03-04 劉牢之
持てるモンァ持てるだけ、ただし逃げ足にゃ障りのねェくれェで。
幸い、
「余計なモンは持つなよ! ただし動けねえ奴のは別だ! 連れてけねえんだ、少しでも形見を預かってやれ!」
陣中を見渡し、敢えて
ゴンズ・ウロの強襲で、寄奴の隊にも結構な損害が出た。幸いなのァ指揮できる奴らがあんまやられなかったことか。
死んだ奴には短く黙祷を捧げ、残さざるを得ねェ奴には手を取り、謝る。
「
「あぁ?」
邪魔すんじゃねえよ、怒鳴ろうとした寄奴だが、そうも行かなかった。
右腕を吊った
舌打ちした、が、それ以上は何も言わず、拱手する。
「
「とんでもねえです、やることやっただけで」
言葉の裏にゃ、多少のトゲも交えてる。寄奴にしちゃ、今はお偉い方のために割いてやれる時間なんざまるっきりねェ。だから暗に、随分みっともなかったじゃねえかよ、お前の部下どもは、ってのを匂わせた。
と、将軍がお笑いになった。
「なるほど、聞きしに勝る跳ねっ返り振りだ。この局面においては、心強い限りだ」
「は?」
楽にせよ、将軍は仰ると、辺りを見渡す。
「吾輩としても、だらだらと話をしているつもりはない。叙任やらもしてはおれぬでな。劉裕、貴様には、当座吾輩の司馬として働いてもらう」
虞丘進が、驚きの顔を示した。
寄奴ァ将軍の配下、って訳じゃねェ。仕えてんのは、飽くまで
そう、ふだんなら、な。
「ケツモチですか」
余計なこたァ聞かず、すぐに本題に切り込む。
こっから先、逃げるにしても、ただ走ったところでケツを抜かれちまうのが精々。だから、寄奴ァケツに張り付いたクソになって、穴を塞ぐ。
そんかし、寄奴にゃ矛よ矢よが雨あられと飛んでくる。
「
「手違いが起こるかもしれませんぜ?」
「已むを得まい、非常の際だ」
ここまでを言い合って、将軍と寄奴がにらみ合った。
なりゆきを飲み込めてねェ奴らが、二人の様子にビビり上がってんのが分かる。
だが、とうの寄奴ァお構いなしだ。大将軍さまの威圧をまともに浴び、
遂には、噴き出した。
ほぼ同じく、将軍も噴き出す。二人して、ひとしきりの大笑い。
「なるほど、無終がやたらと推すわけだ!」
「じゃ引き立てて下さいよ、帰ったら」
飽くまであけすけな寄奴の物言いじゃあったが、将軍の笑顔が揺らぐこともねェ。ご自身から歩み寄り、寄奴の肩を叩く。
初めて間近で見る劉牢之将軍の圧は、寄奴が思ってたよりもデカかった。握ってた拳に、じんわりと汗がにじむ。
きびすを返し、将軍ァ引き返そうとなさった。
だが二、三歩ほどして、ふと立ち止まられた。
「そう言えば劉裕、貴様の本籍、
「はあ、そいつがどうかしたんで?」
将軍は、地面を指す。
「貴様のいる、ここが彭城だ。懐かしさはあるか?」
「いや全く。とっとと京口の酒かっ食らいてえです」
ふ、と将軍が笑われたのがわかった。
「奇遇だな。吾輩も彭城人だが、全くの同感だ」
輪になって立ち合う。寄奴、虞丘進、孟龍符。それから部隊の指揮を執る何人か。どいつもこいつも、生傷は絶えねェ。中でも虞丘進の腕ァえらい勢いでねじ曲がってる。歩いてんのだって相当辛れェだろうにな。
「親分からのお達しだ。死ねってよ」
「そうかよ、分かりやすいな」
妙に嬉しそうな寄奴に、
「すぐ後ろに鮮卑鉄騎、目の前には土地勘なき夜の森だぞ。気でも触れたか?」
