第2話 遠いあの日
私は布団から飛び起き、日付を確認する。そう、4月1日だ。2016年4月1日。世間がエイプリルフールと浮かれるこの日に毎年見る夢。性質の悪い冗談だ、と言えたらいいのだけれど。
結局8年前のあの日、私たち姉弟は海外へ出発しなかった。空港へ着いた姉は
姉は安田さんに連絡を取り、
「落ち着いたら連絡しますね、問題なさそうなら後から来てください」
安田さんはそう言って飛行機に乗り込んだ。
数日後、テレビでも断片的な状況が報道された。反政府組織が遺跡に見学に来ていた政府高官を襲撃して人質とした、軍部がクーデターを起こして反政府組織を攻撃した、人質になった政府高官は皆殺しにされたようだ。恐らく軍事政権が樹立されて反政府組織と内戦状態になるだろうと伝えていた。日本政府は現地にいる邦人の安全を最優先に状況を確認中であるとのことだった。
安田さんは、安田さんの消息は不明だった。飛行機は問題なく現地空港に着いていたが、宿泊予定だったホテルへは来ていないという。遺跡の襲撃時点ではクーデターの情報は広まっておらず、軍部による戒厳令も出ていなかったため、移動に問題はなかったはずだが、足取りはふっつりと途絶えた。
姉や
そう、翌年の4月1日が来るまでは。
2009年4月1日、安田さんから電話があった。電話ではしばらくとりとめのない話をしていて、ふとこんな会話をしている場合じゃないと思いだした。
「安田さん、今どこにいるんですか? 空港についてから消息が不明だって聞いていたんですけど」
「今ですね、どこにいるのかわからないのです。空港についてタクシーに乗ったところまでは記憶にあるのですが」
「えっ、どこかに監禁されたりしているのですか? 周りの景色はわかりますか? 電話はどうやってかけてこられたのですか?」
「う~ん、ごめんなさい。わからないの、わからないの。あの、こちらにはこないのですか」
目が覚めると姉に聞いた。
「安田さんの消息って何かわかった?」
姉は少し悲しそうな顔をして首を横に振った。
「残念だけど空港を出たっきり行方不明のまま。ちょうど政情不安になったこともあるからしばらくして捜査は打ち切られたみたい」
「夢を見たんだ。安田さんと電話している夢で、空港からタクシーの乗ったところまでしか記憶がないそうで、今はどこにいるのかわからない。こちらにはこないのかって言ってた」
姉は怒りの形相で私の胸倉をつかんで壁に叩きつけた。目からは涙が止まらない。何度も叩きつけながら低い声で言った。
「あんた、言って良い冗談と悪い冗談もわからないの」
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