第4話
ケース4『ニート』
俺は引きこもりだ。ニートだ。
ずっと働いていない。親が死んだら……親の金がなくなったら、お終いだ。
大学を卒業して、割と大きな企業に就職しようとして、面接で落とされてそれっきり。三十五になった。
今更、就職なんて出来ない。しようとも思わない。
でも、俺って勝ち組じゃね? この年までずっと遊び続けてきたんだぜ。
普通に働く人が、週に二回しか休めないとして。年間で百日、休みがあったとする。
十三年間遊び続けた俺は、四千日以上も休んだのだ。普通の人が、四十年働いて得る事が出来る休みを味わったのだ。
だから、満足した。
俺みたいな人間は死ねばいい。
死ねば親も楽になれる。余計な食い扶持を、これ以上は抱え込まなくても良くなる。
俺はなんで生きているのか、分からない。
子供の頃には、人並みに夢が一杯あった筈だ。
学校の先生。宇宙飛行士。警察官。漫画家。
学校の先生は人に教えるのが上手い人間がなる仕事だった。
人と接する事が苦手な俺には向いていない。
宇宙飛行士なんて、それこそ無理だ。日本人の中でも、一握りしか行く事が出来ない。
知識、体力、全てが高レベルで要求される。
警察官だって、荒事がつきものだ。事件や事故現場に行けば、血を見る事もあるだろう。
俺みたいなひ弱な人間には向いていない。
犯人を取り押さえようとしたら、逆にやられてしまうだけだと思う。
壊滅的に絵が下手くそな俺では、漫画家なんて夢のまた、夢だった。
何の特徴もない絵。身体を書いてもバランスが悪く、ただ立っているだけの絵。
何にでも成れた筈なのに、何にもなる事が出来なかった。
夏休みの宿題を、最後まで残すタイプだった。
勉強が嫌いで、ゲームばかりやっていたっけ。
そんな訳で成績はどちらかと言えば、下から数えた方が早かった。
こんな俺でも、仕事を選ばなければ就職出来た筈だ。
工場は嫌だ、介護何てゴメンだ。飲食系なんてブラックだ。そればっかりだった。
若いから、まだいけると思っていた。先延ばしにしてばっかりだった。
まだだ、まだ俺が本気を出すところじゃない。
いつの間にか若くなくなっていた。
家の外に出るのも億劫だ。家族以外の会話は、店のレジでお金を払う時ぐらい。
他人との会話が分からない。何を話していいのか、何を話せば良いのだろうか。
使い道が分からない、ネットの雑学。
増えていくのはそればかり。
俺なんかが、働くことの出来る場所なんて存在しない。
安楽死施設――
健康な者でも、死を願っている者であれば受け入れてくれる、優しい施設。
なんて酷い施設だろうか。人の命を何だと思っているんだっ!
そう、憤る人が居る。
安楽死させるのなんて、治る見込みのない重度な病人だけで良いじゃないかっ!
正論を振りかざす者が居る。
安楽死施設は、自殺者にとっては救いの場所だ。
この施設が出来た事で、マンションからの飛び降り、電車への飛び込み、家での首つり自殺、薬物の過剰摂取による自殺。
多くの自殺が減った。
薬で眠らせてくれて、いつの間にか殺してくれる。
夢のような施設。
自殺志願者が踏み切れないのは、死ぬのが怖いからだ。
痛い。苦しい。失敗したら、どうしよう。
自殺で失敗して生き残った場合、保険は適用されない。
マンションから飛び降りれば、マンションの住人から売れなくなったと苦情が来る。電車に飛び込めば、多くの人の予定が狂い、鉄道会社にも迷惑を掛ける。
家での首つり自殺だって、賃貸マンションなら持ち主に迷惑を掛けるし、家族と同居をしていれば、家族に自分の首つり死体を晒す事になる。
薬物の過剰摂取は失敗が多い。失敗した場合、身体に不調を来たす事が多い。
安楽死施設によって、死にたい者は確実に死ねるようになった。
安楽死施設が出来たせいで、息子が死んでしまったっ!
そう嘆く母親も居た。
その通りかもしれない。施設がなければ、その息子は嫌だ嫌だと思いながらも、生き続けたかもしれない。
それは本当に幸せなんだろうか?
身体が健康でも、心が死んでいるかもしれない。
楽しくない毎日を送り続けるだけの日々。
そこに意味はあるのだろうか。
生きてさえいれば、他はどうでも良いのだろうか。
俺に正しい答えは分からない。働いていない俺が、偉そうに言える台詞でもない。
俺の言葉なんて、説得力はないから。
人の心は見えない。
他人からしてみれば些細な悩みでも、本人からしてみればとてつもなく重たい場合もあるのだから。
両親にはごめんなさい、今まで育ててくれてありがとうございました。
そう、手紙を置いて、俺は安楽死施設に向かうために、家を出た。
ニートの俺にハッピーエンドは相応しくない。
こんな、体重三桁の俺はもう、死ぬしかない。
俺は笑顔を浮かべる。
死にたい奴が死ねる。
そんな世の中に、乾杯だ。
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