第4話  素性を拾う 2

「いや~、悪い悪い。久々に愛娘の顔を見れたモンだから、すっかり気が昂っちまってな~!」

 数十分後、ウルハ族の族長が暮らすテントの中央部にどっかりと腰を据え、ヨシの父親だと言う男は豪快に笑いながら謝った。その謝罪は、どちらかと言うと放置されたワクァ達少年少女ではなく、集落内で騒ぎを起こされたウルハ族族長に対するものだ。

「構いませんよ。我が子と出会えて嬉しいと感じるのは、人の親として当然の事です」

 穏やかに笑いながら、ウルハ族の族長は言う。その言葉に「すまねぇな」と豪快に再度謝ってから、男はワクァの方に視線を向けた。

「……で、そこのキレーな兄ちゃんは……名前は何つったか?」

「あ、ワクァ……です」

 完全に気圧されながらワクァが名乗ると、男はニカッと笑いながら言う。

「そうか、ワクァか。見たとこ、ヨシが随分と世話になってるみてぇだな。あ、そうそう。俺の名前は、リオン=リューサー。バトラス族の族長だ」

「ちょっ……」

 男――リオンが自分の身分を明かしたのと同時に、ヨシが顔を引き攣らせて会話に混ざってきた。

「何でバトラス族だってバラしちゃうのよ!? 折角黙ってたのに!!」

「何で黙っている必要があるんだ? 自分の民族にもっと誇りを持て、ヨシ」

 少しだけ顔を険しくして、リオンが言った。するとヨシは黙ってすっくと立ち上がり、少々乱暴な動作でテントから出て行ってしまった。

「ヨシ!」

 ワクァが後を追おうとすると、リオンが腕を伸ばしてそれを制止する。

「放っておけ。頭が冷えれば戻ってくる」

「前にも親子喧嘩の後にそう言ってましたよね」

「けど、ヨシちゃんってば戻ってこずに、そのままヘルブ街まで行って住みついちゃいましたよ?」

「どうしよう……また何処かに行っちゃったら……。何ヶ月も心配して、ある日いきなり手紙で居場所を知らされる、なんてもう嫌だよ……」

「……」

 少年少女が口々に言い、リオンは押し黙った。族長が黙ったのを見て、三人はそのまま外へとヨシを追いかけて行ってしまう。そしてワクァはと言えば、どう動いて良いものかわからず、再びそこにすとんと座り込んだ。そんなワクァに、ウルハ族の族長が優しく問うた。

「ワクァさんと仰いましたか。私はウルハ族の族長で、ショホン=シルトと申します。……改めて、ようこそウルハ族の集落へ。お立ち寄り頂いたからには、何か理由があっての事でしょう。今、その理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 丁寧な物言いに、ワクァは顔を上げた。すると、その視界の中にリオンがズイッと顔を割り込ませてくる。

「そうそう。ついでに、何でうちの娘と旅をしてるのかも説明してくれねぇか? 事と次第によっちゃあ、戦闘民族であるバトラス族を敵に回すと思って心して喋れよ?」

 顔は笑っているが、目は笑っていない。かつてない程のプレッシャーを感じつつ、ワクァは口を開き今までの事を話し始めた。

 タチジャコウ家の傭兵奴隷であった事。暇を出されたのとほぼ同時にヨシに拾われ、成り行きで共に旅をするようになった事。そして、僅かながら記憶に残る母の歌と同じ歌が聞こえてきたためにこの集落へ立ち寄った事。

「……成程な」

 全てを聞き終わり、リオンは難しそうな顔をして呟いた。

「つまりお前にとっちゃ、その歌が今んトコ親を探す為の唯一の手掛かり、っつーワケだ」

「……はい」

 表情を硬くして頷くワクァに、ショホンがゆっくりと言った。

「ワクァさんが耳にされた歌は、ウルハ族に昔から伝わっている子守歌ですから、この歌をお母様が歌っていたのであればそれは確かに手掛かりの一つとなり得るでしょう。ですが……」

 言葉を切り、ショホンは僅かに顔を暗くした。その顔に、ワクァの顔にも不安が宿る。

「私が管理しうる限り、ここ数十年もの間にウルハ族内で行方をくらませた者はいないのです。十数年前にワクァさんと同じ年頃であった子どもは勿論、ワクァさんの親となり得る歳の男女でも……」

 つまり、奴隷商人に攫われた子どももいなければ、身籠ったまま行方不明になった、もしくは行方不明後に外の世界で誰かと結ばれて子を授かった若者もいない、という事だ。

「ですから、申し訳ないのですがワクァさんはウルハ族ではない、という事になってしまいます。ただ、その髪の色や体躯、更にウルハ族の子守歌を聞いた事があるという事から考えますと、ウルハ族の血が混ざっている事は充分に考えられると思います。我がウルハ族は、他民族との婚姻を禁じてはいませんので……他部族の方と結ばれて集落を出て行く者も少なくはありません」

「……わかり、ました。お話、ありがとうございました……」

 表情を暗くしたまま、ワクァはスッと立ち上がった。折角手掛かりが得られる、上手くいけば両親と対面できるかもしれないと思っていただけに、失望は大きい。ヨシに自分がバトラス族である可能性を否定された時すら、ここまでショックは受けなかったと思う。

 そう言えば、タチジャコウ領で初めてまともに話をした時、ヨシは考える素振りこそ見せたものの、はっきりと「ワクァはバトラス族ではない。血が混ざっていたとしてもそれはご先祖にバトラス族がいた程度」と言い切っていた。今思えば、言い切れてもおかしくはなかったのだ。自分自身がバトラス族だったのだから。

 暗い表情でテントから出て行こうとするワクァに、ショホンが声をかけた。

「あ、ワクァさん。ちょっと……」

「? 何か……?」

 顔を暗くしたまま問うワクァに、ショホンは少しだけ迷うような顔を見せた後、思い切ったように言った。

「少し……お付き合い頂けませんか?」

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