第11話 裏切り

 グリムは、身の危険を感じて二人から離れた。

 当たり前だ。

 剣を持って近づいてくる、怖い顔をした屈強な男二人。

 そりゃあ、誰だって逃げる。


 だが、追いかけてきた。

 いつの間にか、後ろは無精髭に回り込まれ、挟み撃ちに。

 なぜだ、もうクエストは達成できたじゃないか。

 あとは帰って、報酬を山分けすればそれでおしまい。しばらくは懐が温かい、良い思いができるじゃないか。


 なのに、どうして……。

 いや……どうしてとはまた愚かな問いかもしれない。彼らがなぜ剣を抜いたのか、俺を挟み撃ちにしているのか、それはもう、理解できている。

 二人はここで俺を殺して、報酬を二人占めしようという腹なのだ。

 俺がここで死ねば、それだけ取り分が増える。

 俺は、魔物に殺された事にすればいい。


 ちくしょう、ふざけやがって。

 マジで、ふざけやがって。

 さっきの『テレキネシス』で、もうスタミナはほぼ空っぽだ。こんなことなら、スキンヘッドの傷なんて治さなければよかった。レッドライカンを倒すのも、二人が殺られた後で良かったじゃないか。

 とは言っても後の祭り。

 大体、平和な日本で育った俺に、人を見殺しにするなんてこと、できるわけがないのだ。命は尊いもの、困っている人は助けるもの、自分がされて嫌なことは人にしない――そういう社会で育ってきた俺の人間性は、異世界に来たところで早々変わるものじゃない。変わってたまるか。


 でも、それがこの結果。

 これは、俺が馬鹿なのか? お人好しなのか?

 悪いのこいつらだろ!?

 なのに、俺が死ぬのか!


 だが、今度ばかりはちょっと、勝てる気がしない。

 スタミナが厳しすぎる。

 スタミナさえあれば、『ホーリーアロー』でいくらでも戦えるだろうが、今は、『ホーリーアロー』一発撃てないだろう。


 スキンヘッドが、じりじり近づいてくる。

 先ほど拾ったばかりの剣を構えて。

 こいつら、罪悪感とかないのか。

 倫理観とか、正義とか、そういうのは、無いのか?

 ――あったらこんなことしないか!


 爺さん、ライフカードをください。

 さもなくば、助けてください。

 マジでもう、奇跡に頼るしかないんです。

 くっそ、――近寄るなハゲ野郎!

 汗が飛び散って気持ち悪いんだよ!


『呼んだかの?』

(「呼んだ! 爺さん、マジでヤバいです、助けてください。今まさに、殺されようとしています!」)

『またか……ちょっとまっとれ、わし今髪乾かしてるんじゃよ』

(「乾かす髪なんてないでしょう!?」)

『ハゲとらんわ!』

(「いいから、早く助けて!」)

『どれどれ……お主、何死にそうになっとるんじゃ!』

(「だから言ったでしょ、助けてください! もうスタミナ切れで何もできないんです!」)

『スタミナ切れ? あぁ、なるほどなぁ。だが、方法はある』

(「どんな!?」)

『血を使うんじゃ』

(「血を?」)

『血とか肉とか骨とか、ステータスでいうところの、HPじゃ。スタミナの代わりに、HPを消費して使う魔法があってな。黒魔術の一種じゃが、それなら、今のお主にも使える。――その素質があれば、じゃが』

(「爺さん、それ、詳しく! ……爺さん? お爺ちゃん!?」


 ダメだ、いなくなった。

 黒魔術――こうなったらやってみるしかない。

 それがどんなもので、どうすれば使えるのかも、さっぱりわからないが、やらなければ、殺られる。


 スキンヘッドはもう目の前に、背後には無精髭が迫っている。

 猶予はない。

 何をイメージする? 何をイメージする!?

 黒魔術は、響き的に、恐ろしい邪悪な魔術なのだろう。きっと、エグいに違いない。拷問に使われているような魔術だろうか。

 いや、考えている暇はない。


 グリムは薄目を開けて、片手を持ち上げた。

 その腕を切り落とそうと、スキンヘッドは剣を振り上げ、踏み込む。

 その瞬間――。


 バシュ……ブシャー!


 スキンヘッドの剣を握っていた腕に裂傷が入り、血が噴き出した。

 スキンヘッドは悲鳴を上げ、その場に転げ、のた打ち回った。


(ポテンシャルスキル『黒魔術の才能』が覚醒しました)

(アクティブスキル『デボートキュアLv1』を会得しました)


「⟤⟥⟛⨊⟕⩈⟡⨪⟟!」


 無精髭が声を上げる。

 何て言っているかわからないが、「この野郎!」とか「ふざけやがって!」とか、そんな感じの言葉だろう。

 いやぁ……危なかった。

 この土壇場で、『黒魔術の才能』が覚醒して助かった。でなければ、死んでいた。


 さて、どうする無精髭。

 俺はもう一発か二発くらいなら、HPを削って魔法を使えるぞ。

 さぁ、かかってくるか?

 逃げるか?

 俺は、逃げた方がいいと思うぞ?

 というか、逃げてくれ。俺ならそうする。


 ――おいおい、武器を構えるな。

 なんでだよ。この世界の連中は狂ってるのか? なんでこうも死にたがりなんだ。危ないじゃん。わけのわからない魔法を使う危険な男と対峙して、なぜ戦うという選択肢を選ぶ。

 あぁ、そうか、こいつら脳筋だった!


 わかった、俺が逃げよう!

 その結晶魔石は選別だ!


 グリムは、無精髭に背を向けて逃げ出した。

 中庭を横切り、門を抜け、砦を背にして草原を走って下る。

 スタミナがない中で、きついダッシュだ。


(レベルが13から15に上がりました)

(レベルが最大地に達したので、祠でクラスエンチャントできます)

(称号『逃げる男』を獲得しました)



 ――無精髭は追いかけてこない。

 向こうにもそんな元気はないのだろう。

 俺はそのまま、数時間かけて町に戻った。

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