(6) 一通の手紙と目的
「あれ? ヒカリは?」
図書室。日差しの差し込まない奥まった席までやってくると、風羽が眼鏡をくいっとしながら問いかけてきた。
「まだ来てないわ」
「……僕より先に教室を出て行ったと思ったのだけど。後から来るのかな」
「わからないわね。でも、昼休みの時間も限りがあるのだから、先に話を始めましょう」
「そうだね。結界も張っておいたよ」
「いつもありがとう」
風羽が椅子に座ったのを見計らい、唄は話を切り出す。
「それで今朝言っていた話ってなんなのかしら?」
「まずは水鶏の情報からだね」
懐からスマホを取り出し、画面を仰向けに唄に見せてくる。
「山原水鶏? 本名だったのね」
「そうみたいだね」
「て、Cクラスなのね」
「来る前に覗いてきたのだけど、水鶏らしい姿はなかったよ。C組の生徒にも聞いてみたけど、今日は来てないって」
「そう。情報が訊きだせるかと思ったけど、そううまくはいかないものね」
「あとで琥珀のクラスにも覗きに行こうと思うんだけど」
「中等部に高等部の制服を着たあなたがいたら、さすがに目立つと思うから、止めた方がいいわね」
「うん。僕もそう思った。今朝のことを考えると、琥珀も早退している可能性が高いし。……あとは、これ」
そう言って風羽が取り出したのは、一通の封筒だった。
「手紙?」
「今朝、僕宛てに届いていたんだ。とりあえず、中身を見てくれないかな?」
封筒の風羽はもう開いていたので、中から二つに折りたたまれた紙を取り出すと、ゆっくりと開く。
手紙の内容は、目を通してすぐに理解できた。
だけどあまりにも驚愕する内容に、唄は震えた声を上げる。
「なに、これ」
「内容の通りだ。あちらがどれだけ本気かはわからないけど、厄介なことになるよ」
唄は、もう一度手紙の文面に目を通しながら、それをゆっくりと朗読する。
「『喜多野風羽様。並びに、怪盗メロディーの皆様。ワタシは、風林火山の瓦解陽性と申します。短刀直入に申しますと、このままアナタ方が虹色のダイヤモンドを諦めない場合、土曜日の昼、僭越ながら我々が虹色のダイヤモンドをいただきに参ります。明日までに、良いお返事がいただけることを心待ちにしております』――って、ふざけるんじゃないわよ」
「唄」
宥めるような風羽の声。だけど、一度頭まで上がった血は、なかなか下がらなかった。
「こんなこと、絶対にさせないんだからッ」
「そうだね。けど、これは本当に厄介だ。なんせ、もし風林火山が『虹色のダイヤモンド』を先に盗んだら、その汚名はきっと怪盗メロディーに擦りつけられるだろう。予告状の時間を守らないのは、怪盗失格、だとね」
「そう、よね。その前に止めないと。また、『怪盗メロディー』の名に傷がつかないように」
二年前、虹色のダイヤモンドを盗むのに失敗した『怪盗メロディー』は、一時ネットやテレビで散々馬鹿にされたことがあった。そのあと唄とヒカリが『怪盗メロディー』の名を継ぎ、予告状通り宝石を盗みだすことにより、なんとか汚名返上することができた。けれど、もう一度怪盗らしからぬ出来事が起こったら、今度こそ『怪盗メロディー』の名は永遠に笑い物にされるだろう。
そういうものなのだ。『怪盗』という夢を語り続ける限り、そのような恐怖が常に付きまとう。
「そんなことにならないように、まずは敵の住処を見つける必要がある。水練が言うには、明日までには見つけられるということだから、明日、決着をつけようと考えているんだ」
「今すぐ乗り込んで真実を確かめたいのは山々だけど、そうよね。逸りすぎるのはよくないわね」
「そうだ」
「明日。絶対に訊きだして見せるわ。どうして、私たちの邪魔をするのか……どうして、『虹色のダイヤモンド』を盗んじゃいけないのか。こうなったら、乗り込んで暴き出すしかないじゃない」
そうと決まれば、今後の予定だ。
休み時間も残り少ないので、いったん話し合いをやめて教室に戻ることにした。
◇◆◇
「へぇ、そうなんやねぇ」
楽しそうに水練が囁く。彼女はパソコンに顔を向けたままだ。
水練の背後に立つ風羽は、軽くため息を吐いた。
「それで、順調なのかい?」
「あいつらの住処のことか? なら、簡単や。山原水鶏の実家から調べたらすぐやろ」
「もしかして、もう見つかった?」
「ん? 今夜探そうと思っとるから、まだや」
「今から探したらすぐにわかるってことかい?」
「今は別のことしとるからなぁ」
「何を探してるんだい」
「なんや、いろいろ面白い情報が得られたかなぁ。あたしがまだまだ知らない異能がわんさかあるし、それらを調べとるんよ」
「例えば?」
「陰陽師とか」
ほうっと、風羽が目を少し見開く。
「それは興味深いね」
だが、水練は唸るような声を上げた。
「ん~。そうなんやけどね。なんというか、わからんのよ。詳しいことが。調べたらそれだけ惑わされているような感覚や……。これは骨が折れそう」
「そう、頑張って。何かわかったら教えてよ」
「情報料は高いで~」
「価値があると思ったら買うよ。ただ」
風羽の言葉の続きをいち早く悟った水練が、茶化すように続ける。
「あんたの兄が情報屋だから、必要ならそっちで調べるとか言うんやないよなぁ」
「やっぱり君は知っていたんだね。そうだよ。兄さんが情報屋をしているから、必要とあればそちらで調べてもらった方が、楽だ」
「あたしのことは信頼してくれんのやな」
「それとこれとは話が別だ。少なくとも君は……唄やヒカリからは信頼されているよ」
いくら不登校少女といっても、水練の頭の回転は速い。風羽の言葉に込められた意味を悟り、彼女は呆れたようにため息を吐いた。
「なんや。つまらんな」
そしてまるで今思い出したかのように、彼女はからかうよう口の端を吊り上げた。
「あたしは、父が刑事だということ隠して唄に近づいたあんたのことを、信用はしているよ。だけどね、やっぱり不可解なんだよねー。あんたがどうして唄の手伝いをしているのか。それだけは、いくらあたしでもわからんからなぁー」
沈黙が返答だった。
「なんや、やっぱりそれは教えられんのか。面白くない」
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