第12話 光輝の魔力ランク

「あの、ここ……」

「さ、入ろうか。さっきネットで調べたんだよね。ここのパンケーキ凄く美味しいらしいよ」

「パンケーキですか!? ……でも、いいんでしょうか」

「いいのいいの。さ、入ろう」


 帰り道で光輝が何故かバス停とは違う方向に歩きだしたと思ったら、突然カフェの前で立ち止まり、千夏に入ろうと誘ってきた。

 中に入るとあまり大きな店では無かったが、それでも席がほとんど埋まっていたので人気店なのだろう。

 席に着くとメニューを開きながら光輝が言う。


「今日は誘った俺が奢るから、好きな物頼んでいいよ」

「いいですいいです、悪いですし」

「気にしなくても大丈夫だよ。実はさ、初任務の後にこうしてどっかに寄るのって、うちのチームお決まりの行事みたいなもんなんだ」

「そうなんですか?」

「うん。他の皆も初任務の時にはこうして食べたり飲んだりしてるから、青山さんも遠慮しないで」

「では……。…………えと、このケーキを、」

「青山さん、パンケーキは好き?」

「はい、好きです」

「そっか。じゃ、すいませーん。注文いいですか? このパンケーキセットを二つ。飲み物は俺がコーヒーで、青山さんは?」

「あ、私は、」


 気を遣って一番安いメニューを指さした千夏を無視して、光輝は千夏の分もパンケーキを頼んだ。

 それが本当に食べたい物だというのなら止めはしなかったが、外でパンケーキの話題を振った時の目の輝きを見れば、ただ遠慮しただけだとわかる。

 注文を終えると、光輝が千夏に話しかける。


「どうだった? 初任務の感想は」

「感想ですか?」

「そ。ビックリしたでしょ、あっさり終わって。でも、あれが俺達の仕事なんだよね。開門現象が起きた時に魔物と戦う訓練を毎日してるけど、実際にはその開門現象を起こさないようにする事が、俺達のメインの仕事なんだ」

「…………」

「ガッカリした? 地味で」

「いえ、そんな事はありません。私もそれが一番大切な事だと思います。……これを言うと怒られてしまうかもしれませんが。やっぱり私、いくら訓練しても魔物と戦うのは怖いです。勿論、いざという時に戦う覚悟はあります。けれど、平和なら、戦わずに済むのなら……。それに越した事はないと思います」

「うん、そうだね。別に怒ったりはしないよ。戦いなんて俺だって嫌いだし。青山さんと同じさ。誰かが死ぬかもしれないんだから、しなくて済むなら戦いなんて出来るだけしたくないよ」


