クラスメート 一颯と千秋

 

 俺と小春姉は同じ高校に通っている。

 自転車で数分の場所にある、地元の高校だ。

 歩いてでも通える距離なのだが、自転車で通学しているのには訳がある。

 「あああの! ちょっと待って下さ――」

 そう、小春姉の見た目に騙されて、朝っぱらから声を掛けようと待ち構えている、馬鹿な男共を振り切る為だ。

 こんな奴等に付き合っていたら、学校に到着する頃には3時限目が始まっちまう。

 俺達の自転車には、小春姉の能力ちからで命が吹き込まれている。

 自転車達は小春姉から『絶対に喋るな』と命令されている為、自転車を見た人間から怪しまれる事はない。

 「ちっ、またかよ。今日はやけに多いな。おい小春姉」

 「ああ、分かっている。おい、頼んだぞ」

 こうやって小春姉からの命令があると、俺達の自転車は驚異的なスピードで勝手に走り始める。自動運転ってヤツだ。

 俺達はご近所で『音速姉弟』なんて呼ばれ方で、注目を浴びている。

 朝一で俺達の爆走を目撃すると1日良い事が起こる、なんて変な噂まで出始める始末だ。

 いや、本当は注目なんてこれっぽっちも浴びたくはないのだが、致し方がない。巻き込まれるのは御免だ。

 こうやって朝っぱらから待ち構えている野郎共を置き去りにして通学するのが毎朝の日課だ。


 そして学校に到着すると、ここから小春姉の本領が発揮される。

 正確には学校に到着する目前からなのだが、丸っきり別人へと変貌を遂げやがる。

 背筋は伸ばされ、整っている顔付きは更に凛とした表情に変わる。

 クラスの誰だったかは忘れたが、小春姉の事を『百合の花』に例えてやがったな。

 ……何が百合の花だ馬鹿野郎。勝手に喋るパンツ履いているんだぞ、小春姉は。

 家での小春姉の姿を皆に見せてやりたいよ、ホント。

 いや、絶対に見せられねーが。


 では龍二君、ご機嫌よう。


 そんな幻聴が聞こえて来そうな会釈を1つした後、小春姉は1人で自分の教室へと向かった。

 小春姉は学校に来ると、一切会話をしない無口少女へと変身する。

 理由は簡単で、小春姉は口が軽いから。

 自分に宿る異能の能力ちからを、いつの日か必ず他人に話してしまうと考えた小春姉は、自ら学校での会話を一切封印した。

 小学校の時からずっとだ。

 本人曰く、秘密を漏らしてしまわない為に、日々緊張感を持って学校生活を送っているらしい。

 だから傍から見れば清楚なお嬢様に見えてしまう、という訳だ。

 そして馬鹿な男共は見た目と雰囲気に騙されて群がって来る、と。

 確かに見た目は整っていると思う。弟の俺が言うのも変だがな。

 肉体は貧相だが、小柄だし、肌も綺麗だし、長い黒髪は綺麗だし、前髪パッツンだけど瞳は黒目が大きくてクリクリだし。

 しかしなー、関西弁喋る靴下履いている女性は俺には無理だなー。

 それと皆が知らないだけで致命的に馬鹿だぞ、小春姉は。


 「はぁー、龍二の姉ちゃんホント美人だよなー」

 教室に向かう最中、ため息交じりに話し掛けて来たこの男は、俺のクラスメートで友人の浜口一颯はまぐちいぶき

 とにかくお調子者で、俺と同じく女子からは全く人気が無い。

 蝉が五月蝿いこの時期から、クリスマスとバレンタインは2人で仲良く過ごそうと約束し合っている仲だ。

 「だから一颯には何度も言ってるだろ? 美人じゃねーって」

 「そりゃ姉弟だからそう思うんだよ。小春様が美人じゃないとか言い始めたら、世の中の男子、女子から何様だよ! って怒られるぞ」

 「うるせー。小春様とか言うな」

 一颯の後頭部を1発叩き、自分の席へと向かう。


