第10話 人間界のトロルは魔王の救世主だった
早々と帰ってきた俺は特にする事もないし、その辺あんまりいじるとナオが怒るんで、ナオの本棚の本を片っ端から読んでいた。
当然だけど、音楽関係の本がぎっしり詰まってる。読んでいて気が付いたんだが、音楽ってのは数学で物理で芸術でパズルだ。……などと言ったら音楽やってる人にブチ殺されるかも知れない。けどトーシロの俺から見たらそのように見えたんだからしゃーない。
特にこの本、楽曲分析の本が面白い。
このメロディが後でまた出てくる、更にいじって出てくる、もっといじって出てくる。こっちで伴奏やってたテーマが今度は主役になって出てくる。二つのメロディが追いかけっこして出てくる。いろんな作り方があるもんだ。もうこれ、ナチュラルにパズルじゃん。
その中に。あったあった。ペール・ギュント。
何々? 『ペールは醜いトロルの娘との結婚を嫌がり、山でトロルに追い回される』
……? あれ?
娘って可愛いお嬢ちゃんじゃなかったの?
てか魔王ってトロルの王様かよ……。
お前じゃねーか佐藤!
何だかなぁ、本によってストーリーが微妙に違うぞ。
まあいい、本物の魔王像が正しく人間に理解されればそれで俺の目的は達成される。……ってなんか目的変わってるし。てかまさか俺、佐藤を利用してる? まさに『ぐわはははは』じゃん。
なんて思ってたら、玄関の鍵がガチャガチャ言って、ナオが帰ってきた。
「あ、ナオおかえり」
「ただいま~」
え? 怒ってない。機嫌がすこぶる良さそう。何故に?
しかし、ここで迂闊な事を言って怒らせでもしたら大変だ。ここは少し様子を見た方が賢明だろう。
だがどれだけ観察してもいつもの彼女と変わらず、手を洗ってうがいして、フツーにコーラを出して来て、勿論俺の分もだよ、小さなテーブルに二つ置いて「飲むでしょ?」なんて可愛く言ったりして。しかもおい、コーラまた仕入れて来てるじゃん。
何? 何よ? 気持ち悪いよナオ。
「どしたん? 何かあった?」
「真央、今日学校行ったでしょ」
げっ! バレてる!
「あ、ああ、うん、まあね、その、雨でさ、ショーが中止になって……」
何しどろもどろになってんだ俺!
「ああ~、だから? あのね、佐藤先輩が真央に会ったって言ってたから」
「え? 佐藤? あいつ帰ったんじゃねーの?」
「うん、そうなんだけど、あたしが帰ろうとしたところに佐藤先輩が忘れ物を取りに戻ってきて、それで声かけられたの。それで一緒にスタバ行ってちょっと喋って来た」
「お前昨日振られたって泣いてなかったっけ?」
「あれ、あたしの勘違いだったの。ってゆーか、佐藤先輩の勘違いってゆーか」
「?」
「あのね、あたしが佐藤先輩に付き合って下さいって言ったら、先輩がムリって言うからてっきりフラれたんだと思ってたんだ。だけど、先輩『今からは時間が遅いから付き合えない』って言う意味だったんだって。普通さ、付き合って下さいって言われたら恋人になってくださいって意味じゃん? 佐藤先輩彼女いない歴21年でそーゆーのまるでわかってなかったらしいんだ」
ちょい待て、ナオ、今なんつった?
なんか俺、同じ過ち犯してるっぽいぞ?
「ね、ね、ね、つかぬ事をお聞きしますがね。付き合って下さいってのは、恋人になってくれって事なん?」
「はぁ? 真央までそんな事言い出すし。誰かに言われたの?」
「うん」
「え゛……マジで」
「うん」
「誰に」
「彩音」
「げ……ウソ……」
「いや、ホント」
「まさか真央、なんて言ったの」
「今日はもう遅いから付き合えないよって」
「ああ、それなら勘違いしないね。……てか佐藤先輩と思考パターン一緒かい」
じゃあなんで彩音は泣きだしたんだろう?
でもそれはとりあえずここでは言わない方がいいだろう。
ん? 待て。待て待て待て待て待て。
俺が「ナオ無しには生きられない」と言ったのを何か勘違いした可能性は否めない! ラミア、それは誤解だ、俺は物理的に生きられねーってだけで!
「てゆーか、もしかして真央、彼女居ない歴イコール年齢ってやつ?」
「まあそうだけど」
何だその人をバカにしたような言い方は。お前はどーなんだお前は。
「ふーん。不思議だねぇ……イケメンの部類には入ると思うんだけどな。その性格に問題があるのかもね」
「え? 何が問題?」
「なんてゆーか……自分に自信が無い?」
鋭いところを突いて来るなこいつ。
「コホン。話を元に戻そう。佐藤となんの話したの?」
「あのね、昨日の曲の話を少し。それと真央と会ってペール・ギュントの解釈について相談に乗って貰ったって喜んでた。てか真央いつの間にあたしの保護者になってんのよ」
「すいません」
「ま、いいけど。佐藤先輩、真央の事いたく気に入ったみたいだよ」
「俺もすげー気に入った。ナオが好きになるのわかる気がする」
「でしょ! 何事にも一所懸命で、それこそ何度食堂入口のガラスぶち破ったかわからないんだけど、それくらい熱心に研究してるその姿が激リスペクトだよね」
やっぱ食堂は過去に何度も被害に遭っていたらしい。トロル恐るべし。
「それでね、佐藤先輩に遊園地に誘われたの」
「まさか、デート?」
「うーん、一応? だけどダブルデートって言うか。佐藤先輩が真央と彩音を誘ってくれって言うの」
「彩音? なんで彩音?」
「さあ? あたしが彩音と仲が良いの知ってるんじゃない?」
……いや待て、それは多分違う。俺の魔族の勘が違うと言っている。
トロルはラミアが大本命だ!
ということは、だ。
佐藤が彩音を上手い具合に口説き落とせれば、俺は彩音から逃げられる。ナオにはちょっと可哀想だが、ここは一つ佐藤に頑張って貰わねば。
って俺、自分に都合のいい方へばっか考えてるな。こーゆー自己中なところを人間に見透かされて『ぐわはははは』なイメージが植え付けられたとしたら自業自得だ。もう何も言えねー。
「で? なんて答えた?」
「二人を誘ってみるって言っといた。ねえ、真央行くよね?」
「遊園地って……もしかして俺の職場?」
「そう! 真央の休みの日に合わせるから。ね、いいでしょ?」
顔の前で両手を合わせて上目遣いに俺を見るナオは、なんだか女の子みたいで可愛い。……って、女の子だった。すまん、ナオ、今マジボケだった。俺は一体ナオを何だと思ってるんだ。
まあ、俺がなるべくナオと一緒に居て、佐藤が彩音と一緒に居るようにできれば、佐藤は彩音にクリティカルヒットをぶち込みやすくなるわけだから、俺の努力にかかってる訳だな。すまん、ナオ、恩を仇で返す罪深きこの俺を赦せ……。
「あ、ああ、いいよ、勿論OK」
「良かった~! ありがとう真央。彩音も喜ぶよきっと。こないだの勘違い、ちゃんと訂正しておきなよ~?」
いやそこは触れない方が無難だと思う……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます