第75話



〈《アブノバ鉱山》第二十七坑道の探索:下級~上級  期限:年内  ルエルヴァ冒険者ギルド本部〉



 テーブルの上に置かれた依頼書に書かれていた情報はそれだけだった。


 オルレイウスにしてみれば、《アブノバ鉱山》とやらがどこにあるのか、期限が妥当なものかさえわからない。

 クァルカスは「一応、北方へ向かうもの」と言っていたが。


「これがなんだっつうんだよ?」


 ひどく意外そうなハギルの問いかけ。

 ハギルそのの反応は、《中級冒険者》が受ける探索としては妥当なものであるはずだ、と語っていた。


 しかし、ヤバルの顔色は冴えない。

 ヤバルの動揺を見たアマリアもまた意外そうな顔をしている。


「ええ、と。……なぜ、ゼルウィングさんが強硬に反対されるのか、わかりませんが。……あなた方が《ルエルヴァ》に戻られてすぐのころでしょうか? 《アブノバ鉱山》でひとつの事件が」

「まず三人の鉱山奴隷が消えた。この第二十七坑道で、だ」


 ヤバルが太い指で依頼書の「第二十七坑道」という文字を叩く。

 ハギルがアマリアを見ると彼女もまた、ゆったりとした僧服の下から主張する巨乳ともども頷いている。


瘴毒ガスでやられたか? 崩落か? それとも脱走? ってか、こっちに依頼が来るってこたぁ、《魔獣モンストゥルム》か」


 問われたアマリアは少し青い顔色のまま首を横に振った。


「いいえ、原因は不明なのです。……さらに数人の奴隷が消え、二日経ち、原因の究明に鉱山監督官と六人の下級官吏が第二十七坑道に向かいまし」

「やはり、消えた。以来、《アブノバ鉱山》は休鉱だ」


 ハギルがあからさまに顔をしかめた。


「おいおい、待てって。あっこは確かにたまにゃ《魔獣モンストゥルム》やらが出るが、大物はいねえだろうよ? 俺とルディも駆け出しのころに行ったしよ。なあ?」


 振り返るハギルにルドニスも頷いて怪訝そうな目で、卓についているふたりを見る。


「私も気になって調べたの、ハギル。あなたの言うように、《アブノバ鉱山》は最初期にデモニアクスが探索したときに、粗方の《魔獣》を討伐しています。……ただ、今回は、文献に残されている八十年前の《聖モロキ》による探索や、十六年前の、あの《戦豹パンテラ》」

「とにかく、あそこはダメだ! わしゃ、十六年前を知っとるがな、あんときゃ酷かった! あれと同じようなことが起きるなら、うちの息子らを行かせるわけにはいかん! 《優良者》とて、己の徒弟を危険には晒させんだろう? 断れ!」


 ヤバルが、もっといい案件が来てるだろう、というようにハギルの顔を窺う。

 ハギルはちょっと考えるようにしてから、ヤバルを見た。


 しかし、オルは別のことに気を取られていた。

 今、アマリアは《戦豹》と言わなかったか?

