9 ア・リーグには勝つな

 三月一日、マリンズは名古屋カーボーイズとオープン戦を行うため、沖縄のT市に移動した。名古屋カーボーイズは風花の天敵、豊田佐助監督が退任、四十五歳の日野通ひの・とおる外野手を引退させ、いきなり監督に指名した。そして驚くなかれ、マリンズを解雇された沖合洋志氏をゼネラルマネジャーとして登用して、秋には壮絶なリストラが行われた。さらに活発にトレード、新外国人の獲得がなされ、チーム内は大いに色めき立った。大改革を行ったチームはもう去年と別のチームとしか言いようのないほどの変化が見られた。


 そんなチームとの対戦を前に、三塁側控え室ではマリンズのミーティングが行われていた。

「ええと、最初に監督からお言葉があるだ」

 宗谷ヘッドコーチが口を開いた。

「おはようございます。風花です。去年、オープン戦の時にも言ったので覚えている人もいるとは思いますが、このオープン戦、ア・リーグのチームには勝っちゃダメ。以上」

 お約束通り、選手がずっこける。だが去年のように反発する選手はいない。

「またかよ」

「相手にも、もう知られているんじゃないの」

 という、嫌味な声が聞こえて来るだけだ。

「質問」

 元町が挙手した。

「引き分けはいいんですか?」

「いいよ。今年はもう一勝したから、勝率計算不能はないもんね。また今年も勝率十割でオープン戦優勝しちゃおうか」

 風花はおどけた。

「そんな、狙ってできるもんじゃないですよ」

 横須賀が口を尖らせた。

「今日先発の横須賀くん。アフロヘアーが相変わらず様になっているねえ」

「どうも」

「今日はサイン、君が出していいよ。好きなように投げてくれ。そしたら自然と負けるから」

 風花は横須賀にボディブローを効かせた。

「そんなこと言いますか。俺、0点に抑えちゃいますよ」

 横須賀は挑発に乗った。

「おう、できなかったら丸刈りな」

「じゃあできたら?」

「そうねえ、元町くんが丸刈りだ」

「いいっすよ。もともと俺、丸刈りだから」

 元町が帽子を脱いだ。

 みんなずっこけた。


 風花がグラウンドに出ると、カーボーイズが打撃練習を行っていた。ホームのゲージの後ろには日野新監督の姿が見える。宗谷コーチ並みの体格だ。風花は去年の豊田監督との確執もあったし、日野の体から湧き出るオーラに恐怖を感じて無視しようとした。すると、

「風花監督、監督」

と言って日野が自ら近づいてきた。

「や、やあ、これはこれは日野監督」

 かなりビビっている風花。

「今度、カーボーイズの監督になりました日野通です。よろしく」

 日野が風花に握手を求めてきた。とってもフレンドリーだ。

「こちらこそ、よろしくお願いします。現役中のプレーはよく見させていただきました」

 下手に出る風花。

「敬語はやめてくださいよ。監督歴では先輩なんだから」

「何言ってるんですか。名球会入りしているお人にタメ口なんか聞けません。それに年上だし」

「まあ、細かいことは言いっこなしで、今シーズン、正々堂々とやりましょうよ」

「お言葉に甘えて、胸をお借りします」

「それじゃあ、相撲だよ。わはははは。相撲だったら俺の勝ちですな」

「全く相手になりません」

 そう言って二人は別れた。風花は、

(日野は大雑把な野球をしそうだ。去年までの豊田監督の緻密な野球は消えて無くなるな)

と冷静に判断していた。


 午後十二時三十分。

 スターティングメンバーが発表される。


 先攻 横浜マリンズ


 一番 元町商司、背番号1。ショート。

 二番 富士公平、背番号3。セカンド。

 三番 アンカー、背番号4。サード。

 四番 トラファルガー、背番号44。センター。

 五番 台場八郎太、背番号25。レフト。

 六番 門脇将、背番号5。ファースト。

 七番 潜水勘太郎、背番号20。ライト。

 八番 氷柱卓郎、背番号22。キャッチャー。

 九番 鳴門真喜雄、背番号10。DH。

 ピッチャー、横須賀大介よこすか・だいすけ、背番号18


 後攻 名古屋カーボーイズ


 一番 本田四定ほんだ・してい、背番号1。セカンド。

 二番 千種忠明ちぐさ・ただあき、背番号7。センター。

 三番 ウィロー、背番号10。レフト。

 四番 コーチン、背番号4。ライト。

 五番 昴恭一すばる・きょういち、背番号8。ファースト。

 六番 大発松吉だいはつ・まつきち、背番号9。キャッチャー。

 七番 刈谷俊二かりや・しゅんじ、背番号19。DH。

 八番 碧南武志へきなん・たけし、背番号26。サード。

 九番 鶴舞兵庫つるま・ひょうご、背番号5。ショート。

 ピッチャー瑞穂育児みずほ・いくじ、背番号11。


 カーボーイズはエース、瑞穂の登場だ。一番元町、どう攻略する、とコーチのサインを覗こうとすると、

「今日はノーサインデーだ。好きに打ってくれ」

と風花がベンチで叫ぶ。

「ええっ?」

 と思って元町が反対側の一塁側ベンチをこっそり覗くと、日野監督が不快そうな顔をしていた。

(そりゃそうだよな。気分も悪くなるさ。舐められていると思うよな。ウチの監督はそういう、人の機微が分かっていないよ)

