6話 桜の木

 花見に行く約束をした当日になり、志音は少しだけ早く集合場所であるスーパーに到着し、待ち合わせをした休憩スペースに向かうと、夜谷が1人、先に来て待っていた。

「おはよう、夜谷さん。来るの早いね、何分前に来たの?」

と志音が訊くと夜谷は腕時計で時間を確認する。

「今から15分前にはここに着いていたかな」

「流石に15分前は早すぎじゃない? でも、余裕をもって行動できたほうが気持ちも楽だよね」

 志音と夜谷は2人を待ちながら話をし続けていたら、真昼がやって来た。

「あれ、おはよう。2人とも早いね、後はなるを待つだけだね」

と言うと真昼の背後から栄川の声が聞こえてくる。

「やっぱり一番遅いのは真昼だったみたいね」

 栄川は買い物を済ませていたようでレジ袋を持っている。

「なんだよ、もう弁当買っちゃったの?」

「いや、私と夜谷さんはまだ買ってないよ」

「みんなで一緒に買おうと思ってたんだけど……」

「それなら大丈夫、私もみんなで食べようと思ってお寿司を買ったんだ」

「流石、準備がいいね。それじゃあ、私達は飲み物を買ってくるよ。お寿司代、後で払うね」

 今度は栄川が休憩して、3人で飲み物を選びに行き、買う飲み物が決まり、レジに向かおうとしていたところ、前から坊主頭の男子が真昼に声をかけてきた。

「おっ、真昼じゃん、久しぶりだな、中学校以来か?」

「誰かと思えば、砂鉄か、お前は相変わらず元気そうだな」

「まるで俺がいつも元気みたいな言い方だな」

「そうだよ、それがどうした? それに私、これでも先輩だぞ、タメ口はないだろう?」

真昼は悪戯に笑みを浮かべている。

「それくらい別にいいだろ、先輩後輩以前に子供の頃からの仲なんだから」

——こりゃあなかなか話が終わらないパターンだな、真昼を置いて先にレジ行くかな……

 2人の会話は盛り上がっているため、志音と夜谷は先にレジで会計を済ませることにした。


 会計が済み、栄川と合流して真昼を待つ。

「真昼があの性格になったのは小学校の途中からでね、それまでは大人しくかったんだよ。きっと、小学校で男子と遊ぶ機会が多くなったから今の真昼があるんだろうね」

「私も小学校の頃は男子とも遊んでたけど中学校卒業以降は関わりすらなくなったな」

「やっぱり男女の関係ってそんなもんなのかね、夜谷さんはどうだったの?」

「……小さい頃のことは殆ど覚えてない」

——夜谷さんにとって答え辛い内容だろうし、仕方ないだろうね。

「そっか、覚えてないか。私もぼんやりとしか覚えてないけどね」

栄川は何かを察知したようでフォローを入れた。

 それから、真昼が戻るまで気まずい空気が漂っていた。

「いやぁ、ごめんごめん、旧友と久しぶりに会ったもんで話に花を咲かしちゃったよ」

「真昼も来たことだし、早く行こう」

栄川がそう言うとスーパーを後にして目的地に向かって行く。

「そういえば、どの辺りに行くの?」

「この通りをずっと行って交差点で曲がる」

——この通りをずっと行った交差点って昨日真夜先輩と会った場所だ。先輩はそこを知っているのか? それともただ商店街に用があっただけなのか……? いや、そう深く考えすぎるな私。

「交差点の曲がった先は商店街だったはずだけど、この道で合ってるの?」

「安心して、合ってるから」

交差点を曲がり、商店街に入る。

「ほら、今見えているあの先が目的地だよ」

——ほらって言われても先に見えるの小さな山なんだけど……

 ただ言われるがままに着いて行って山の前に着いた。

「確かにここに道は無いね……」

志音は苦笑いをしている。

「でも、言うほど危険じゃあないでしょ? まあ、ゼロとは言えないけども……」

「いやぁ、これでも十分危険だと思うけど?」

 3人は躊躇ためらう志音を気にせず山の中に入って行く。

——なんでみんな危険だと思わないんだろう……

 志音も仕方なくついて行く。小さな山の中へ入って行くと道らしい道は無く、人が通った形跡は殆どなく、山を進むにつれて土や泥がスニーカーを躊躇なく汚していく。

 草木に覆われた道無き道を進むと少ししたら草原に出た。草原は他より少し高く、町が一望できる。草原に流れる風は澄みきっていて、そのうえ冷たいため、志音の火照った体を冷やす。

——こうして町を一望してみると、田んぼや畑とかが多くて自然豊かな町だと実感するな。近くに工場もないから空気も美味しい。ここに来て実感できることだってあるんだな。

「ここ、いい場所でしょう? あたし、ここ、あたしのお気に入りの場所なんだ」

 夜谷はいつもより生き生きとしている。

「ねえ、花見って言ってもあの桜以外無いよ?」

真昼は不満そうな顔でそう言った。真昼が指差す方向には一本の桜がある。

 確かにここに桜はポツンとある一本の桜だけでここから町を見下ろせば桜並木が見えるだけだ。

「これでは物足りないって顔だね。でも、一本の桜でも桜並木とは別の風情ふぜいがあるでしょう?」

「まぁ、風情はあると思うけどさ……なんかこう、想像してたのと違ったっていう気持ちが優先されちゃうんだよね……」

「じゃあ、あの山にある一本の桜の木があの桜の木だって言ったらどうかな?」

——あの桜の木ってなんだろう、私には至って普通の桜の木に見えるんだけど、何かあるのだろうか?

と思った志音は夜谷に訊ねた。

「……あの桜の木って何?」

「志音さんは知らないか、この町に伝わる昔話に出てくる桜の木、『ときの桜』とでも言っておこうかな」

「え、あれって存在しないんじゃなかったの?」

真昼が不思議そうに訊ねる。

「きっと存在を隠蔽いんぺいしないといけないなにかがあるのかもしれないね。例えば、本当に同じ日が繰り返されるとか……ね」

夜谷は悪戯に笑みを浮かべている。

——夜谷さんは何か知っているのだろうか、それともただ冗談で言っただけなのだろうか……私には理解し難い。

「夜谷さん、あの桜について何か知っているの? 知っているなら教えて欲しい」

栄川は夜谷にそう訊ねた。

「もしかして、栄川さん、何か考えてる? 例えば懐中時計とか……」

夜谷は栄川を何か怪しむように顔を覗き込みながらそう訊ねた。

「……いや、そんなことは考えていないよ。私はただ真実を知りたいだけ」

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