しみいる真実
「あなたは運命に出会うだろう」
高校生の時、当たると評判の占い師のところに言われた。
当時、悩んでいたことや状況をぴたりと言い当てられた後だったので、子供だった私はそれを当然のように信じた。
同じクラスの男子、合コンで知り合った先輩、会社の同僚、友達のカレシの友達。
すてきだなって思う人は何人もいた。
私のことを好きだと、付き合ってほしいと言ってくれる人も。
そして実際付き合ってみたことだってあるのだ。
その時は好きだと思っていたはずなのに、隣に並んで過ごすうちに違和感は大きくなり、付き合い続けることができなかった。
たぶん、運命の人ではなかったからなのだろう。
だから私はずっと待っている。
運命の相手を。
今までのように「すてきだな」くらいの想いではなく、抗えないほどに惹かれるはずだ。
一目見ればきっとわかるはず。そして相手もきっと同じように気づいてくれるのだろう。
だって、運命なのだから。
そしてあの人に出会った。
道の向こう側、信号待ちする彼は人込みに埋もれることなくひときわ鮮やかに見えた。
間違いないと思った。
ようやく出会えた。私の運命の人。
彼は気づくだろうか。
信号が青に変わり、彼がゆっくりと横断歩道を渡り始める。
目が離せない。
私の目の前に来た彼は驚いたように目を瞠った。
しかしそれだけだった。立ち止まることも声をかけてくることもなく行ってしまう。
「気づかなかったのかな」
私は一目でわかったのに、彼は繊細そうな見た目に反して鈍い人なのかもしれない。
せっかく出会えたのだ。自分で気づいてもらいたい。
もう少し待ってみよう。運命なのだ、またきっと会えるはず。
その後、一週間で四回も彼は同じ場所に現れた。毎回私を見てかすかに首をかしげたり、困ったような笑みを浮かべたりした。
そして初めて会って日から十日経った今日、初めて彼は私の前に足を止めた。
改めて立ち止まった様子を見ると一際きれいな人だった。
「こんにちは」
やわらかく優しい声。
どきどきと鼓動が早まった気がした。
あぁ、やっぱりこの人だ。
私の運命。
「こんにちは。会いたかった」
「僕のことを知っているのですか?」
困惑の声。会いたかったなんて言ったら駄目だったかな。
でも彼の方から声をかけて来たのだし、彼だって運命を感じてくれたからじゃないの?
どう応えるのが正解かわからず、ただうなずく。
「どこかで会っていたのかもしれないですね。僕もあなたとは初めて会った気がしなくて」
もう。驚かせないでほしい。やっぱり運命で間違いなかったんじゃない。
静かに微笑んでくれる彼に一歩近づく。
「ずっと会いたかったの。待ってたのよ。信じられないかもしれないけど、運命なの」
私は占いで言われた内容を彼に告げる。そして彼に出会う今までのことも。
彼はうなずきながら口をはさむことなく聞いてくれた。
良いな。好きだな。ずっとこの人のそばにいたい。
長く、長く待った甲斐があった。
途中で間違えず、ちゃんと正解にたどり着いた自分が誇らしい。
彼と目が合って、彼も同じ気持ちだとわかった。
彼の胸にとびこみ、抱きしめた。
彼女は街角にたたずんでいた。誰にも顧みられることなく、ただずっと行き交う人を見つめていた。
まさか自分が標的になるとは思わなかった。だから目があっってしまった時は驚いた。
あそこで反応してしまったのは失敗だったとは思う。
ただ、どちらにしても放置はできない状況だったから大した問題でもなかった。
何度か同じ場所を通り、彼女の反応をうかがった。
数多の通行人がいるにもかかわらず、執着するのは僕にだけだった。
それが確認できると声をかけた。
彼女は繰り返し運命を語った。幸せそうに。
その占い師がどういうつもりで運命を持ち出したのかはわからない。
適当にありがちなことを口にしたのか、本当に何か察していたのか。
運命なのは確かなのだ。
それが彼女の望むものではないだけで。
抱きしめられて感じる悪寒を抑え込みできるだけ気持ちを寄り添わせる。
「待たせてごめんなさい。……いきましょうか」
胸の中、彼女が何かを言った気がするけれど聞き返すことなく、彼女の耳元におしまいの言葉を紡いだ。
背に回された腕の感触はもうなく、彼女の姿は跡形もなく消え去った
亡くなって尚、運命に囚われ続けた彼女のつかんだそれが彼女自身を消滅させる相手だったというのはずいぶん皮肉な話だ。
実行した当人がいうことではないけれど。
出来れば彼女がそのことに気づかず、ただ運命の相手に出会えて幸せな気持ちのままいってくれていたら良いとは思う。
甘ったれた自己欺瞞だとわかっていても。
「運命なんて、ない方が良いですよ」
本音は彼女には届かない。
【終】
幽想寂日 moes @moes
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