 そう思いながら打席に戻る、元町。

(じゃあ一丁、ホームランでも狙ってみますか)

 と結構お気楽な元町。瑞穂が第一球を投げた。ど真ん中のストレート。

「いただき!」

 元町、強振! しかし空振り。くるりんぱと一回転してひっくり返った。

「お前、ホームランバッターかよ〜!」

 スタンドから野次が飛ぶ。

(こりゃまた、恥をかいたぜ。やっぱ、単打狙いでコツコツ行こう)

 戦略変更する、元町。瑞穂、第二球。鋭く内角をえぐるカーブ。

「これぞ、好球というのだ!」

 元町、セーフティバント。一球目の空振りに騙された瑞穂は反応できず。元町一塁セーフ。二番富士につなぐ。

 ここで元町は「公平!」バッタボックスの富士を呼んでサインを出す。瑞穂第一球。富士、バントの構えだけ。ボール1。バントでくるのかエンドランをかけるのか、悩んだ瑞穂は執拗に一塁に牽制球を投げて様子を伺う。しかし、富士は表情を変えない。結局何も分からない。

「瑞穂、クイックだ」

 捕手の大発が支持する。第二球、元町スタート。だが瑞穂はクイックモーションで投げた。大発は強肩だ。盗塁できるか? と思った瞬間、富士は送りバントをした。ここでカーボーイズに凡プレーが出る。バントを処理しようとサードの碧南が前に出過ぎた。ショート鶴舞、サードのバックアップに行けない。元町は二塁を回って、悠々三塁を陥れた。

「碧南、鶴舞、何やっているんだ!」

 日野監督の喝が入る。1アウトランナー3塁。ここで三番アンカーが簡単にレフトに犠牲フライを放つ。0−1、マリンズ先制だ。だが、マリンズベンチに笑顔はない。

「これじゃあ、勝っちゃうだろう。元町、チームの方針わかっているだろう?」

 風花が元町を叱る。

「ああいうプレーは、公式戦にとっておけよ!」

「すいません」

「今日は横須賀くんが九回完封すると約束したんだ。これで今日はうちの勝ちだ。それともバリカン買ってくるかね、横須賀くん」

「九回完封なんて聞いていませんよ。せいぜい五回でしょ」

「それでもいいよ。あとのピッチャーが打たれればいいんだからね。丘田くん、バリカンの用意してきて」

 風花はマネージャーにして、クルリントの若手エリート社員の丘田真純くんに命令した。

(やべえ、監督本気マジだ)

 横須賀は冷や汗をかいた。

 結局この回は犠牲フライの1点に終わった。

 カーボーイズはなんと、初回から円陣を組んだ。チームキャプテンの本田が気合いを入れる。

「マリンズはこの試合遊んでいる。そんな奴らに負けてたまるか! 打って打って打ちまくれ!」

「おう!」


 カーボーイズ一番はその本田だ。数々の球団を渡り歩いたベテランだが、体の動きは今もって俊敏だ。その本田に、横須賀第一球。ストレート145キロ。

「早い。横須賀にしては」

 本田戸惑う。横須賀第二球、147キロのストレート。ストライク。カウント0−2。

「どうなってるんだ」

 本田は打席を外して考えた。昨年までの横須賀のストレートは140キロ行くか行かないかだった。それに多彩な変化球で仕留めるのが横須賀流だった。それが今日はMAXを超える速球。第三球には変化球を挟んでくると思うが。その後どう出るか。本田は第四球のことを考えていた。しかし、第三球。150キロのストレートが本田の内角にズバッと決まる。

「ストライクアウト!」

 球審の伊能の右腕が上がる。

(どうしちゃったんだ?)

 悩む、本田。まさか自慢のアフロヘアーが丸刈りの危機にあるので、後先考えず、力投しているとは思うまい。

 二番、千種もストレートで三振に取った。次は三番、ウィローである。この選手はヘッドコーチの御恩日産ごおん・ひうみが中南米から連れてきた選手である。キャンプで見る限り、大きいのはないが、安打製造機の予感がする。

 横須賀、第一球。またもストレート150キロ。

『カキーン』

 打球はレフト線を襲う。

「ファール」

 塁審が両手を挙げる。しかし、当てた。しかも際どいラインへ。横須賀サインを氷柱に見せる。うなずく氷柱。第二球。あっとでた時速80キロのカーブ。ウィローずっこけて打ってしまった。キャッチャーフライ、アウト。スリーアウトチェンジ。

