第139回『赤いサファイア』→落選

「お前、『赤いサファイア』って知ってるか?」

 俺は突然、編集長に呼び止められた。

「初耳ですが」

「今噂のカフェなんだ。男の娘しか入れないらしい」

 そんなものがあるんだ。

「潜入取材するなら職場一美形のお前が適任と思って……」


 ボーナスアップの声に乗った俺は、カフェの入口で自分の考えの甘さを知る。

「オカマはダメだ」

 マッチョなマスターに追い返されてしまったのだ。

 ただ女装すれば良いわけではなかった。男の娘とは、女性よりも女性らしい外見を要するらしい。ルビーよりも赤いサファイアのように。

「腹が出てる」

「化粧が濃い」

「剃り残しダメ」

 追い返される度に自分を磨いた。ダイエットと脱毛の結果、ツルツル&スマートな体でようやく入店を許可された。


「メシだ、メシ!」

「いい女ナンパしてぇ」

 予想外に賑やかな店内に戸惑う。飛び交うのは普通の男の会話。

「君って新入り?」

「男の娘って疲れるよね、ずっと無口だから。ほら、君もしゃべって息抜きしなよ」

「あ、ああ……」

 何か神聖な場所と思っていた俺がバカだった。今までの苦労は何だったんだ?

「クソ上司が人使い荒くってさ……」

 記事は適当にでっち上げておこうと、俺は日頃の憂さ晴らしを始めた。

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