第27話 各々の努力
「ここまで出来ているのならかなわないね……。予定より一ヶ月ほど早いんだけど、君の修行を次の段階へ進めたい。どうかな、異論はない?」
グランノーデルが大剣を振り回すダグザに聞いた。
彼は表情をパッと明るくさせ、大剣を地面に置いた。砂埃が舞い上がる。
「もちろんです!」
「ったく……末恐ろしいな……。じゃあ今君が行っている、
呆れ顔で言ったグランノーデルの言葉に、彼は少々ながら身体を強張らせた。
「別に怒ってるわけじゃない。どのみちもう手遅れでもあるし。魔力の修行の進行度を知りたいだけだよ」
その意図を汲み取ったのか、グランノーデルは比較的優しめな口調で述べた。
「えーっと……丁度今魔力を身体の一部分に集中させる練習をしているところですかね。あ、あと魔力弾を複数同時に操作する練習も一応」
「わかった。かなり都合がいい。ちなみにそれは甲冑を着たまま
ダグザは硬い胸当てを自分の拳で叩き、頷く。
「もちろんです! このまま寝たこともありますよ」
「脱ぐのが面倒なのはわかるが、寝るときは脱いだ方がいいよ。臭うからね」
次の段階へと進んだ修行の内容は、ダグザが今まで行ってきた魔力操作の、いわゆる応用編と言ったところだった。
「もう君は身体の中で自由に魔力を動かせると思うんだけど、今回はそれらの活用の仕方、"技"を教えるよ」
「はい!」
「まず魔力を集めるという行為は集める部位によってかなり意味が変わってくる。今から教える技術はすべて、魔術に分類されているよ。一つ目は『
「話を聞く限りはそこまで難しくなさそうですけど……」
ダグザは苦い顔で言った。
「慣れるまでは少し面倒かもしれないね。まあ最初は僕が君の身体に触れるから、そこに瞬時に魔力を集中させられるようにしよう。
魔力を打ち込むのはそれが出来てからだね。この修行中は甲冑を脱いでやった方が良さそうだ」
そう言ってグランノーデルは、甲冑を脱ぎ終えた彼の肩、胸、腹、太もも等をランダムで軽く触れていった。
「少し遅いね。当たった瞬間ノータイムで集中させて」
「はいっ!」
ダグザの額から汗が滴る。
思った以上にきつい鍛錬になるな、と彼は甘く見た自分に喝を入れた。
ゆっくりとした動きに慣れてくると、グランノーデルは徐々にスピードを上げていった。
(左肩、右胸、腹、右胸、右横腹、右膝、……っつ……!)
「ぐぁっ!」
ある一定の速さまで上がったところでダグザの
「まあ、頑張った方だね。触れてからの反応速度も申し分ない。そしてここからが本番だ」
「……本番?」
ダグザは言葉の意味がわからず、首を傾げた。
「息はだいぶ整ったね。
「わかりました」
彼がそう返事をした瞬間、グランノーデルの拳が空気を切る音が耳元で聞こえた。
初め、状況をつかめなかったが右肩を触れられたのだと後からわかった。しかし、それを認識する頃には別の箇所、また別の箇所に触れられていく。
「速……すぎる……」
「これがこれから君が戦っていく世界のレベルだ」
グランノーデルが高速での猛攻を止め、口を開いた。
途端に彼の顔から血の気が失せる。
「そんな……、打撃を見てからじゃ追いつかないですよ」
「その通り。
彼は少し悩んだ後、自信なさげに言う。
「予測……する?」
「それも一つの手だ。相手の攻撃の予備動作で魔力を集中させる箇所を先回りしておくんだね。でもそれなら手に魔力を集めてガードしておけばいい。違うかな?」
「……確かに」
「あくまでもこの技術は、攻撃をもらってしまった時の対処法なんだよ。だから行き着く先は決まっている。……君はこれを、無意識下で行えなければいけない。それもかなりの疲労を抱えた状態でだ」
グランノーデルの言葉を飲み下すように、ダグザはしばらく黙り込んで、下を向いていた。
その姿が落ち込んでいるように見えたのか、グランノーデルはおもむろに口を開く。
「他の手がないわけじゃないよ。『
「あの……」
ダグザの固く結ばれた唇が緩み、たどたどしい言葉が綴られていく。
この時の事をグランノーデルは後々思い出すことになるのだが、その度に鳥肌が立ったという。
「どうすれば無意識下で『
純粋無垢で、真っ直ぐな彼の眼差し。どんな悪人でさえもこの目の前では懺悔してしまうだろうと、グランノーデルは少々の神々しさに似た感覚を味わっていた。
「それは……やっぱり……ひたすら修行、かな」
それを聞いたダグザは満面の笑みでこう述べる。
「よかったぁ……」
普通、人は間近に達成感が味わえるものがないと、目標を明確に保ち続けることは困難だ。
先の見えないトンネル。
真っ暗闇を手探りで進んでいく感覚。
いつ達成できるか、もしくは本当に可能な目標なのかも曖昧ならば尚更だ。
それなのにダグザ=ヴェルターが脇目も振らずに走り続けられている理由、それは彼の見据える先に遠ざかっていく一筋の光。
走り続けていなければ見失ってしまうかもしれない。その光は彼に追いつかれ追い越されるその日まで、彼を導き続けるだろう。
競技会までの間、彼のパートナーであるマーベルも当然自身の能力の向上に努めていた。
彼女にもヨンと同じように、専用の訓練場があり、より魔法に対する強度を高めているスペースで伸び伸びと修練が可能だ。
以前は気まぐれ、もとい気晴らしに他の生徒も使う運動競技場で特訓していた。
「訓練は捗っているかな? ムーンライト君」
部屋の中央、瞑想のような格好で、十八の魔力弾を別々に操作していたマーベルが思わぬ来客に作業を中断する。
「アズマ様っ! いかがなさいましたか?」
幼い天才少女は、年相応の顔になってアズマに駆け寄った。
「なに、少し愛弟子の様子が気になっただけじゃよ。そなたは本当に、努力を惜しまないいい子じゃ。賢人となり、皆を先導する日もそう遠くはないじゃろう」
「そんな……私なんてまだまだです……」
言葉とは裏腹に彼女の頬は赤く染まり、無意識のうちに笑みが浮かんでいた。
「そうだ……アズマ様……、一つ、ダグザさんの事で気がかりなことがあって……」
「『セントラル』でのゴタゴタじゃろう?」
「はい……」
マーベルは自分のミスを悔やむように、言葉を続けていく。
「……ダグザさんには少し……荷が重かったでしょうか? 私が頼んでしまったばっかりに……」
アズマは彼女を包むような優しい眼差しで見つめた後、ゆっくりと話し始める。
「ヴェルター君を……何より、彼を選んだムーンライト君を、もう少し信じてみてはとわしは思うよ……君自身、彼に何か光るものを感じたのではないのかな?」
マーベルは少し不服そうに頷いた。
「まあ期待しているのはわしの方……なのかも知れんがの……」
老爺の一言は修行に戻った少女の耳には届いていなかった。
競技会まで残り九ヶ月ほど、各々の努力はまだ始まったばかりだ。
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