「横須賀くん、先は長いよ。力の配分に注意しないとバリカンだよ。丘田くんがいいの買ってきてくれましたからね」

 風花は嫌味なアドバイスを送る。

「今日は限界まで力勝負です」

 横須賀は紅潮した顔で言った。


 二、三、四回はこう着状態になった。瑞穂、横須賀の好投で回は五回になった。マリンズの攻撃は七番、潜水から。瑞穂第一球を投げる。ボール。高めに浮いた。第二球は低めを意識しすぎてワンバウンド。カウント2−0。続く第三球。

「あー!」

 声が出る。腰にデッドボールだ。ノーアウトランナー一塁。八番は氷柱。何か仕掛けるか? と言ってもノーサインだから誰も仕掛けができない。そこで、強心臓でしゃばりの元町が手を叩いて両者の注目を得る。「サ、サ、サーノ、サ」とブロックサインを送る。うなずく潜水と氷柱。慌ててカーボーイズ側から御恩ヘッドコーチが出てくる。御恩は投手コーチも兼任している。御恩は、

「惑わされるな。元町のサインはフェイクだ。サインはきっと、宗谷が出している」

との見解を示した。 

「でも、今日はノーサインだって風花さん、言ってましたよ」

「それがフェイクなんだ。いくらオープン戦だと言ってもノーサインなんてありえない」

 御恩は風花の恐ろしさを知らない。彼は嘘をつかないのだ。ノーサインと言ったらノーサインなのだ。

 瑞穂、気をとりなおして第一球。ランナースタート。氷柱は来た球を強振。ライト前ヒット。ランナーは三塁へ。ノーアウト、一塁三塁。ここでバッターは九番、鳴門。ベテランだ。第一球、一塁ランナースタート。キャッチャー大発、投げられず。

 ノーアウト二、三塁。カウントは1−0。瑞穂と大発は一塁ベンチを見る。鳴門を敬遠するか? 勝負か? 日野監督のサインは勝負。第三球を投げる瑞穂。

『カキーン』

 鳴門レフト前ヒット。ランナー二人帰って、0−3。

「おい、鳴門さん、何やってんだよ。これじゃあ勝っちゃうよ」

 風花が大きい声で怒鳴った。それを聞いた日野監督は激怒し、

「おのれ、八百長やってんのか、コラ」

と三塁側ベンチに乗り込もうとして止められている。

「仕方ない。勝つか」

 風花は宗谷コーチの背中に隠れて言った。

 後続の元町、富士は抑えられてこの回2点で終了。0−3となった。あとは横須賀のバリカン問題である。

「俺はやる!」

 そう言って横須賀はベンチを出た。だが対戦相手は四番、コーチンだ。来日四年目。タイトルこそないがコンスタントに打っている。横須賀初球ストレートしかし、疲れが出たか142キロしか出ない。これを掬われた。

「わー」

 振り返る横須賀。ボールはあと十センチでホームランという当たり、ツーベースヒットだ。ノーアウトランナー二塁。五番は昴。ここでなんと送りバント。ワンアウトランナー三塁。犠牲フライで一点が入る。横須賀は、内、外野ともに前進守備にした。バッターは大発。初球、時速80キロのカーブ。これを待ってましたとばかり強振する大発。

「しまったあ!」

 マウンドに倒れこむ横須賀。しかし、打球は少し浅めのライトフライ。長身の潜水これをキャッチ。その瞬間、コーチン、タッチアップでスタート。元ピッチャーの潜水、本塁へダイレクトスロー。今年からのルール変更で、キャッチャーはブロックできない。追いタッチになる。判定は!

「アウト!」

「やったあ!」

 横須賀は潜水に抱きついた。

「俺の髪型が守れたあ」


「ちえっ、つまんないの」

 風花は心底残念がった。しかし、それはフェイクだった。今年の横須賀には五回までを全力で投げてもらい、第二先発に四回、もしくは三回投げてもらって大陸につなぐという法則を考えていた風花にとって横須賀の五回零封はたいへん喜ばしいことだった。


「さて、次に投げるのは?」

 風花が西東コーチに尋ねる。

「古井戸です」

 西東コーチが答える。

「脱落者が出そうですな」

 風花は笑った。


 試合は4×−3で、名古屋カーボーイズのサヨナラ勝ちに終わった。

 風花監督は自責点3の古井戸とサヨナラヒットを打たれた関門投手を小田原行きにした。

「オープン戦は少ない。一度でもミスすれば、次はない」

 と厳しい顔で言った。


 これで、沖縄でのオープン戦は終了。横浜に帰るわけだが、

「いいかい、丘田くん。この薬を飲んだら僕は急速に寝てしまうんだ。だから君は車椅子で僕を飛行機まで運ぶ。いいね」

 風花がなんどもマネージャーの丘田くんに言っている。そこへギャーギャー斎藤が来て、

「監督、私にもその薬、分けてください」

と頼んだ。

「しょうがないな。今回、出番が少なかったし、かわいそうだから一錠譲ってあげよう。丘田くん。車椅子、もう一台用意して」

 飛行機恐怖症の二人は仲良く眠りについた。

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