第22話 祝杯

「それでは、『LPSI復活』『LPSI2016大成功』を祝して乾杯したいと思います!」

「乾杯!」

「乾杯!!」

 “LPSI”2016の宴会部長、電報堂の宮田の一声で会場全体が祝賀ムードになり、事前に用意した会場の創作料理屋は乾杯ラッシュになった。

「本当に宮田さん、飲みの場になると人が変わるなぁ。さすが電報堂マン!」

 湯浅の言葉に一同一斉に爆笑した。

「宴会部長は俺達の世代と変わらないな、な、上ちゃん」

三友商事の丸山が上田にそう言うと「当たり前だ。宴会部長の座は誰にも譲らん!」と言ってまた会場は爆笑の渦に包まれた。

「いや、でもマジメな話、西内先生の講評を改めて伺いたいです。あれは表向きのものとして、実際どうでした? やっぱりヒヤヒヤもんでした?」

NEG社の山根が西内先生に話を振った。

「いやぁ、そりゃあもうヒヤヒヤの連続で……」

 西内は立ち上がりながら、「というのは冗談で、今日まで皆さん本当にご苦労様でした。皆さんの頑張りのおかげで”LPSI”はかつてない成功を収めることができました。今、”LPSI”と申しましたのは15年前の”LPSI”も含めての話です。あの当時もここにお集まりの皆さんが本業を持ちながら、何かに取りつかれたかのように必死で頑張って成果を出したのです。そういう先輩方がいたからこそ、今年度の”LPSI2016”の大成功があったんだと思います。誰か一人の成功ではなく、メンバー全体が一丸となること、その情熱が周囲に伝播し、本当に社会をよりよい方向に変革していくこと。私の教職人生でそんな経験をしてみたいという思いが15年前の私にはありました。それを私の教え子が立場を変え、実践してみせてくださったことが今とても誇らしいです。貴方達は私の誇るべき教え子であり、皆さん全員が”LPSI”の卒業生です。これからの人生、自信を持って社会課題の解決に取り組んでください。課題のあるところに解決策あり、出口のない課題はありません。幸い、皆さんは地頭のよい方々ばかりです。今回身に付けた方法論をベースにすれば大抵のことは解決できるはずです。ときに弧であれ、ときに群れよ。神成もまだ課題解決の端緒に付いたばかりです。これからも頑張っていきましょう!」と皆にエールを送った。

「飲みの場でも西内先生らしいお言葉だなぁ。でも今日は公開面談だけは勘弁してくださいね」

 三星自動車の松山が顔を赤らめながら言った。

「公開面談ですか、いいですね。では、皆さんの最近の困りごとをお尋ねしますかね」

「勘弁してくださいよ~」

「あはは、冗談です。でも冒頭のヒヤヒヤというのは本当なんですよ。今日という日を無事迎えられたのは奇跡的と言っても過言ではないでしょう。今だから言えますが、メンバーの皆さんが頑張っている最中いろんなことがありましたからね。ね、山崎さん」

「先生、まあその辺は終わり良ければすべてよし、ってことで」

 西内から話を振られた山崎だが、裏方の苦労話は置いておいて、ということで適当に言葉を濁した。

「山崎さん、何かあったんですか。聞きたい、聞きた~い」

 隣にいたCMO社の佐藤がしきりに山崎から話を聞き出そうとしたが、「じゃあ、また日を改めて」と誤魔化した。

「それにしても”LPSI”抜きの生活が明日から始まるなんて信じられないです。15年ぶりに復活させようとなさった先輩方の気持ちが分かります」と湯浅が心境を吐露した。

「本当に終わったんだよなぁ」

「俺、人生でこんなに頑張ったの初めてかもしれない」

 皆、口々に感嘆の言葉をもらしながら、お互いの健闘ぶりを称え合った。

「先輩達も『”LPSI”ロス』になっちゃうんじゃないですかぁ」

「まったくだなぁ。明日から何やろうかなぁ……」

 そう漏らした電報堂の上田に、「仕事っすよ、仕事。先輩、頼みますよ。私のデスクに今仕事が山積みなんですから、助っ人お願いしますよ」と宮田がすかさず言葉を続け、頭を掻く上田の姿に一同は再び爆笑の渦に包まれた。

