(2) 暗い暗い夢の中・上
暗く寂しい闇の中、琥珀は目を覚ました。
周りを見渡すが、光の存在しない闇の濃い空間は、前を向いても後ろを見ても存在するモノは何もない。いや、見えないといった方が妥当だろう。
「ここはどこだ」
乾いた口から声を出す。
いやに懐かしく、湿った空気に寒気がする。
「結界、か。でも、結界の気配は感じない」
結界を張ることができる琥珀は、結界の気配をある程度感じ取ることができた。
「どこかの部屋の中に、閉じ込められているのか」
でもなぜだろうか。この空間は寂しい懐かしさに満ちていた。まだ彼女が傍にいた頃、独りぼっちで取り残された日々に似ているようで――琥珀は、知らないうちに蹲っていた。
ブン、と空気が震える音が響く。
顔を上げると、空間にぽっかりと白いスクリーンが現れていた。
もう一度空気が震える音が響き、スクリーンに映像が映る。
『あはは』
『何こいつ髪の毛黄色いんだけど』
『えーほんとだ、気持ち悪い。もしかして能力者だったりして』
『だとしたら最悪だよなぁ。能力者は能力者の学校に行けっての』
『あはは言えてる』
『きも』
『それは言っちゃだめだよー』
思い出したくもない記憶が、スクリーンに映っている。
あれは小学生の時だった。琥珀は異能力者だということを隠して、普通の小学校に通っていた。だけど隠すのは無理だと、一か月もしないうちに気づいた。琥珀の髪の毛は黄色で現実にあり得ないような色をしており、瞳の色はくすんだ灰色だ。目つきが悪く、琥珀はすぐにいじめの標的にされてしまった。施設の職員と約束していたため異能は使わなかったが、琥珀はほとんど小学校に通うことなく六年間過ごした。施設の職員も、琥珀の容姿と能力のことを知っていたため口出ししてくるようなこともなかった。
(くっ、貴様らなんて能力が無いくせに、ただの無能力者のくせにッ。ボクのほうが強いんだ。貴様らなんかに負けるわけ、無いんだ)
琥珀は立ち上がると、白いスクリーンに流れる映像から逃れるようにその場から走り去る。
◇◆◇
「こいつ大丈夫なのかな。すごい汗かいてるけど」
「先生はいないのかしら」
「どうやら会議中みたいだよ。早朝だからね、生徒がこんな早くから来ること予想していないんだろう」
心配そうにヒカリがベッドに寝かせた琥珀を見下ろす。その後ろで、後からやってきた唄と風羽が話していた。
(どうしてこいつら二人でいるんだ)
無性に気になったが、ヒカリは気にしないことにして目前の出来事に目を落とす。
ベッドの上では、琥珀が荒い息を吐きながら寝苦しそうに体を横たわらせている。大量の汗により琥珀の着ているシャツがべっとりと肌に張り付いていた。
「これ、ただの風邪じゃないよなぁ。いったいどうしたんだろ」
「……敵の心配かしら」
「敵だとしても、同じ学校の生徒だろ。心配するのは当たり前だ。それはどっちでもいいんだけどさ、これはさすがに危なくないか。保険医の先生まだかな」
「……これは風邪じゃないかもね」
風羽の呟きに唄が反応する。
「というと?」
「もしかしたら、異能の使いすぎによる疲労かもしれない。まだ体ができていない十代の内に異能を使い続けると、稀にこうなることがあると習った覚えがある。彼は二つ異能を持っていると言ったね。ということは、彼は人より異能を使用する頻度が多いということである。異能をむやみに使うのは禁止されているけれど、それをすべて抑制することはできないからね。仕事や日常で使っている人もいるから。――話が逸れたね。彼は陰陽師だと言っていたけど、それにしては伝え聞いていた陰陽師とは少し違う術を使っていると僕は思うんだ。もしかしたら、琥珀はまだうまく能力を扱うことができないかもしれない」
「後遺症ということね」
「そうともいうね。……昨日僕たちが尾行をした影響かな。空想結界も使ってたからね」
「……誰が悪いかなんて話しても無意味よ。これは琥珀自身の問題なのだから。異能を上手く扱えない癖に、むやみやたらと使うからよ」
「そうだね。そもそも、先に手を出してきたのはあちら側だ。僕たちが気にやむ必要はない」
風羽がため息をつく。
それを聴きながら、ヒカリはぼんやりと考えていた。
(……琥珀も……風林火山も何か目的があって『虹色のダイヤモンド』を盗もうとする俺らを邪魔してるんだろうなぁ……。その目的って何だろう)
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