(6) 侵入者

 水鶏はベッドに腰を掛け、目を閉じた状態で彼らが来るのを心待ちにしていた。

 能力者に感じ取ることのできる抽象的なを感じとるべく、神経を研ぎ澄ます。


 まだか、まだか。そう思っていたのも束の間。

 夜の八時を過ぎてしばらく経った時。彼らのを感じた。


 二人、だろう。

 真空の風のように捉えどころのない気配は、喜多野風風羽。

 もう一つは、別方面からここにやってくる、ピリッと辛い辛子のような気配。これは中澤ヒカリだったはず。


(野崎唄は?)


 もう一人いるはずだ。

 『怪盗メロディー』の顔であり、二つの能力を持つ少女――野崎唄が。


 彼女の気配はきちんと遮断されているためか、感じとることができない。まさか、彼女が来てないわけはないだろう。


 水鶏は目を開けた。

 「よいしょ」と、立ち上がると、そのまま部屋から出て行く。


 彼女は気分を変えるために、巫女装束を身にまとっていた。ピンク色の髪の毛は普段通りツインテールにしている。我ながらこの格好は似合っていると思う。



    ◇◆◇



 琥珀は、自室で紙を並べていた。ただの紙ではない。琥珀の使う、を封印して閉じ込めてある、式神だ。

 一枚一枚を大切に束ねると、机の端に置いておくことにした。


 琥珀は物心がついた時にはもう異能を持っていた。その異能は、彼が意識していないうちに暴走することがあった。児童養護施設の職員に「紙に封じ込めておくといいよ」と言われたこともあり、彼は空想の生き物を式神に封じ込めることを覚えたのだ。


 この異能が、陰陽師が使うものだと知ったのは、もっと後になってからだ。

 小学校でいじめの標的にされてから、琥珀は学校には行かずに一人で遊ぶような毎日を送っていたそんな折、施設に置いてあるたくさんの本の中から、陰陽師の本を見つけて読んだのがきっかけだった。


 今まで自分の力が何なのかわからず不安に思うこともあったけれど、琥珀は自分の能力の本質に触れた気がして非常に喜んだ。嬉しくて施設の職員にも伝えたのだが、曖昧に微笑まれただけだった。今ならその意味も分かる。施設の職員は、陰で琥珀の能力を嫌っていたのだから。


 自分の能力を知った琥珀には、懸念していることがあった。

 それは自分の異能のことで――彼は、陰陽師の力を誰かから教わったわけではない。


 琥珀は児童養護施設の前に捨てられていた、どこの子かもわからない孤児だ。

 そんな彼が自分の本当の能力を知っているわけはなく。

 彼は、独学で覚えた陰陽師の力に、翻弄されることがたまにあった。

 たとえば、式に魂が吸い取られる思いがするような……。事実で表すのであれば、酷く体力を消耗していることがある。


 昨日、保健室で目が覚めた後、自分の教室の戻った琥珀は、「またか」と思った。


 しかも保健室では、あの『怪盗メロディー』の三人に、自分の無様な姿を見られてしまい非常に悔しい思いもした。


「くっ」


 奥歯を噛み締め、琥珀は立ち上がると、寝る準備に取り掛かった。

 いくら粋がっていても、彼はまだ十四歳の子供なのだ。この時間になると、眠気に襲われる。


 ふと視線を上げた。


(気のせいか)


 この屋敷の周囲に貼ってある結界に、何か引っかかった気がする。

 そこまで高度な結界ではなく、侵入者を感知するだけのささやかな結界である。猫や鳥にも反応することがあるので、完璧な結界とは呼べないのかもしれない。


 少し迷ったが、念のために確認することにして、琥珀は部屋から出て行った。その前に束ねてある式を一枚だけ抜き取り、懐に納めるのを忘れずに。



    ◇◆◇



 屋敷の周りは生垣に書きこまれていた。

 風羽が軽く生垣に触れると、眉を潜める。


「結界が張ってあるね。侵入者を感知するタイプかな。これで、僕たちが侵入した瞬間、彼らにバレることになるよ」

「ちょうどいいわ。早く決着をつけて、帰りましょう」

「そうだね」


 風羽が右手を差し出してくる。

 唄は左手で差し出された手を握ると、体を軽くするために【軽業】の力を解放した。


 ふわりと、二人の体が風に持ち上げられるように宙に浮く。

 生垣より高く浮かぶと、唄と風羽はそのまま屋敷の庭に侵入することに成功した。


 無事に着地したことを確認すると、唄は【軽業】の能力を解除した。風羽と繋いでいた手も放す。


 風羽は無言で前を見据えていた。

 唄も視線を上げる。


 二人の視線の先。そこにいたのは、不敵に笑う紫の瞳の少女、山原水鶏だった。

 彼女は、なぜか巫女服に身を包んでいる。



「こんばんは、『怪盗メロディー』のお二人さん。お待ちしておりました」


 丁寧な口調で水鶏が腰を折り挨拶をする。

 その口調が作り物だと知っている唄と風羽は、警戒を解くことなく彼女の挙動を見逃さないように、相手を見据えた。


(もしかして、あの手紙は罠?)


 偶然ではないだろう。驚いた様子のない水鶏の挙動からすると、待ちかまえられていたと解釈する方が自然だ。


 ふふ、と水鶏が微笑み、踵を返した。

 彼女は玄関に向かうと、引き戸を開けて中に入って行く。


 暫く開いた扉を眺めていると、顔を出した水鶏が、手でおいでおいでするように、入ってくるのを催促してくる。


 唄は風羽と顔を見合わせた。

 確実に誘われている。

 このまま誘いに乗ってどうなるのかはわからない。昨日貰った手紙の内容のこともあり、唄たちは迷った。


 唄たちは『風林火山』の目的を確かめるために。彼らに、『虹色のダイヤモンド』を盗ませないために。また、明日、無事に『虹色のダイヤモンド』を手に入れるために。ここまで交渉しにやってきたのだ。

 何もせずして、帰るわけにはいかない。


 風羽が先に確認するために開いている扉を越えていく。


「唄」


 呼びかけられて、唄も風羽に続いて中に入って行った。

 スリッパが揃えられておいてある。

 ますます怪しいと思いながらも、風羽が先に家に上がっていくので、唄も続くことにした。


 念のために、引き戸は開けたままにしておく。

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