 千夏は魔物に襲われた経験がある。

 だからこのような意見になる。

 魔物の恐ろしさを知っているからだ。

 だが、魔物に襲われた経験の無い新人は、この任務に物足りなさを感じてしまう。

 一日でも早く実践を経験してみたいと言うのだ。

 毎日の訓練で付けた実力が、どれだけ通用するのか試してみたいと思ってしまうのだろう。


「じゃあ、訓練はどう? 辛くない?」

「辛いです。でも頑張りますっ」

「そっか」


 正直に即答するところに、光輝が笑う。


「何かわからない事とか困った事があったら、すぐに言ってね。俺達の方でも気は遣うつもりだけど、それでも気付けない事ってあるだろうからさ」

「あ、でしたらあの」

「ん?」

「一つ気になっていた事があるんですけど、聞いてもいいですか?」

「うん、いいよ。何?」

「隊長の……魔力ランクってどの位なんですか?」

「俺の魔力ランク? あれ? 木田さんの授業で聞いてない?」

「はい。他の皆さんのランクは聞いたんですけど、隊長の分は」

「そっかー……。木田さん、妙なとこで気遣うんだよなぁ」

「?」

「俺のランクはね?」


「お待たせしましたー」


「っと」


 注文した物が届いた。

 話を一旦中断する。

 店員が離れると、光輝が千夏と目を合わせて言った。


「俺のランクは、E+だよ」







「流石ネットで高評価なだけあるよ。美味しかったね」

「はい」


 会話の続きは食べてからにしよう、と二人は先にパンケーキを食べた。

 食べ終わった後に頼んだおかわりのコーヒーに光輝が口を付ける。


「で、さっきの魔力ランクの話だけど……」


 携帯端末を操作して何かの情報を表示させる。


「はい、これ」


 携帯端末を千夏に渡した。

 そこには光輝の魔力について詳しく書かれていた。

 魔力ランクはE+。

 一般特性は身体強化と物質強化の両方を持っており、更に特殊特性も一つ持っていた。


「強化?」


 千夏が不思議そうな声を出す。


「あぁ、特殊特性の事? そう。俺の持ってる特殊特性は『強化』。その名の通り、攻撃の威力だとか出力を魔力で強化する事が出来るんだ」

「一般特性の物とは違うんですか?」

「うん、ちょっと違うね。もうちょっと幅広く、それこそ本当に何でも強化出来るんだ。自分だけじゃなく人の攻撃とかも強化できるし」

「じゃあ、例えばですけど、一般特性の強化で身体能力を上げて、特殊特性の強化で更に強化して、Eランクよりも強い力を出したりも出来るって事ですか?」

「うん、出来るよ」

「凄いじゃないですか、それ!」

「いやー……それがそう良い物でもないんだよね、これが。少なくとも俺の場合は、だけど。なんせEランクってのは魔力量が少ないからさ。強化以前に普通に戦うだけでも足りてないのに、そこに強化なんて重ねたらすぐにガス欠。そもそも強化自体そこまで効率がいい物でも無いから、いくら強化してもBとかCには単純な出力で全然歯が立たなかったりするし。もっと上のランクの人が持っているとかなり役立つんだろうけど、俺には宝の持ち腐れ」

「そうなんですか……」

「一応珍しさって点で言うと超一級品なんだけどね。オンリーワン特性みたいだし。俺以外に持ってる人がいないってやつ。だから俺はここにいるんだ。研究の意味も含めてって事で。じゃないとEランクじゃ局にいる事は許されないからね。魔物と戦いたきゃ自衛隊か警察に行けって言われるよ」

「…………」


 良かった、と千夏が心の中で思う。

 その珍しい特殊特性が無ければ、千夏は光輝と出会えていなかったかもしれないという事だから。

 それどころか、あのプールで死んでいたかもしれないのだ。


「ガッカリした?」

「え?」

「偉そうな顔した隊長が、実はこんな低ランクの残念な奴で」

「そんな事無いです!」

「!?」


 千夏が席から立ち上がる。


「隊長は強いです! かっこいいです! 残念なんかじゃないです!」

「あ、青山さん?」

「だって、あのプールで殺されかけてた私を助けてくれたのは隊長です!」

「青山さん、ちょっとちょっと」

「私っ、私は!」

「ちょ、青山さん、青山さんっ。ここ、お店。ほら、周り見て、落ち着いて。ね?」

「…………!」


 浴びていた注目に、カァッと千夏が顔を赤くする。


「お店、出よっか」







「すみませんすみません!」

「あはは、いやいや。むしろ俺の方こそごめんね、僻みっぽい言い方して。……それと、ありがとう」

「え?」

「あれだけ力強く否定して貰えて、嬉しかったからさ。ちょっとは自分に自信持てるよ」

「~~~~!」


 お店を出てから、二人ゆっくりと歩く。


「あ」


 歩きながら、ふと思い出したように千夏が光輝の顔を見る。


「あの、そう言えば」

「何?」

「隊長の特殊特性は、強化なんですよね?」

「うん、そうだね」

「じゃあ、あの時私を癒したのは?」

「あー、あれか」


 訓練で走って死にかけていた千夏の疲れを癒した時の話だろう。


「あれはね、特性とはまた別な物なんだ。『術』って言うんだけど……」


 遥か昔から、人は魔物と戦い続けてきた。

 だが昔の人々は、魔力の存在こそ知ってはいたものの、その性質を今ほど理解出来ていなかった。

 そこで、特性のような個人差があり安定しない物に頼らずに、誰でも同じように魔力を使って戦える方法が編み出された。

 それが、術だ。

 特性の違いによって出来る事が個人によって違うとはいえ、元は同じ魔力を使って行っている事なのだから、その方法さえわかれば誰にだって同じ事が出来る筈。

 そういう観点から作られた物だ。

 だが、魔力の使用量と術を使用した時の威力、習得までにかかる時間等を考えると明らかに非効率で、今ではほとんど使用する者がいない。

 昔とは違い、スーツや銃などのもっと誰でも簡単に、効率的に魔力を扱える道具が出来たのもある。


「俺の場合はさ、強化があるからまだマシって感じで使ってるけど、強化しなきゃ全然実用レベルじゃないよ」


 強化が無くてもCやB位魔力があればまた別らしいが。

 DやEが使うメリットはほぼ無い。

 普通に自分の得意な特性と、銃やスーツを使う方がいい。

 大体、この術を覚えるのにもまた別途、勘やセンスが必要だったりするのだ。

 一応魔力の特性とは違い、ある程度は努力でどうにかなる話ではあるが。


「戦う時の選択肢を増やすって意味だと悪くないかな~、とは思うけど。だからって習得を人に勧める気には正直ならないね。その時間をもっと他に費やした方がいいよ」


 特性が何も無い千夏は、その術の使い方を是非教えてほしいとお願いしようとしたが、その前にバッサリと言われてしまった。


「……訓練」

「ん?」

「私、基礎訓練、もっと頑張ります!」

「うん」


 千夏の言葉に、光輝が嬉しそうに頷いた。

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