8話 刻の桜(2)

——夜谷さんが『刻の桜』を知るきっかけになったことはなんだったのだろうか、夜谷さんからすれば今となってはどうでもいいのかもしれないが、何か手がかりが掴めるかもしれない……

 志音は夜谷に訊ねた。

「夜谷さん、その、『刻の桜』を知るきっかけって何だったの?」

 夜谷は少しだけ考え、こう答えた。

「……あれはあたしが家出して初めてここに来た時のことだった。そこであたしは1人の男の人と出会った。男の人は昔話をしてくれたんだけど、前まで読み聞かされていた話と少し異なっていたんだ。男の人の話ではおじいさんは時間を元に戻したら死んでしまったんだよ。そして、あの桜の木が言ったんだ。昔話に出てくる桜の木で、今でもおじいさんを待ち続けているって」

「昔話の内容が書き換えられて伝えられていることは少なくない。本当は怖い内容だったりもする。その話の本当の内容はどうなんだろう、解明してどうする? 知ったところで何のためになる? って言う人だっているだろうけど、私は違う、夜谷さんが1人で危険な道を行くと言うのなら、私は夜谷さんと一緒について行く。1人では危険でも、2人なら多少は危険性も低くなるでしょ? それが私が友達として夜谷さんに出来ることだよ」

「……馬鹿じゃないの? 普通はそんな道を選んだら友達は引き戻すものでしょ」

夜谷は呆れたような顔をしている。

 面白そうな顔をして真昼が言う。

「なんか面白そうじゃないか、私も一緒について行くよ」

 続けて面倒そうな顔をしながら栄川はこう言った。

「私は危険なことはしたくないから、みんなの無事を祈るとするよ」

「じゃあ、今度はあの桜の木まで行こうか」

「また今度ね」

「さてと、ここを降りるとしよう」

 行きに通った道を引き返す。随分と時間が経っていたようだ、山の中は通った時よりも一層冷え込んでいた。


 山から出てきて商店街まで戻って来たら夕方になっていた。少し歩いたところで志音は桜の木がある山のほうをじっと見つめたが、山から桜の姿は見えなかった。木々が覆って桜の存在を隠しているようにも思える。

 皆がいる方向に振り返った時、山の方に男性の人影が通って行ったような気がした。

——気のせいか……?

「何ぼーっとしてるのさ? 早くこないとおいてくぞー」

真昼が少し離れた場所から志音を呼んでいる。それに気づいた志音は走って追いつく。

「道中でぼーっとするなんて珍しいじゃん、なんかあった?」

「いや、何でもないよ」

「そう、ならいいんだけどさ、あの山に忘れ物でもしたのかと思ったよ」


——あの人影、何処かで見たような気がする……

 志音は人影に疑問を抱いたまま、家に帰って行った。


 夜、庭で煙草を吸っていた蓮に訊ねる。

「ねえ、お父さん、この町に伝わる昔話について、何かわかる?」

 蓮は口から煙をはいてから怪訝そうな顔をしながら話す。

「はぁ……誰からそんな話を聞いたんだか分からんが、所詮は昔話だろうが。お前は俺に何を求めている?」

「いや、何か知っているんじゃないか気になっただけ」

「そうか、あんな話、別にガキンチョが知るような内容じゃあねえよ」

「何か隠してるでしょ? お願い、教えてくれないかな?」

 蓮は吸っていた煙草をへし折った。

「……どこまで聞いた? 俺だってそこまで詳しくは知らねえけど、多少は教えられるかもしれねえが、その前に、なんであの話を知りたいのか教えろ。しかし、シラを切るなら俺はお前に教えない」

蓮はそう言うと再び煙草を吸い始めた。

——榧野先生はお父さんの知り合いだから学校関連だとすぐにバレるだろうし、どうするか——

 志音はどう言い訳をするか考える。

——許して、お父さん。友達のためなの——。

「……いやぁ、図書館で見つけたもんでさ、なんか気になったんだよね。『刻の桜』のこと。本当は存在、するんでしょ?」

「……あの時計のことか、この間、宮代みやしろが言ったことだが、あれは絶対に入手しようなんか考えるんじゃあねえぞ。あれはただの時計じゃあねえ、それは知ってるな? あれは、記憶を保持した所持者が同じ時間を過ごして未来を変えることが可能になると同時に、簡単に因果律が破られる。要するに、とんでもねえシロモノってわけだ。俺からすればなんでそんなモノを破壊しないで残しているのかが考えられねえけどな。忠告しておく、あれにお前らみたいなガキが迂闊に手を出すな」

——もしかして、最初からバレていたのか?

「なんだ、その鳩が豆鉄砲を食ったような顔は? お前の嘘に俺が気づかない訳ねえだろ? お前の友達が危険なことをしようとしたら、ちゃんとお前が止めてやれよ?」

 志音には蓮がいつもより頼もしく見えた。

「わかったよ、お父さん」

 吹いてきた夜風はとても気持ちが良い風で、志音の気持ちを安らがせた。

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