04-06 黄帝と応龍   

 バカ騒ぎどもを背に、寄奴きど孔靖こうせいに連れられ、邸内に促された。

 あの目を、寄奴ァよーく知ってる。何もかんもを見通すような、あらゆるモンを思うままに操れちまいそうな――崔宏さいこうの野郎と、同じタチの目だ。

 孔靖が寄奴を引き連れたんなァ、応接間。

 お屋敷がお屋敷だ、当然応接間だってそれなりにでけェ。

 ただし、調度の類いァろくろく揃っちゃねェ。比べる対象が司馬休之しばきゅうしどのやら王謐おういつのオッサンなんだから、まァ仕方ねェんだが。

 寄奴を上座に促す孔靖。さすがに、ここで断るわけにもいかねェ。ほんのちみっとだが迷った挙げ句、素直に座る。

 そいつを見て、孔靖はうなずき、

 ――土下座した。

「は!? 何してんだ、アンタ」

「よもやまみえるが叶うとは思っておりませんでした、黄帝こうていの裔よ」

 黄帝。

 出しぬけの言葉じゃあったが、気持ち悪りィくれェ、すとんと寄奴の腹に落ちてくる。

 龍が見聞きしてきたこと、その始まりの方にいた、三皇五帝。中でも黄帝は、更に始まりだ。

 寄奴がどんなことしてきたか知ってりゃ、比べるんなら、普通ァ武に長けた将軍さまだろう。廉頗れんぱとか王翦おうせん韓信かんしん呉漢ごかん張遼ちょうりょう羊祜ようこ祖逖そてきみてェな。だが、そのどいつもすっ飛ばした。

 未だ一部隊長にしか過ぎねェ寄奴に、その名前があがんなァ、明らかにおかしい。

寡人わたくし、孔靖。場が場であったとは申せ、衆人の前にて汗顔を伏さずにおりましたる事、面目の次第もございませぬ」

 さっき、孔靖と崔宏を比べちまったな。

 ありゃ、早速取り下げなきゃなんねェ。

 孔靖の振る舞いにゃ、演技がかったところなんざ、なんもねェ。たァ言え、庭先での振る舞いからすりゃ、奴がきちがってるとも思えねェ。

 本気だ。本気で、寄奴に跪いてやがる。

 寄奴ァ頭をぶん回す。

 どんないきさつかは分かんねェ。が、孔靖ァ、龍のことを知ってる。

 それも寄奴よか、ずっと詳しく。

 いったん腰を上げ、頭を下げたまんまの孔靖に近付く。

 肩に手を置き、耳打ちする。

「この話の流れで、アンタの話を疑うんにゃ無理がある。よく分かんねえが、俺に食いつきやがった何かのこと、教えてもらえんだな?」

「お望みとあらば」

「分かった、正直助かる。が、先に言っておく。オレにゃ、とっくに食いついてる奴がいる。変にアンタがこのこと知ってるってバレりゃ、アンタの身に何が起こるか分からねえ。だから、回り道で教えてもらってもいいか」

「――何者、なのですか?」

鮮卑せんぴのトゥバ・ギと、その補佐、崔宏」

 孔靖が、息を飲んだ。

 寄奴ァ手を離し、改めて座り込む。それから、つとめて明るい声で、言う。

「孔さん、顔を上げてくれ。いきなりずいぶん古い王さま出してくんから、なにごとかって思ったぜ。だがよ、正直己りゃ、昔の王さまのことなんざよく分かんねえんだ。なんだったら、ちょっくら教えてもらってもいいか?」

 呼び掛けても、しばらく孔靖は土下座のまんまでいた。

 その間で、気持ちを固めてたんだろう。面を上げた時にゃ、気持ち悪りィニヤつきが貼り付いていやがった。ありゃ、笑顔作りにとちったな。

「ようございます。ならばその前に、寡人について、いま少しの申し添えを致しましょう。申し遅れましたが、国の孔仲尼こうちゅうじ、二十七世の孫。家門は仲尼が春秋の昔より、途切れることなく人の営みを眺めて参りました。我らが家門、徳に、智に継承の理由は求めませぬ。ただ、見えぬを知る者が家督を継ぎまする」

 見えぬを知る、の言い回しが、ちみっとだが、強えェ。

 言ってみりゃ、孔靖の家系ン中でも、龍を見れんなァ当主しかいねェ、って辺りになるんだろう。

 ぐい、と寄奴が孔靖に寄る。

「あの孔子か? じゅを立てたって言う」

「いかにも。故にこそ、我が家門、儒家にとりては尊崇せらるべき者、なる扱いを受けておりまする。それがこの、分不相応なる館にございます」

 へえ、って寄奴が室内をぐるりと見渡した。

「儒者は清貧を尊ぶんじゃねえのか? 孔子がアンタ見たら泣きそうだな」

「お恥ずかしながら、全くもって仰る通りにございます」

 いくぶん恥ずかしそうに、頭を掻いちゃあくる。

「とは申せど、財貨が力であるに、疑義を差し挟む余地もございますまい。備蓄のより逞しきは、寡人の如きを、尚も蕭何しょうかたらしめましょう」

 ここで孔靖があげつらいやがったんが、よりにもよって、かの劉邦りゅうほうの懐刀と来た。下手すりゃ張良ちょうりょう韓信かんしんなんぞよりも、ずっと大きく劉邦を支えた、言ってみりゃ、大いなる漢の土台。