 そんなことにオルは思考を絡めとられていた。


「うんにゃ、ダメだ。オルは奴隷だ、《ギルド》からの依頼は断れねえ」

「……なら、今回、うちの息子たちは遠慮する!」


 席を立とうとするヤバルをハギルが睨む。

 中腰の姿勢のままヤバルは動きを停止していた。


 ハギルの気配が急激に変化していた。オルの思考を引き戻し、腕の産毛を逆立てるほどの敵意。

 初老とはいえ、筋肉をこれでもかと搭載したようなヤバルがハギルの視線にたじろいでいる。


「わっかんねえなぁ、おっさん。アンタがいもぉ引くわけが、わかンねえ」


 刺すような敵意とは裏腹に、のんびりとした口調のハギルは腕と脚を組み、卓を軽くコツン、コツンと足の爪先でこづく。


俺の弟分オルは、手練れだ。うちのパーティーの面子とも遜色ねえ。単純な腕っぷしスキルなら、たぶん、俺やルディよりか強ぇだろう」


 座っているアマリアも、立ち尽くしているヤバルも驚きに顔を変える。

 だが、ヤバルはすぐに思い直したように首を振り、鼻で笑った。


「おまえが兄貴分クァルカスの徒弟を売り込みたい気持ちはわからんでもない。だが、あまりに途方もない冗談だ」


 今度はハギルが、敵意を収容しながら鼻で笑った。


「洒落だと思うのぁ、おっさんの勝手だ。……だが、こんな機会チャンスは二度とねえぞ? てめえの息子らをコイツは次の等級クラスに連れてく」


 ハギルの立てられた親指が、彼の背後に立つオルレイウスを指していた。

 ヤバルは、オルを頭の天辺から爪先まで眺めるようにしてから、首を横に振った。


「……それが、ほんとうだとしても今回は分が悪い。わしの予想が確かなら、こりゃ《上位冒険者》以上の案件だ。半端な手練れは、仲間を殺す」


 そうしてヤバルは店の奥に向かって「いくぞ」と一声かけた。

 ひとつの卓を占領していたふたりの青年が立ち上がり、ヤバルの後に続く。


 店内の暗がりにいたから今までオルにはわからなかったが、ひとりは長い槍を縦に携え、ひとりは柄も刃も短い斧のようなもの小脇に抱えていた。

 ふたりとも、膝下から靴と一体となっている茶色い皮製の脚絆ゲートル、上半身には鎖帷子チェイン・メイルをまとい、その上には板金鎧プレートメイルと毛皮のコートを着ていた。

 ヤバルよりも細いが、それなりの体格と産毛と見間違う申し訳程度のヒゲ。


 ヤバルの子息たち、《雷槍風鉞らいそうふうえつのゼルウィング兄弟》に違いないだろう。

 彼らはハギル、ルドニス、オルレイウスの順で視線を動かし、オルに目を止めると安心したような顔をした。

 貧乏くじを引かずに済んだ、とでもいうように。


「ここはわしの奢りでいい。縁が無かったな」


 ヤバルの声。

 ハギルは収めかけていた敵意を笑みに変えた。


「ひとつ貸しだかんな」

「……おまえにゃ、かなわん」


 そう言い残してゼルウィング親子は酒場から出て行った。


「さて、」


 ハギルは組んでいた脚を解いて、改めて卓の上に両肘を置き直した。


「あんたぁ、いいのかい、アマリア?」


 アマリアはその問いかけに困ったように微笑を浮かべる。


「私も席を離れたいのは山々ですが……」

「あん?」

「あなたの殺気に腰が抜けてしまって立てません……」


 事実なのかどうなのか、アマリアは相変わらず整った眉根を寄せて口角をほのかに持ち上げてそれ以上は微動だにしない。

 呆れ顔を浮かべるハギルは、ゆっくりと椅子の背もたれに体重を預け直した。


「しょうもねえ。……そんで?」

「それで、とは、どういう意」

「めんどくせえ」


 ハギルは片掌をアマリアへと広げてみせる。


「今さら、腹の中身を探り合う仲でもねえだろ? こちとら、計算マネージが狂っちまってんだ。《工兵》はいねえわ、《戦士》はいねえわじゃあ、立ち行かねえ。その上、あんたの徒弟にまで抜けられたら、しめえだ」


 情けなさそうにそう語るハギルに、アマリアは小首を傾げる。


「……その割に動じていないように見受けられ」

課題プロブレムがわからねえんだよ、アマリア・ラングバル。……こいつの、どこが、悪い?」


 その言葉に合わせて、とん、とん、とん、とハギルはテーブルを指で叩く。


 アマリアはひとつ息を吐くと、苦笑を浮かべた。


「私にも、ゼルウィングさんが断った理由はわかりませんが……この案件が警戒に値するものだということは、わかり」

「そりゃあ、どういうこった?」


 急かすように語尾をひったくるハギルに、アマリアは考えるようにしてから口を開く。


「……おそらく、ではありますが。《アブノバ鉱山》では、周期というべきか、強力な生物が出現するのだと思います。それが、さきほど私が言」

「生物? 《魔獣》じゃねえ、ってか?」


 アマリアは首を横に振る。


「わかりません。八十年前、十六年前ともに《ギルド》の資料館に資料はほとんど残されていませんでした。八十年前のものは古すぎて亡佚ぼういつしたものも多く、十六年前のものは例の事件を挟んでいますから、当然といえば当然かも」

