【観測者の手帳】

 我が国は先の大戦で占領された小国を見事開放し、120万の人命を救ったのだ。この快挙は大統領の功績として後世まで伝えられるべき出来事である。

 図書館の奥にしまい込まれた分厚い本にはそう書かれていた。今から70年前の戦争で僕らの国は勝利した。ページをめくると大々的に行われた戦勝パレードの写真が並んでいる。注釈には写真と共に今の大統領のお爺さんに当たる人が撃たれた子供をを介抱して、命を救うことが出来たと笑っている様子が詳しく説明されていた。まだまだ未熟だった私はここにあるのが真実の全てだと思って疑いもしなかった。国は正直者だと信じ込んでいたのだ。

 あの手帳を見つけてしまうまでは。


 手帳の書き出しはこうだ。「我々は観測者としてこの国と共にある。」

ボロボロになっているそれは私が不用意に触ればすぐにでも破けてしまいそうなほど年季が入った紙が綴じられていて、一つ一つに年号らしきものが振られているようだ。もっとも古いもので1900年、今から約150年前の1月1日から始まっている。

だけれども、あまりにも古くなっていたので汚れや穴あきでとても読める物じゃ無い。仕方が無いので今度は最新の物を探してみる。パラパラとめくり、後半に来るとその記事を見つけることが出来た。2000年12月31日と乱れた字で書かれた日付の下には他とは違い何も書かれてはいなかった。またパラパラとページをめくる。ふと目に留まったのは丁度70年前の終戦を迎える日から1週間前の記事だった。


 かなり汚い字だったが辛うじて読めそうだ。目を凝らして読んでいくと小国解放の日に、我が国の部隊がその首都郊外にあったいくつもの村を爆撃し、住民を焼き殺したと書かれていた。その下にはクリップでモノクロ写真が綴じられていた。今まさに火炎放射器が逃げ行く少女を火だるまにする寸前の一枚だ。あまりにもリアルなその写真はいくつもの惨たらしい事実を内包していた。私はすぐさま手帳から目をそらすと、そのまま地面に昼食を吐き出してしまった。胃が痛む。眩暈がする。ひどい憎悪と悪寒と、狂気が私の心を一瞬にして握り潰した。ここで見るのを止めていればどんなに良かったことか。だが私は何故だか嫌でも見なければならないような義務感にも似た感情に押し動かされ、暫く横になってから再度読み進めた。


 きつい酸の匂いが漂う中で、痙攣を起こした意識を無理やり叩き起こして残りの部分に目をやった。不幸中の幸いか、それ以降暫く写真は無かったが、その代わりに走り書きのような文字列はそのあとに起きた出来事を淡々と描写していた。

余ったモルヒネを打った兵士が村人を撃ち殺すゲームをしたこと。小さな子供ほど高得点が設定され、賭けにまで発展したこと。軍部は弾薬の消費、そして何よりも餓えた者への食糧配給で自分たちの取り分が減ることを嫌って、むしろ奨励したこと。そして最後には見事100ドルの勝ちだと笑って撃ち抜いた子供を抱きかかえて自慢している、現大統領のお爺さんが若いころの写真が留められていた。

写真は全く同じであったのに、唯一教科書と異なっていたのはその説明文のみだった。私はひどい無力感に包まれると同時にあることに気付いた。ここには一切の感情的な表現が無い、事実のみが羅列されている。しかしその疑問が解決するまでそう時間は要さなかった。


 あぁ、だから冒頭には「観測者」と書かれていたんだ。

私が体験したその日から、この手帳には、また新しいページが増え続けている。

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