「なら、蕭何も黄帝の裔とやらを助けた、って事になるわけだ」

「覇者は、人に恵まれます。また覇を喪うに当たりては、まず人を喪います」

 食い違ってるような、けどつながってるような。ひと言のごとに、つながりを考えさせられる。

 孔靖の言葉から、寄奴ァいく人かの王のことを思い出す。

桓公かんこう勾践こうせん項羽こうう苻堅ふけんか」

 寄奴が挙げた名前ァ、龍を得ながらも敗亡した王。覇道を駆け上がる中で、どいつもが、龍を喪った。

 龍に喰われたからっつったって、そいつでうまうまと王になれるわきゃあねェ。どの王も学び、鍛え、悩み、苦しんでる。

 龍に食われたお陰で、これまでの王たちが見聞きしてきたこと、感じてきたこと、は分かる。だがそいつァ、結局んとこお仕着せのシロモンだ。そいつを知って、じゃあ実際にどう動くか。そいつァ全部、寄奴にしか決めらんねェ。

 が、ここで孔靖が、妙なとこに食いついてきた。

「苻堅、ですか? まさか。彼の者はてい賊にありましょう」

 そこかよ、って思わず言いそうになる。

 ただ、だ。漢人じゃねェんなら、王であるはずがねェ。そう考え込みたくなる気持ちも、わかんねえでもねェ。だから寄奴ァ、できるだけ穏当に切り返すことにした。

「そうか? 苻堅に会ったが、己と同じだったぜ。手足も、目も二つずつ。鼻も、口も一つ。人だ。人の王だ」

「しかし――」

 それでもなお孔靖は食い下がろうとしたが、途中で言葉を飲み込むと、少し考え込む。

 まァな、他ならねェ当人からの言葉に、よそからどうこう言ってみたとこで意味なんざまるでねェんだ。

 けど、思い込みってヤツは気付かねェからこそ思い込みだし、だからこそ、ひっくり返すんにゃ相当な苦労がいる。

「いえ、なるほど。寡人の見識が狭かったようです。してみると、晋武帝よりは、いかに下りましょうや?」

劉淵りゅうえん劉聡りゅうそう石勒せきろく石虎せきこ苻健ふけん、苻堅。まぁ、ものの見事に北だ」

 見るからに孔靖が肩を落とす。

「得心が行きました、晋が中原を取り戻せぬ訳です」

 孔靖ァ、何やら一人で納得したみてェだった。

 が、そこで仕舞いにされても困っちまうんだ。寄奴の身に起こったことが何なのか、こっから何をするべきか。

 いつまでも、ここでのんびり過ごしてられるわけでもねェ。聞けるこたァ、とっとと聞き出しとかにゃなんねェ。

「ならよ、孔さん。己あ思うんだが、王さまったって、ぽっとなれたわけでもねえだろ? 王さま達ゃ、どうやって駆け上ってったんだ?」

 いま、寄奴が何をすべきか。穆之と夜っぴき話して、ある程度ァ目星をつけられちゃいる。だからこそ、敢えて孔靖に聞く。

 ややあって、孔靖が寄奴を見た。

「時を得、場を得、人を得る。これを天地人と呼びます。これを二つずつ見出すのです」

「二つ?」

「我と、彼。漢高であれば項羽、光武であれば王郎おうろう、魏武であれば劉備りゅうび。そして、――苻堅であれば、謝安しゃあん様でありましたでしょうか」

 苻堅の名前を挙げるんに、いくぶんの迷いが出てた。まァしゃあねェ。

「敵を知り、我を知るは孫子の教えるところでもあります。我が天地人を得、彼の天地人を削ぐ。ここを為すが至上ではございますが、どの王にせよそうたやすく事は運んでおりません。そして運ばぬからこそ、求めねばならぬものでありました」

「そうかよ」

 戦うべき、敵。

 寄奴がいっちゃんぶっ潰してェんなァ、他でもねェ。この国そのものだ。だが、国を倒す為にゃ、手前ェが国そのものにならなきゃいけねェ。

 そして、その前に立ち塞がってくんなァ、五斗米道。朝廷の腐れども。西府の桓玄かんげん。ムロン・チュイ。そして、トゥバ・ギ。他にも寄奴がまだ会ってねェ、倒さにゃなんねェ奴はごまんといる。

 なら、寄奴が知らなきゃいけねェのは、敵ごとの天地人。

 そして、得なきゃいけねェのは。

「――孔さん。会稽かいけいにゃ、応龍おうりゅうがいるそうだな」

 そいつを聞き、孔靖ァ寄奴に、無言のまま拱手してみせた。


 寄奴ァ、敢えて神話を持ち出した。

 応龍。黄帝が使役したって言う、龍。

 つまり寄奴ァ、孔靖に「己のために力を貸してくれ」、そう呼びかけたんだ。

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