 皆、その後はメンバー同士この9箇月の奮闘ぶりや、15年前の”LPSI”での逸話などに興じた。山崎はようやく皆で笑える瞬間が来たんだなぁと感慨に浸っていた。

 そんな中、一次会の〆となり、油断していた山崎が締めの挨拶を皆から促された。

「いやあの、ちょっと放心状態というか油断していて何も話すことを用意してないのですが……」

「山崎さんらしくないですよ!」

「おい、ザキ、しっかりしろ!」

 容赦ない叱咤があちこちから飛んできた。

「では取りとめもない話になりますが、『LPSI復活』を本気で意識したのは昨年の年初です。今この場にはいない米国在住の山本、通称『マサ』からの一通のメールがきっかけでした。彼と私は”LPSI”で夢を追い駆け続けてきた仲で、彼はその夢を実現し、今はシリコンバレーで人工知能関連のベンチャーを立ち上げています。私がプロジェクト期間中に”passion”だの、『情熱』だのと、事あるごとに繰り返していたのは彼からの受け売りです。今更ながらこの場で白状します。そして、多忙を極める中、『LPSI復活』に向けて一緒に汗をかいてくれた15年来の同志達に心より感謝しています。

 皆さんに私から伝えたいのはこの9箇月の経験を一過性のものとして捉えるのではなく、今後の人生に活きるものとしてほしいということです。私自身も”LPSI”が人生のターニングポイントだったと思っていますが、この”LPSI2016”はまた新たな人生のターニングポイントになりそうです。この9箇月がより実りあるものに、皆さんの人生を彩るものになるように、プロジェクト活動自体は今日を持って幕を閉じましたが、この先の人生において辛く苦しい時はこの9箇月間のことを、仲間の顔を、思い出して頑張っていきましょう。そして、もうひとつ。君達が新たな生命を吹き込んだ神成をこれからも支援していきましょう。神成を観光する人がいても、神成で農業する人があっても、神成を起業の地に選ぶ人がいてもよいと思います。皆さんにとって特別な地としてこれからも神成を愛し続けましょう。取りとめもない話に終始しましたが、私からは以上。〆は上ちゃん、いいよね」

 山崎から指名を受けた上田は「おし!」と言って巨体を揺らしながら立ち上がった。

「では、お手を拝借。”LPSI”メンバーの更なる活躍を祈念して関東一本締めで、よーお!」


「パン!!」という揃った音が会場に響き渡り、割れんばかりの拍手の中、”LPSI2016”慰労祝賀会が終了した。


 祝賀会場の創作料理屋を出た後、”LPSI”メンバーは三々五々分かれて二次会に足を運んだが、山崎は「皆どうもありがとう。今日はこの辺で!」と皆からの誘いを断り、西内と姿を消した。


「西内先生、本当にありがとうございました」

「山崎さんこそ、今回は本当によく頑張りました。貴方も今度こそ晴れて卒業ですよ」

「そう仰っていただき光栄です」

「いえいえ、今回私は随分楽をさせていただきました」

 二人はエンパイアホテルのラウンジバーで夜景を眺めながら、ブランデーを酌み交わした。

「先生とこうして二人で飲むのも随分久しぶりですね」

「”LPSI2016”の期間中はそれどころじゃありませんでしたからね。まるでモグラたたきのようにこっちを叩けばあちらが出てくるという感じで……」

「実はその件で一応ご確認とご相談がしたかったんです」

「なんです?」

「総務省、メディア関係の件はご対応ありがとうございました。特に総務省の件はご配慮ありがとうございました。今後のメディア対応は社の広報部に任せるとして、総務省のほうはいかがすればよろしいですか」

「総務省の大臣官房総括審議官には私のほうから明日にでも御礼を申しておきます。情報流通政策課から山崎さんに追って連絡があるでしょう。プロジェクト期間中にお世話になった件の御礼をしておいたほうが良いように思います。ただ、必要以上に接触するとまた良からぬ輩から変な勘繰りがあるかもしれません。自然体で臨むのがいいでしょう」

「確かに先生のおっしゃるとおりですね。そのように致します。ところで、現時点で私が掌握している外部勢力としては総務省とマスメディアの2種類程度ですが、他にも先生にはご迷惑がかかったのではないかと……」