「莫ァッ迦、丘進。大将だぞ。何今更なこといってやがんだ」
寄奴の「おい」ってツッコミは、虞丘進もしれっと流す。「問題は」って、まるで否定しようともせずに話を進めちまう。
「生憎と、まだ気の触れておらん者が多いことだ。何かあれば、信じられん大崩れを起こすぞ」
何回か「おい」だ「お前ら」だ言っちゃみたが、どいつも取り合おうたァしねェ。
寄奴ァ小さくため息を漏らす。
「どのみち四の五の言ってもらんねえんだ。己らで支えるぞ。龍符、隊のケツにはお前がつけ。囲まれそうになったら、叫べ。丘進は怪我がひでえ奴らと一緒に、真ん中だ。先頭の己とケツの龍符、どっちも見失わねえようにしろ。こっちもお前に見失われねえようにする。龍符が叫んだら反撃に出るぞ。龍符は丘進の前について、本陣の守りになれ。お前が踏ん張ってる間に己も戻る。その頃にゃある程度状況も見えてきてるだろう。飽くまで丘進と龍符が本陣、己は遊軍になって奴らを叩く。中途半端に背中見せるくれえなら、いちど叩いといた方が追い足も鈍るだろうしな。ただし、何度も使える手じゃねえ。ちっと寿命を延ばすのが関の山だろう。そいつで、どこまで逃げ道を残せるかだ」
それから、輪から少し外れたところにいた
「頼むぜ季高、おめえの鼻に掛かってっからな」
聞いてんのか聞いてねェのか、どうにも季高の仏頂面はよく分かんねェ。そんかしこん時は、少しの間のあと、寄奴を見ながら、顎でちぃと離れた先を指してきた。
何か、話してェ事がある。それも、他の奴らには内緒で。
一旦寄奴は輪に向き直ると、それぞれに支度を進めるよう伝えた。
季高の所に向かう。
「珍しいな、お前から呼ぶなんて」
「仕方なかろ、
孫季高が出してきた名前に、ほんの少しだが、寄奴が固まった。
王鎮悪。材木問屋のできた長男坊ってことになっちゃいたが、その正体ァ鮮卑トゥバ部の密偵総元締め。
孫季高ァ、
いっぽうじゃ、どんな話が奴らの手に渡ったんだかな。
「
「寿春? こっから近けえのか?」
「
「なるほどな。しかし西府の動向までご存知たぁ、どんだけのとこに忍び込んでんだ、お前ら」
「草はそこかしこに生える。そう、崔老も言うちょったろ」
「だな。野暮だった」
聞いても答えるはずもねェことを、敢えて問う。
立場が立場ってこともあるんだろう。寄奴の率いる隊の中でも、孫季高は決して他の奴らとなれあったりはしねェ。一方じゃその身軽さ、耳目の鋭さ、際立った土地勘で、際立った活躍もしてた。
どんな立場の奴であれ、仕事さえしてくれりゃそれでいい。そう、寄奴も考えちゃいたんだ。だが、ついつい聞いちまった。さすがにちっとヤキが回っちまったかな、寄奴は内心で苦笑した。
と、そこへ、
「――ときに劉君。アンタ、彭城人なのか?」
まさかもまさかだった。孫季高からの質問。
仕事がらみ以外じゃ、初めてのことだった。
「ひい爺さんかその爺さんの話だ。己に至っちゃ縁もゆかりもねえよ」
「そうか」
寄奴にゃ住所が二つある。
一つが本籍、つまり先祖の住んでた場所。黄籍にゃ「彭城郡彭城県
だが、寄奴が生まれ育ったのァ「
「ワシのじい様も、うまく逃げられりゃ平和に暮らせてたんかの」
特に、寄奴に向けて言ったわけでもねェ感じだった。
だがその呟きァ、妙に寄奴の耳に響いた。
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