大筋サマリーは? どんなモンだったんだよ?」

「今回よりひどいですね。数十名の行方不明者が出てから《冒険者》が動き、いくつかのパーティーが帰って来なかった、と。ええと、確か八十年前には、百名近い行方不明者を出してい」

「あんなとこでぇ?」


 すっとんきょうな声を上げるハギルを制するように、アマリアは「えへん」と小さく咳払いをした。


「とにかく、ハギル。当時を知るゼルウィングさんの様子を見るに、それ相応の覚悟を」

「んで?」


 ハギルの問い。

 それに彼女は長い茶髪と巨乳を揺らして首を傾げる。


「どういう?」

「あんたの徒弟は、どうすんだ? 来るのか、来ねえのか」


 アマリアはまた少しだけ眉根を寄せて、ため息を吐く。


「……そもそも、《アブノバ鉱山》に行くのに、経験のある《工兵》が」

「当てがねえわけじゃねえ」

「狭い坑道を進む上で必須の《戦士》が」

「そりゃ、しょうがねえよ。今、帰っちまったんだ」


 肩をすくめるハギル。


「なんとかなる、と?」


 アマリアの問いに、ハギルはなぜかオルレイウスを顧みた。


「最悪、てめえが一肌脱ぎゃあいいだろ?」

「……脱ぎませんよ?」

「そこは脱ぐって言っとけよ……」


 そう呟くハギルと、怪訝そうな顔をするアマリア。


「ちょ、ちょっと待って、ハギル」

「なんだよ?」


 アマリアはひとつ深呼吸をしてから、口を開いた。


「《戦士》は最初に敵の攻撃を受けるのよ? それを、その子にやらせるつもりなの? 本気?」


 彼女にオルも強く同意を示したかった。


「彼は、どう見ても、屈強とは」

「ひょろいな」

「……そこまでは言ってないわ。でも、未知の敵の攻撃に対応できるほどの経験も」

「ねえわけじゃねえ。……だろ?」


 ハギルに水を向けられて、オルは少し考えてから頷いた。


「基本的には、対人戦闘が多いですが、多少の経験はあります」

「そこらの《魔獣》にゃあ、遅れはとらねえだろ」


 それにオルはまた頷いた。

 北を徘徊していたときには、うっかり《魔獣》のねぐらに入って行ってしまったことも数度あった。


 呆れ顔のアマリアに、ハギルが口吻を飛ばす。


「だいたい、てめえの徒弟のひとりは《重装僧侶》じゃあねえのか? そいつに盾をやらせりゃア」

「うちの子はダメ!!」


 初めてアマリアが大声を上げた。


 あまりの剣幕に面食らったハギルとオルが、困惑のあまりに思わずルドニスを振り返ったほど。

 ルドニスもまた意外そうな顔をしていた。


「……失礼しました。でも、うちの子たちでは無理です」


 ふぅ、と太い息を吐いたアマリアはそれでも決然と、そう言った。


「……ま、《重装僧侶》なんてえのぁ、なかなか見ねえもんだしなァ」

「そうなのですか?」


 頷くハギルに、オルはなんとなくロスの説明を思い出していた。

 肉体派は、《魔法使い》に不向きであるということ。

 《魔法剣士》というものは、《魔法》と《剣士》としての技量が中途半端な者がなるのだ、と。


 もしかすると《重装僧侶》というのも、それと似たようなものなのかもしれない。


「ああ、期待するだけ損だろわな」


――両手で後頭部を抱え寝そべるようにしてハギルが背もたれにふたたび体重を預けたとき。

 店の奥で沈黙を守っていた卓。

 そのテーブルをばしん、と強く叩く音が響いた。


「ふっざけんなよ!」

「やめっ、ちょ、ルーシー」


 少年のような声に、それよりも少しだけ高いが籠った、少女のような声が続く。

