ」

 悠と亮太が庭に下りてきた。詩織は啓一の表情をチラチラ見ながらどんな気持ちか想像していた。きっと本当は少しがっかりしているだろう。

「おまたせー。どう? りょうたの甚兵衛」

「かっこいいよー。ね、啓ちゃん」

「ああ。いいじゃん亮太!」

 亮太は照れて脇の下をかいた。だが詩織にとって今は亮太より啓一だ。嬉しそうな亮太に一度笑いかけると、すぐに啓一の話を始めた。

「あのさ、悠が浴衣着てくるかもって啓ちゃんと話してたんだよ」

「私浴衣なんか持ってないよ」

「あー持ってないって! 啓ちゃん、私は部屋に浴衣あるんだけどさ、悠に頼んでそれ着てもらう?」

 啓一はまた小さく舌打ちした。

「っせぇな! いいよんな事しなくて!」

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