第91話
「とっくの昔か、そうだな。お前には二度も助けられた、感謝している」
古い記憶、炎に身を焼かれた過去、レグスはセセリナの声を聞いていた。
セセリナの言う昔はその事を指しているのだと、彼は思ったのだ。
「二度? やっぱり何もわかっていないじゃない」
だが彼女はそれを否定した。当然レグスは合点がいかない様子である。
「そのうち教えてあげるわ、気が向いたらね」
いつもの軽い調子に戻り、まともに答える気のないセセリナ。このままではいつまで経っても、彼女の気が向く事はないだろう。
「……精霊の秘密主義には困ったものだ」
「人が知らなくてもいい事が世の中にはそれだけ多いって事よ」
炎は温もりにも、闇夜を照らす良き友にもなるが、扱いを変えれば、天地を焦がし、他者を殺める凶器とも化す。
表と裏、光と影。
それは万物のみならず、理にも宿っている事を精霊達は知っている。
ある一つの事実が、時には多くを破滅させてきた、その繰り返し、歴史を彼女は知っている。
無論、レグスとて知識というものが、常に良き事を運んでくるとは限らぬと理解している。
セセリナがこうまで頑なに質問に答えようとしないのは、生まれ持った性格を別にしても、話せぬ、話したくはない理由があるのだろう。
特に曰く付きの魔石についてなどは余計にそうなのかもしれない。
「聞けば気の毒見れば目の毒、か」
「そういう事。あなたもつまらない石探しなんてやめて人間の短い命を堪能なさいよ」
「残念だが、そうはいかない」
「どうして!!」
突然の大声。
レグスが石を追う、その事が何をここまで彼女をムキにさせるのか、これまでと調子の違う真剣みのある口調だった。
「……どうしてもだ」
場の空気が一気に緊張感を増す。これにはファバもただ戸惑うしかなかった。
さきほどまで目の前の精霊はのらりくらりと質問をかわすような振る舞いをしていたはずだ。
それがどうやら様子が違ってきた。
「あなたは何もわかっていないのよ。あんな石ころ追いかけたってろくな事にはならない。あれは人の手でどうこう出来る物じゃないの。たとえ、地の果てまで探したとしても見つかりっこないわ。だってあれは……」
「だとしてもだ、だとしても俺は石を追わねばならない。セセリナ、力を貸してくれ。話せる事だけでもいい。あの石について知っている事を教えてくれ、頼む」
頼む、その一言をこの男から引き出すのは用意な事ではない。この短い言葉に、レグスのキングメーカーに対する思いが詰まっている。
「……無理よ」
拒むセセリナの言葉にはこれまでと違い重さがあった。
「そうか、残念だ。ありがとう今まで世話になったな」
「世話になったって……」
「お別れだ、指輪はここに置いて行く」
突然切り出された別れ。
「ちょっと何言ってるのよ!! 馬鹿言わないで、指輪を置いてくってあなたそれは……」
「これはお前を縛る為の物だろう」
レグスはセセリナとのこれまでのやりとりの間に、自身が身につけてた指輪の役目のおおよそを理解していた。
この指輪はセセリナを霊力を高める家でもあり、彼女を外に出さぬよう閉じ込める事もできる檻でもあるのだ。
「少なくとも二度も命を救ってくれた恩人だ。これ以上、旅に付きあわすつもりなどない。これからは盟約など忘れて、好きにしてくれ」
「そういう事を言ってるんじゃない。それはリーシェがあなたに送った……」
「その体、フェスタ・アウラで霊力を使い果たした結果だろう」
図星だった。セセリナの体が妙に縮んでしまったのは、自身の霊力を村の遺跡に送りこんだからである。もはや霊体をこの空間で維持するのは今の大きさが精一杯だったのだ。
「また霊力を戻すのに指輪が必要となる、違うか? 安心しろ、この村の人間ならお前を悪く扱いはしまい。何せ古き遺跡の加護を失いかけ、破滅へと向かっていた村を救った精霊様なんだ」
「……本気で言ってるの?」
「精霊にも人間の嘘は通じるものなのか?」
「そう、本気なのね。……残念よ、そこまで大馬鹿野郎だったなんて、……ほんと見込み違いだったわ」
悔しい、悲しい。そういった感情が乗せられたセセリナの言葉。
「いいわ、話してあげる。あなただけには、石の事も、それ以外の大切な事も。あなたは知らなければならない、たとえそれが抱えきれぬほど大きな宿命だったとしても」
小さな精霊の言葉が場を支配していた。
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