第一話「浪人の……」 後編
井戸に入り下まで降りると、そこには広い部屋があり奥の方に祭壇のようなものがあった。
「寺の下にこんなところがあったとは」
「お侍様、あそこに!」
弥助が指すところを見ると、祭壇のそばに大勢の女性が縛られて寝かされていた。
「すぐ助けないと」
「待て、何かいるぞ」
浪人がそう言うとたくさんの黒装束の男達が突然出てきた。
「結構な数だな、おそらく皆妖魔に憑かれてるのだろう」
「どうしましょう、数が多すぎますよ」
「拙者が奴らを引きつける。弥助は女達を」
「そんな! 無茶ですよ!」
「いいから早く行け!」
そう言って浪人は黒装束集団に突撃していった。
「お侍様……」
弥助は浪人の無事を祈りながら女達のところへ走って行った。
そして妻のおなつを見つけて抱き起こすと
「おい、しっかりしろ!」
「う、あ、あんた」
おなつは目を覚ました。
「気がついたか、すまねえ、俺が馬鹿なせいで」
「いいのよ、こうして来てくれたんだし」
その時
「フフフ、感動の対面は済んだかね?」
「誰だ!?」
弥助が振り返るとそこにいたのは黒い服を着ている男。
黒い長髪で目が異様に赤かった。
「私は瑠死符亜団総帥の
その男、叉丹が名乗った。
「な、なんで女達を? まさか本当に何かを呼び出すための生け贄に?」
「む、なぜ知っている? まあいい、その通りだ。かつて最凶と恐れられた魔王を蘇らせ、この世を闇で覆う為にな」
「だから何なんだその展開はーーー! これはどらくえではなくて和風の昔話だろがーーーーー!」
浪人は黒装束集団をなぎ倒して二重の意味で突っ込んできた。
「知らん、文句は書いてる奴に言え。しかし一騎当千の我が部下達をたった一人で全滅させるとは」
叉丹は驚きの目で浪人を見ていた。
「はあ、はあ……疲れた」
浪人は息を切らせていた。
「そうだ。お前も我が部下にならぬか? そうすれば何でも思いのままだぞ」
叉丹が浪人を誘うが
「断る! いくら拙者が貧乏浪人でもお前のとこになぞ仕官したくはないわ!」
「そうか、お前ほどの強者を殺すのは惜しいがしかたない、死ね」
叉丹は妖術で炎を作り出し、それを浪人に放った。
「うわっ!?」
浪人はなんとかそれをかわした。
「フフフ……いつまで持つかな?」
叉丹は攻撃を続けた。
「お侍様……」
「あんた、どうしよう?」
弥助とおなつはとっさに離れたところに逃げ、そこで様子を見ていた。
「他の皆さんも助けないといかんが」
「無理よ。あれじゃ近寄れないわよ」
二人が女性達のそばで戦っているのでとても近づけない。
すると
「おや、あそこにおったんか」
「!?」
後ろから声がしたので振り返ると、そこには旅の坊さんみたいな老人が立っていた。
「な、なんだあんたは?」
「ワシはあそこにいる、おあさという娘の知り合いじゃ」
「は?」
「ワシはとある村に住んでいてな、おあさにはいろいろ世話になっとったのじゃ。時は流れ、おあさは縁あって隣村に嫁いで行ったが、お祝いもそれまでの礼もしとらんなと思い、こっちから会いに行ったんじゃがおらんかった。どうしたんじゃ? と思ったら何者かに攫われたというから探しとったんじゃ」
「そうでしたか。ってよくここがわかりましたね?」
「いや、何か妖かしの力に妨害されたのでなかなか見つけられんかった。だがあの浪人殿が刀を振るってくれたおかげか、妖かしの力が弱まり気配を感知できた。だからここに来れたのじゃ」
「……あの、あんた何者?」
「ふぉふぉ、まあそんなことより女達を助けんとの、ほっ」
老人は宙に浮かび、あっという間に飛んでいき女達を全員担いで戻ってきた。
「さて、これでええかの。あとは、ほい」
そう言って持ってた錫杖を振ると稲妻が落ち、
「がああ!?」
叉丹は稲妻の直撃を喰らい怯んだ。
「今じゃ!」
「はああああ!」
浪人は叉丹に上段斬りを喰らわせた。
「うぎゃああああああ!」
叉丹は真っ二つに斬られて消滅した。
そして
「ありがとうございます。おかげで妖魔を討ち取る事ができました」
弥助から事情を聞いた浪人は老人に礼を言った。
「いや、ワシにしてみれば人探しのついでなだけじゃからの、礼にはおよばん」
「そうですか。ところであなたはいったい?」
浪人が聞くと
「う、うーん」
一人の女性が気がついた。
「おお、おあさ、気がついたかね?」
どうやらこの女性がおあさらしい。
「え、あなたは?」
「わからんか? おあさには随分世話になったの。いつもお供えを持ってきてくれたり、たまに汚れた体を拭いてくれたりとしてくれたのう」
「え? まさか……里のお地蔵様?」
「そうじゃ」
「またお地蔵様か……」
浪人はそう呟いた。
「お地蔵様、ありがとうございます」
「いや、ワシはあまり何もしとらん。妖魔をやっつけたのはそこの浪人いや、
「え、なぜ拙者の名を!?」
「ワシは地蔵じゃぞ。人の心くらい読めるわ」
「あのお地蔵様は読めんかったが……」
「先代の地蔵は長い間お参りされることもなくほったらかされたておったでの、本人も気づかないくらい弱ってたのじゃろて」
「先代の? はっ? あなたまさかあの村の? そういえば魂がどこかへ行ってると言ってたが、そういう訳か」
「そうじゃ、ワシがその時におったら大騒ぎにならずに済んだの、村人達には申し訳ないことした」
「いえ、それはしかたないですよ」
「では皆を帰すとするか、はあっ!」
お地蔵様が気合いを入れて錫杖を振ると女性達が消えた。
「これで皆それぞれの里に戻ったぞ」
「それはよかった」
「ああ、そうじゃ彦右衛門殿。さっきの戦いのせいであなたの着物がボロボロになっとるから直してやろう。はっ!」
お地蔵様はそう言って錫杖を振ると、彦右衛門が来ていた着物は綺麗になった。
「おお、まるで新品のようです、ありがとうございます」
「ついでにどんな攻撃や妖術にも耐えられるよう、力を込めといたぞ」
「ありがとうございます。……このお地蔵様はちゃんと説明してくれる」
「さてワシも帰るとするか、ではな」
そう言うとお地蔵様も消えた。
「お侍様、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
弥助とおなつは彦右衛門に言った。
「二人共仲良くな」
「はい」
「それでは達者でな」
こうして彦右衛門は再び仕官先を求めて旅立って行った。
果たして仕官先は見つかるのか。
そしてこれから先も何か不思議というか訳のわからん事に巻き込まれるのか。
とある浪人石見彦右衛門の不思議道中記はまだまだ続きます。
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