 自転車を降りてから、この教室に入って来るまでの間、計59人。

 59人もの同学年、上級生男子達に挨拶されてしまった。

 別に俺が人気者だという訳ではない。

 何とかして小春姉に気に入られようと、俺にまで挨拶して来やがる。

 非常に鬱陶しい奴等だ。

 中には露骨に学年、クラス、名前を名乗って来る馬鹿までいる。まぁ全然覚えちゃいねーが。


 「おはー、ひらさー」

 俺の事を『ひらさー』と呼ぶ人物はただ1人。

 学校で俺が話をする唯一の女子。幼稚園からの腐れ縁、磐田千秋いわたちあきだ。

 千秋とは何度クラス替えが行われても、小学校、中学校はずっと同じクラスだった。

 そして高校に入っても同じクラスになってしまった。

 もはや腐れ縁を通り越して、呪いの類と言っても別段不思議ではない。

 「オッス千秋。どうした、今日はやけに美人じゃねーか」

 「でしょー? 昨日美容整形外科に突撃して、目と鼻と口と輪郭と――ってなんでやねん!」

 肩口にグーパンチでツッコミが飛んで来た。

 こんな冗談が言い合える程には仲がいい。しかしパンチはまあまあ痛い。……今の、俺は悪い事1つも言っていないのだが?

 ボーイッシュと言えば聞こえはいいが、身長も女子の中では高く、男子よりも男勝りな性格で、こうやって会話をしていても男同士で喋っているとしか思えない。

 耳がギリギリ隠れるくらいのショートカットなのだが、髪でも伸ばせば女子っぽく見えるぞ?

 ……こんな事を口に出してしまえば、グーパンチが顔面に飛んで来そうだ。絶対に言えねぇー。

 でも決して不細工ではなく、寧ろモデル体型で美人な部類に入ると思う。

 ここは言っても良さそうだが、何だかんだで結局は殴られそうだし、黙っておく事にする。


 「小春姉ちゃん、今日はペース早かったよ! もう手提げ鞄1つがパンパンに膨れ上がってた」

 「ああそうなんだよ。今朝もやたら通学中に絡まれてよ。夏休み前の野郎共の追い込み方が半端ねぇ」

 小春姉の代筆しているペン達が、本気出し過ぎなんじゃねーか? もうちょっと数を調整させるように、小春姉に命令させよう。


 千秋と俺は付き合いが長く、お互いの家も左程離れていない為、小春姉や千夏とも仲がいい。

 流石に異能の能力ちからの事は話していないが、千秋が家に飯を食いに来たり、小春姉や千夏と3人で買い物に行ったりしている。

 「そうだ、ひらさー。もうすぐ千夏ちゃんの誕生日でしょ? プレゼントとか、誕生日会とか何か考えているの?」

 「いや、特に何も。俺、携帯買い換えたから金がねーんだよ」

 出費が痛過ぎて当分何も出来ねーんだよ! くそ。

 「へー、そうなんだ。……じゃあさ、千夏ちゃんの誕生日プレゼントを買う為に、あたしと一緒にバイトしない?」

 千秋は鞄に仕舞われていたアルバイト情報雑誌を取り出し、俺の机の上に広げた。

 既にページの角が折り曲げられている箇所が幾つかある。

 目星は付いているという事か。……バイト、バイトねぇ。

 「お、俺もバイトしたい! そして俺も龍二の妹の誕生日会に参加したい!」

 ウンウンと唸りながら考え込んでいると、一颯が横から会話に割り込んで来た。

 「何でアンタが来るのよ! 千夏ちゃんの事知らないでしょうが!」

 「別にいいじゃないか! お祝い事は皆でやった方が喜んで貰えるだろ? なぁ龍二」

 2人が俺を見つめて来る。

 ……困ったな。一颯を家に上げる事は出来ないが、男の友情も壊したくねぇ。

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