05-08 白虎旗の下   

 組ませた櫓にゃ、それなりの広さもつけてある。寄奴きど呉興ごこうの様子を見はるかす、だけじゃねェ。居並ぶ寄奴の部下どもを前に、かるく演説もぶてるように。

 寄奴と令史れいし、要は小間使いたちと、令史を束ねる虞丘進ぐきゅうしんが櫓の上に立つ。

 後ァ、寄奴の長剣を見せつける役の、蒯恩かいおん。むき出しになった刀身を台座におっ立て、つばのあたりを握って抑えてる。

 道和どうわからの提案だ、長剣のありえねェデカさァ、寄奴の強さを伝えんのにちょうどいい。櫓を前にして居並ぶ千人からの手下どもも、三人にひとりっくれェは剣に目が向いてる。

 それにしたって、千人、だ。

 ずらっと兵どもが、櫓の前に並ぶ。

 寄奴ァ王さまたちを通して、もっと大勢の前に立つ景色だって見ちゃあいる。っが、いざ立ってみりゃ、やっぱり違う。居並ぶ野郎どもの匂いっつうか、シャレて言ってみりゃ、気、ってやつか。肌で、そいつを感じる。

 悪かねェ景色だ。

 っが、のんびり浸ってるわけにもいかねェ。

「お前たちの働きで、クソどもから呉興を助け出せた! 会稽かいけいまでにゃ道半ば、本当ならこんなところでのんびりゃしてらんねえ!」

 一旦言葉を切ったとこで、列のケツに立つ令史を見る。手が上がった。声ァちゃんと届いてるらしい。

「っが、この勝ちで勢いをつけてもらえた! そいつは忘れちゃなんねえ! 道隆どうりゅう!」

「おう!」

 野太い声で返事する王道隆おうどうりゅう。寄奴ァ目で櫓の上に促す。にやり、王道隆が笑う。

「恩」

「は」

「道隆の肝っ玉を見てみてえ。合図を出す。そしたら、前に剣を倒せ」

「は」

 余計なこたァ聞こうともせず、ただ、従う。いいんだか悪りィんだかな。まァ生きるの死ぬののかかったときにゃ、この上なくありがてェが。

 櫓わきのはしごをひっつかみ、おっちら王道隆が寄奴の前に来た。どうだ、とばかりのニヤケ面。

「道隆。言うだけのこたぁあんじゃねえか」

「あたぼうよ。まあ見てろって、アンタがそこまで登れたんだ、なら、俺だってすぐさね」

「そうかよ」

 令史が寄奴んとこに銭の入った袋を持ってくる。こないだ王道隆に渡した支度金よか、ずっと重めェ。けだものそのものみてェに笑うと、王道隆ァむんずとそいつを掴んだ。あからさまに、令史がビビる。

「すげえな、将軍。大盤振る舞いだ」

「そうだな。功績にゃ褒美、違反にゃ処罰。つけるけじめは、きっちりつけとかねえとな」

 言って、寄奴ァ蒯恩に向けて手を挙げる。

 指示通り、剣が前に倒れてきた。

 片手で柄を握り、引き上げる。

 腕から、肩から、背中からが、剣の重さに悲鳴を上げる。

 知ったこっちゃねェ。

 そのまま剣を振り上げ、王道隆の肩口から、斜めがけに、叩き斬る。

「え」

 そいつが王道隆の、最期の言葉だ。

 勢い余った長剣ァ、そのまま床板をぶち破る。

 つってもその辺りゃ虞丘進に言いつけて、ぶっ壊れても大事ねェようにしておいた。多少櫓も揺らぎゃするが、そんだけだ。

 何がなんだかわかんねェってツラのまま、吹っ飛ぶ王道隆の上体。派手に血だ喰いもん、酒だなんだをぶちまけながらぶっ倒れる、下体。

 合わせて櫓の下じゃ、孟龍符と諸葛長民しょかつちょうみんが王道隆隊を取り囲む。何が起こってんのかわかってねェ奴らと、はじめから仕組んでたこっちとじゃ、いざこざにすりゃなりゃしねェ。

