第8話  真実を拾う 1

 長い廊下を歩き、幾度も階段を下り、二人と一匹は城の外へと向かっている。表情は、一様に暗い。

「……ワクァ……」

 ヨシが声をかけても、ワクァは一言も返さない。暗い顔のまま、ただ黙々と歩いている。

 あの時。謁見の間で誰もが凍り付く言葉を発したワクァは、その後誰に何を言われ、問われても、何も答えようとしなかった。ただ頑なに、「自分は王子ではない」と言うばかりである。

 確かに、ワクァが王子である証拠は無い。だが、ワクァが王子ではない証拠も無いのだ。それに、ワクァと王妃の顔……血のつながりが無くて、あそこまで似るものだろうか。

 一人悶々とするヨシの耳に、微かに声が聞こえてきた。話し声ではない。歌声だ。声はワクァとマフにも聞こえているらしく、視線が声の聞こえる方角……今まで来た道を振り返る。

 

 子どもは小さな旅人と

 昔の人は言いました

 夢という名の未知の世界

 見えない翼で駆け巡る

 

 可愛い子には旅をさせよと

 昔の人は言いました

 辛い道のり乗り越えて

 心が大きく強くなる

 

 おやすみなさい夢の旅人

 旅があなたを待っている

 旅の間は寂しいけれど

 しばらくあなたとお別れね


「……この、歌……」

 ワクァが呟き、ヨシは頷いた。ウルハ族の子守歌だ。足を止め、歌声に耳を傾けている様子のワクァに、ヨシは言う。

「……ワクァが謁見の間に来るまでの間に、王様に教えてもらったわ。お后様は、一族全てが美人な事で有名なフーファ族の出身で……だけど、その父親はフーファ族だけど、母親はウルハ族の出なんだって……」

「……」

「子守歌は、母親が歌うものだから……だから、フーファ族として生まれて、ヘルブ族に嫁いでも……ウルハ族の子守歌が歌い継がれた……」

「……だから?」

 力無いワクァの問いに、ヨシは言葉を詰まらせた。そして、意を決して言う。

「だから……ウルハ族に心当たりは無いのに、ワクァはウルハ族の子守歌を聴いた覚えがあったんじゃないの? ……だって、ワクァが王子様なら、色々な特徴がぴったりとあてはまるじゃないの。戦闘能力も、容姿も、黒い髪と小柄な体躯も。それに、子守歌も……バトラス族の血を引く王様と、フーファ族とウルハ族の血を引くお后様の間に生まれた子どもなら……」

「滅多な事を言うんじゃない!」

 突然の大きな声に、ヨシは身体を強張らせた。ピリピリとした空気が、辺りに漂う。それを和らげようとするように、子守歌は続いた。

 

 旅に疲れたその時は

 いつでも戻ってくれば良い

 戻ってきたらその時は

 旅の話を聞かせてね


 お眠りなさい夢の旅人

 素敵な旅ができますように

 あなたの幸せ祈るこの時

 私はあなたのそばにいる


 子守歌は、そこで途切れた。静まり返った廊下に、次第にざわめきが戻ってくる。女達の、囁く声が聞こえた。

「今の……」

「えぇ、お后様の歌声ね」

「久しぶりに聞いたわ。もう何年も聞く事は無かったのに……」

「そうね。王子様がお隠れになって、まるで寂しさに堪えるために歌っていらして……それが無くなって、やっと少しお元気になられたのかと思っていたのに……」

「相変わらず、最後までは歌われないのね……」

「そりゃ、そうよ。だって、あの歌の最後の歌詞は……」

 ワクァが、駆け出した。拳を固く握りしめ、歯を食いしばり、場所もなりふりも構わずに全力で。

「ちょっと……ワクァ!?」

 慌ててヨシも走り出すが、追いつけない。何が原動力になっているのか、いつもの全速力よりも更に速い。

「ワクァ!?」

 城門でトゥモが気付き声をかけたが、それにも答えない。ただ、街の方へとがむしゃらに走っていく。

「よっ……ヨシさん!? ワクァは一体、どうしちまったんスか!?」

「ごめん、トゥモくん! 今は言えないわ! ……と言うか、私にもよくわからない!」

 早口でそれだけ言うと、ヨシは再びワクァを追い掛ける。その後ろ姿を、遠くから見詰める者がある事にも気付かずに。

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