第10話  その言い訳、最初から用意されていませんか?

 下駄箱から外履きを取り出し、急ぎ足で裏口へ向かうと、通用門の脇に一台のタクシーがハザードを点滅させて停まっていた。

後部座席には、すでに清水と田中さんが乗り込んでいる。僕が滑り込むように乗り込むと、清水はすぐさま運転手に告げた。


「柏木町のショッピングセンターまでお願いします」


車輪が滑り出し、タクシーは校庭の裏手をすり抜けて公道へと躍り出た。


――15分後。


ショッピングセンターの正面ゲート付近には、不穏な人だかりが出来上がっていた。

野次馬の隙間を押し分けて中へ踏み込むと、そこには異様な光景が広がっていた。


センターの救護担当と思われる男性店員が、一人の中高生を取り押さえている。ネクタイの色からして我が校の3年生だ。

「介抱」とは名ばかりで、男たちはパイプ椅子で生徒の体を強引に押さえつけ、上からペットボトルの水を無理やり飲ませているだけだった。


【対象:3年の先輩(永田)】

・額の汗:極度のアドレナリン放出による異常発汗

・喉仏の可動:下方下落(極限状態の疲弊と脱力)

・嚥下動作:0.8秒周期の鈍い連動(抵抗力の喪失)


男子生徒の額はびっしりと冷や汗で覆われ、喉仏を力なく下げながら、ゆっくりと唾液を飲み込んでいた。もう暴れる気力すら残っていないのは明らかだった。


清水は迷いのない足取りで、救護係の責任者と思しき男へと歩み寄る。


「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。私、同じ高校で生徒会長兼、風紀委員長を務めております清水と申します」


清水は胸ポケットから手際よく名刺入れを取り出すと、白い名刺を一枚、すっと男に差し出した。


(えぇ!? 高校生で名刺持ってるの!? 生徒会って名刺なんて作れるの……!?)


予期せぬ社会人ムーブに、僕は心の中で目を丸くした。


一方、対応した四十代後半と思われる救護責任者の男は、清水に対して体を微かに斜めに構え、隠しきれない不信感を全身から漂わせている。


【対象:救護責任者(40代男性)】

・足先の角度:清水に対して45度外側(強い警戒感と拒絶)

・重心の置く位置:後方70%(いつでも距離を取れる防衛姿勢)


(間違いない……昔、親父の建設会社で働いていた職人さんが、給料を一晩でパチスロでスってしまい、翌朝に前借りに来た時の親父の足の向きと完全に一致している……!)


男はあからさまに怪訝な表情を浮かべていたが、清水の寸分の隙もない立ち振る舞いと堂々たる態度に、徐々にその強張りを解いていくのが見えた。


「あー……同じ高校の生徒会長さんね。いやね、この子が突然奇声を上げながら非常階段を駆け登ろうとしたから、うちの店員が止めたんだけど……少し暴れてね。椅子で取り押さえてしばらくしたら急に大人しくなったんだよ。警察か救急車を呼ぼうか迷っていたところなんだ。……しかし君、この子酔っ払ってるのかい? 目つきが完全にイッちゃってるけど」


怪しむ救護係の言葉に対し、清水は眉一つ動かさず、滑らかな声で答えた。


「ご心配をおかけして誠に申し訳ありません。実は彼、持病がありまして……本日は自宅で薬の飲み合わせを間違えてしまったようなんです。先ほどご家族の方からも『誤って強い薬を持たせてしまった』と生徒会宛てに連絡が入ったばかりでして」


完璧なトーン。澱みのない説明。

まるで最初から用意されていたかのように、理路整然と言葉を紡ぎ出していく清水。


(……えっ?)


救護係の男が納得の表情を浮かべる横で、僕は息を呑んだ。

清水の完璧すぎる言葉の裏側で、僕の脳裏には一つの恐ろしい『疑問』が、黒い霧のように沸き上がっていた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る