第120回『妖精をつかまえる。』→落選

「お庭を歩きたい……」

 青い顔をしてベッドに横たわる君がぽつりとつぶやいたのは、去年の五月の昼下がりだった。彼女の両親の表情を伺うと静かに頷いている。二人とも目に涙をためながら。

「じゃあ、庭まで抱っこしてあげるよ」

 そっと君を抱き上げて英国風の庭に出ると、春の日差しが僕たちを包み込んだ。中央の池へと続く、よく手入れされた小路の両側には薔薇が咲いている。

「まあ、綺麗」

 自分の足で薔薇を愛でたいと君は体をくねらせた。

「少しだけだからね」

 痩せこけた君の肢体を包む純白のネグリジェ。五月の風にふわりと膨らんだと思うと、よろけた君は生垣に倒れ込んだ。

「だ、大丈夫!?」

「ううん、痛くないの。私ね、薔薇に体をうずめるのって、昔から夢だった」

 だってもう君の体は何も感じられないのだから。

「あはは、あはは……」

 棘で血だらけになりながら歩き出す君。純白に映える赤に目を奪われた僕は、我に返って君を追いかける。

「ダメよ、つかまってあげないんだから」

 いたずらっ子ような無邪気な笑顔が愛しくて切なくて、僕は思わず君を抱きしめた。

「つかまっちゃった……」

 君の最期の言葉が今でも耳から離れない。

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