 ごと、と王道隆の上体が床板の上に落ちる。

 長剣を改めて蒯恩に渡すと、寄奴ァ死体をむんずと掴み、掲げた。

「こいつがなんで殺されたか、分かってねえやつはいねえだろうな! 民から奪うな、民を殺すな! 伝えたはずだ! だがこいつは奪い、殺した!」

 寄奴ァ王道隆だったソイツを投げ捨てる。あからさまにビビった令史どもが、そいつを片付ける。

「好きに奪え、敵からはな! そいつを止める気ゃあねえ! っが、お前らが敵以外から奪いやがるんなら、己がお前らから奪う! 殺しやがりゃ、己が殺す!」

 兵どもァあっけにとられながら、寄奴と、お互いとを代わる代わるに見合った。

 無理もねェ。軍隊なんぞ、食い詰めモン共がほうぼうを逃げ回った先で、最後に頼る、浮島みてェなモンだ。殺し、殺される。そんかし殺しゃ、相手の全部をかっぱげる。どでけェ見返りがあるからこそ、生きるの死ぬのに金玉さらせるってもんだ。

 っが、寄奴ァ、そいつを禁じた。

「王道隆隊、副官!」

「っは、はいっ!」

 孟龍符に槌を突きつけられ、縮こまってやがったそいつが声を上げた。

 寄奴ァ血まみれになって転がされてた銭の袋を拾い上げると、副官に投げつける。

 ざわ、と周りがざわめく。

「本来ならお前がやつを止めるべきだった、そこは分かってんな!」

「はっ!」

「なら、お前も同罪だ! っが、ここじゃ殺さずにおく! 呉興を落とした、その功は功だ! こっから先で、己に沙汰やみしたいって思わせてみろ!」

 びくり、って副官が震えた。

 孟龍符がちらりと寄奴に向く。

 寄奴が小さくうなずくと、へっ、孟龍符ァ笑って槌を降ろした。手下どもにも、得物を下げさせる。

「副官、名前は!」

「ふ、傅弘之ふこうしと言います!」

「なら、弘之! 五十人からの首、お前が背負った! いいな!」

 ぷつっと何かが切れたみてェに副官、傅弘之ァ土下座する。言い聞かせられたわけでもあんめェに、王道隆隊――っと、もう傅弘之隊か。隊の他の奴らも、すぐさまそいつに続いた。

 そいつを見届けてから、改めて寄奴ァ軍の端々に目を飛ばす。

「改めて言っておく! お前らの食い扶持、お前らの栄達! 己が持つ!」

 孟龍符と、諸葛長民。奴らにそれぞれ割り当てといた兵どもァ、得物を掲げ、オウ、って怒鳴る。

「民に求めるな! 己らの戦いは、天下の民、詰まるとこ、お前らのための戦いだ!」

 再び上がる、応、の声。

 新しく加わった配下共のうち、半分ッくれェが、同じように声を上げた。

孫恩そんおんどもあ、民じゃねえ! 民なら民の食いもんも、命も奪うわきゃねえ!」

 さらに、応。

 取り残されてた奴らも、手前ェらが何をすべきか、ようやく分かっちゃきたようだった。慌てて剣を抜く。おんなじように掲げて、けど声を出し切るまでにゃあ至らねェ。

大晋たいしん白虎びゃっこの旗のもと、民のため、妖賊を討つ! そいつが、己らの大義だ!」

 もいっちょ、応。

 見りゃ傅弘之どももようやく立ち上がり、おんなじように剣を掲げてた。

 寄奴ァ口元に笑みを浮かべる。誰にも見えねェくれェに、ひっそりと。

「殺すぞ! 殺して、名前を手に入れろ!」

 高らかに、寄奴ァ拳を天に突き上げる。

 ひときわ大きな応の声が、寄奴にぶち当たってきた。

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