西内はテーブルに一旦置いたグラスを再び持ちながら、「何かと思えばそんなことですか。貴方らしい気配りですね」と言って笑った。

「それじゃあ私が特に心配するようなことは……」

「ありましたよ」

 山崎は思わず西内の顔を食い入るように見つめた。

「なんですって!」

「でもまあいいじゃないですか。終わったことですから」

「いえ、そう仰いましても、いざ聞いてしまうと気になります。プログラムディレクターとして知っておく必要があるかと」

「貴方は相変わらず真面目な方ですね。あれほどのプロジェクトですから商売になると思った連中は足繁く通ってきます。所詮企業というものは大なり小なり営利を追求するものです。私としても行き掛り上、人間の汚い部分を見ることがあっても止むを得ないと思っています。例えば、共同研究と称して研究費という名目の裏金を提供する見返りに、私に取り入ろうとしてきた連中もいます。マスメディアにしても例の週刊誌以外にも取材要請はたくさんありました。でも本当に信じられる方以外のオファーは一切受け付けませんでした。山崎さん、いいですか。物事を本気で成し遂げたかったら、『誰と成功するか』を考えることですよ。迷ったらその相手と成功するイメージを頭の中で描いてみるんです。それが描けなければお互いにパートナーにはなり得ません。互いを利用するのではなく、互いに成功する。どちらか一方が欠けても成功しない。そういう相手を見極めるんです」

「私にとっての西内先生のような存在ですか」

「私にとっての山崎さんのような存在です」

 そう言って西内は満面の笑みで山崎を見つめた。

「しかし、今回は大成功でしたね」

「西内先生がプロジェクトを大成功などと評されるのを初めて見ましたよ」

「私は天の邪鬼ですからね、口先で褒めているときは何かあるときだと思って間違いないです。でも今日は正真正銘褒めています。」

「三友商事の湯浅くん、今回最終的に全体統括を務めた彼ですが、私の目から見て本当に素晴らしい人材です。ああいう人材がこれからの日本社会に必要だと思います」

「彼も貴方の”LPSI2016”での指導で大きく成長した中の一人ですね。最初は皆横一線でしたが」

「さすが西内先生、辛口ですね。湯浅くんですらまだ物足りないと?」

「そうではないんです。ただ、彼が最初の面談で語ったことを覚えていますか。『働き方改革』です。彼は全力投球で”LPSI2016”に臨んだでしょう。彼がもし本当に『働き方改革』を目指すなら別のアプローチもあったはずです。彼は”LPSI2016”参画当初のスタイルを最後まで貫きました。もし彼がまだ当初の自己課題を解決すべき課題として認識しているのであれば、彼はまだまだ変わる余地がありますね。彼もまだ道半ばです。もっとも、彼が挙げた課題は私も山崎さんも打破できていない難題です。私達は残された人生からしてこのスタイルを貫いてよいのかもしれませんが、彼の世代以降はゆとりあるワークライフスタイルに変えていく必要があるでしょうね。国際的に見てもこんなに働きづめの国は日本くらいです。我が国の国民全体が人として生まれてきた喜びを噛みしめられるような人生を送ることができるよう、社会構造や国民性を変革していくことが、これからの日本を支えていく彼らの世代には必要だと思います。彼の課題認識が本気のものであれば、私も残り少ない教職人生の中で彼の挑戦の手助けをしたいと思いますね」

 山崎は西内の耳が痛い指摘に聞き入っていた。富士開発の執行役員である自分自身にとっても『働き方改革』はひとつの大きな経営課題である。しかし、山崎自身が周囲に勧められるような働き方を実践できていない。また富士開発に務める社員の大半は業務負荷が高く、長時間労働を強いられているのが現状である。

「西内先生、『働き方改革』の答えが出たら私にもご教示くださいますか」

「そのときは湯浅プログラムディレクターが山崎さんに懇切丁寧に教えてくださると思いますよ」

 

 ーー湯浅は今頃クシャミでもしているだろうか。西内先生が誰か特定の人物にこれだけ関心を示すことは珍しい。おそらく西内先生も湯浅の今後に期待しているのだろう。湯浅とは会社も年齢も異なるが、再びまたどこかで何か一緒にプロジェクトをしたいと思わせる存在だった。そういう人材を発掘できたことも”LPSI2016”の大収穫だ。


 そんなことを思いながら、すっかり酔っ払った西内の姿を微笑ましく眺め、山崎は飲みかけのブランデーを一気に飲み干した。

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