 椅子が転がる音と多量の金物が、どんがらがっしゃんっ、と落ちたような音がして残っていた最後の卓のほうから、ふたりの人物が姿を現す。


 ずんずん進んで来るひとりは、ふくらみのある板金の胸甲に、皮製の太いベルトが細い腰をゆったりと二、三周している。

 ベルトのすぐ下の草摺タシットは皮製、あらわになった太腿と膝を覆って脛を守る、やはり皮製の脛当グリーブ

 手足は指先を自由にするためなのか、手甲とサンダル、どちらもやっぱり皮製だった。


 ハギルに向かって突き出された左腕から延びているものは、穂先を革袋で包んだ短槍。

 おそらくは《軽槍士》というものだろう、とオルは考えた。


「おい! コラァ、おまえっ! こっち向けっ!」


 そして、予想外にもそんな口汚い少年のような声の主は、胸甲の大きなふくらみから察するに女性だった。

 《ルエルヴァ人》女性にしては大柄な彼女は、肩ぐらいまである灰黄色の豊かな髪を逆立てながら、垂れ目を吊り上げるようにして豊かな眉をあらん限りにゆがめ、鼻に小じわを刻んで、威嚇するサルのようにハギルに向かっていく。


「……あれが、てめえの徒弟アプレンティスかぃ……?」


 ハギルの問いかけに、アマリアは卓に額を沈めるようにして頷いた。

 そして、彼女はそのまま手を突き出して、蚊の鳴くような制止の声を漂わす。


「お願い……やめて、ルーシー……」

ねえさん、そのデカい乳に脳みそ持ってかれちまったんじゃねえのか!? こいつ、ありえねえよ! リズは、そこの陰毛みてえにひょろいガキよりも、よっぽど!」


 陰毛、出会いがしらにそんな罵声を投げつけられたのは、オルレイウスといえども経験が無かった。


「リズって言うなよぉ……」


 情けない声をあげたのは、ルーシーに遅れて酒場の石床を這いながら進んで来たもうひとりの人物だった。

 どうも、椅子に躓いて転んだようだ、とオルは察した。


 そちらの人物は使い込まれた全身甲冑姿で、おそらくはそれなりに高価だろうと思われる総身の板金鎧。

 だが、どうも小柄な体の身の丈に合っていないようで、彼女(?)が這うたびに関節部分がガチャガチャと不協和音を奏でている。

 頭頂部から蓋いかぶさる開閉式のヘルメットは閉じていて、その表情はまるで窺い知れないが、リズという愛称から女性なのだろうと、オルは推測した。


 加えて、おそらく彼女が転んだ理由は薄暗い店内の中でそんな視界を悪くするような兜を閉じていたから、足許がおろそかになったのではなかろうか、ともオルレイウスは邪推した。

 そして、まだ立ち上がれていないが、一応、彼女の左手には戦棍メイスが、右手には盾がしっかりと握られている。

 ポンコツぶりの中にも、一端の矜持を垣間見たオルは密かに感心していた。


「早く立てよッ! キン○マ付いてんのかっ!」


 え? と、オルは思った。


「もう、いいよ! 付いてなんかないよ、そんなの!」


 罵声を投げつけるルーシーと、板金鎧の騒音を奏でながら泣き言を言うリズ。


「はぁ……」


 そんなふたりを見もしないで深いため息を吐いたアマリアは、微笑を浮かべてオルたちを見た。


「わかりましたか、みなさん? 私が卓を離れられなかった理由が?」


 ほつれ毛を、唇に張り付けながら彼女は言った。


「私の徒弟たちは、まさしく問題を抱えているのです」


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