第6話200年まえ

 この街は煤煙で煙っている。あちこちでもうもうと煙が昇っている。コナーに誘われてこの街にやって来た時にはこうではなかった。


 コナーが「面白いものがある」と便りを寄越した。コナーは何がしかを理解しているらしく、便りの中で詳しく説明してくれていた。だが、私は昔からそういう方面にはあまり明るくない。ただ、何百年か前から見てきた色々なものが、その威力を人々に見せつけるほどになったのだとはわかった。最初に鉄の塊が動いたのを見た時は驚いたものだ。

 だが、こんなに煤煙を撒き散らすようになるとは思ってもいなかった。


 煤煙を撒き散らす街の一角には人々が集まり、叫んでいたこともあった。あまり穏やかな雰囲気ではなかったが。「仕事を奪うな」、「どうやって生きていけばいい」という声が耳に入った。「どうやって生きていけばいい」と問うのなら、答えは簡単だ。「生きるのをやめればいい」。あなた方にはそれができるのだから。


 しばらくして、不思議な道具の話を聞いた。何でも大量の歯車を使い、数と数の差を取り、さらにその差と差との差をとりということを何回も繰り返し、数表を作る機械だという。もちろん、その機械を動かすのには煤煙を撒き散らすのだが、その機械がやっていることは煤煙とはあまり関係ないことのように思えた。

 さらにしばらくして、その不思議な機械を作っている男が、さらに不思議な機械を作っていると聞いた。ある女性が、その機械を動かす方法を書いているとも聞いた。それは奇妙な話に思えた。これまでに見てことがある機械は、何をするのかが決まっている。動かす方法を書くというのはどういうことだろう。機械の設計図というわけでもないらしい。


 そんなことを調べたり考えている間に、コナーは私を放っておいて旅をしていた。私とドーグラスと会ってから続けていることだが、他にいないのかを探している。北から東へはドーグラスが探しており、コナーは南を探しているらしい。


 この時期、ある湖畔の別荘に雇われていた数日の間、面白い光景を目にした。女性がものを書いていた。それもずいぶんの分量を。

 他の客も、何やら書いたり話したりしていた。

 古い言葉を少しばかり披露したからだろうか。別荘の客から、書いたものを読んでみてくれと言われた。何とも奇妙な話ばかりだった。

 しかし、私の心を捕えたのは、その女性が書いたものだった。死体の一部を動かすという話は聞いたことがあるし、見たこともある。だが、そういう程度の話ではなかった。何が蘇えらせたのかは明かにしていなかったが、関係するであろうことは描かれていた。

 そこで考えざるをえなかった。私たちは、その何かを過剰に持っているのだろうか。いや、崖の下で見たビオスを考えると、単にそういうことではないように思う。ハームとビオスの最期はどういうことなのだろう。その何かが急速に抜けてしまったのだろうか。それもどこか違うように思う。

 その女性に尋ねてみたが、彼女も詳しいわけではなかった。

 ある日、私とドーグラスとコナーが、コナーの住んでいる西の島で会うことになった。ドーグラスもコナーも一人、二人の仲間を連れてきていた。新しい仲間の中には、懐しい土地の出身の者もいた。ハームと住んでいた辺りから。名前をハサンと言った。

 ハサンは、コナーから私のことを聞いていたらしい。私とハームは、その地では伝説になっていると言う。それも、私とハームが――あるいはそのような者が――いたという話ではない。神に逆らった愚かな人間の話だという。それが本当に私とハームのことなのかはわからないが、奇妙な話だ。私たちは逆らったりしていない。だいたい、逆らおうにも、何に、そしてどうやって逆らえばいいのだろう。長命であることが逆らっていることになるのだろうか。だが、神がいるのであれば、私たちを長命にしたのは神だろう。長命であること自体が逆らっていることになるわけがない。

 新しい仲間としばらく過した頃のことだった。あの不思議な機械を作ろうとしていた男は失敗したと聞いた。私の拙い理解では、出来そうに思ったのだが。いくつもの歯車を使うとは言え、また歯の数が多いとは言え、出来てよさそうだった。ビオスと過した島では、とても細かい歯がついた歯車を使った道具が作られるのも見ていた。確かにそういう技術がこの地では失なわれていた時期もあった。だが、ハサンが暮していた土地やその周辺に伝わっていたのではなかったのか。


 ドーグラスとハサン、そしてもう一人、二人には、新大陸で仲間を探してもらうように頼んだ。まだ不安定な時期だろうが、どうにかなるだろう。


 あの女性が書いた奇妙な話を読んでからどれほど経った頃だろう、別の著作を目にすることがあった。月へ行くというような話だ。面白く読んだ。その作者の他の作品も読んだ。海の底や空は私にとってもわからない世界だ。その空を越えて月へ。確かに壁があるわけでもないだろう。いつかは人間がその地に足跡を残すだろう。

 あるいは、時間を行き来する機械の話も読んだ。とくにこちらには興味を惹かれた。私たちは、時間を遡ることはできないものの、確かに私は10,000年近く生きている。あるいは、その作品で描かれるほどに長く生きてもいない。ハームだって、どうやら30,000年程度だっただろう。

 コナーの島で見た、煤煙を撒き散らして動く機械は、ある程度とは言え私の理解の範疇にあった。だがその時期に見た奇妙な機械。あれはまだ私の理解の外にあった。そしてあの女性の作品。その両方が、人間の文明がこれまでとは違う方向へ、あるいはずっと先へと進むことを予感させた。法、コナーの島で見た奇妙な機械、あの女性の作品、そして時間を行き来する機械の作品。何かが私を不安にさせる。


 煤煙に煙る街を歩きながら、もしかしたら私がプライズを得る日も近いのかもしれないと思った。

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