第75話

 叫び続ける悪霊、動けぬ二人。

 決断するレグス。

 彼の足が悪霊に向かって、歩みを進める。

 絶叫の防壁を不屈の精神力を持って瞬く間に超え、悪霊との距離を詰めるレグス。

 そして炎に包まれた悪霊の身に、剣で斬りかかる。

 炎ごと両断される悪霊。

 その光景にファバは自分達の勝利を確信する。

 だが、戦いは終わらなかった、両断されてなお続く悪霊の絶叫に、神殿の魔法陣が反応する。

「逃げろ!!」

 レグスとボルマンが同時に叫んだ。

 だが、その声は誰にも届かない。

 悪霊の絶叫は二人の声を掻き消していたのだ。

 二人が何かを言っているという事だけはファバも口の動きから理解したていたのだが。

「うわぁ!!」

「ぬお!!」

 行動よりも早く、魔法陣から凄まじいほどの邪気が溢れ、床一面により強い影が広がった。

 その影からいくつもの手が踊り生えるようにして出現し、少年と老魔術師の肉体を捕らえた。

「う、うごけねぇ……」

 影の手に体を抑えられ苦悶の表情を浮かべる二人。

「なんという力、なんという悪意。これはいかん、いかんぞ……」

 魔術師は影の手の持つ力が単純な物理的な力とは違う事を察する。

 これは肉体ではない。精神を支配する為の力。

 影の手に重量はない。重さのない手は相手の深部、精神に干渉する事で、肉体の自由をも奪ってしまっているのだ。

 魔術と精神の関係は深いもので、魔術師は本来こういった攻撃に対し強い耐性を持っているのだが、そのボルマンすらも、この影の手の力には抗う事が出来ない。

 それほどに魔法陣から放たれた力は凄まじいものだった。

――まずは魔法陣を止める!!

 唯一、影の手を素早い身のこなしで逃れたレグス。彼は状況を瞬時に理解し、悪霊から魔法陣に標的を変更する。

 手にした剣で、己を捕まえんと迫る影を次々と斬り裂きながら魔法陣へと近付く。

 魔法陣は部分的に傷がついていたりするだけでもその効力を失う事もあるなど、複雑かつ繊細なもの。逆に言うなら、この神殿の床に描かれた魔法陣を傷付ける事ができれば、この馬鹿げたほどの力を止める事が可能かもしれないという事。

 この場に来た時は消えかかっているようにすら見えた魔法陣が、今は魔力によりくっきりと浮かび上がっている。それを描かれた床ごと斬ろうと剣を地に振り下ろすレグス。

 だが魔法陣に封印されていた強力な魔力は影の手のみならず、悪霊の霊力と反応し合い強力な結界をも作りだしていた。

 レグスの剣は宙で止められ、凄まじい力の反動でレグスはその体ごと吹き飛ばされてしまう。

「くっ!?」

 宙に投げ出されたレグスの肉体に、再び影の手が伸びていく。

「失せろ!!」

 だが彼は体勢を崩しながらも剣を巧みに操り、それらを斬り払い見事着地する。

 そしてレグスは三度標的を変更。

 強力な結界に守られた魔法陣よりも、影に捕らわれたファバ達を優先。

 何度でも襲いかかってくる無数の影の手の攻撃をかわしながら、彼は二人を取り押さえている順に手を斬り払い、助け出す。

「礼を言うぞ、蛇の仔よ」

「すまねぇ、レグス」

 影の手の力による精神的な影響もあってか二人にはもう疲労の色が窺える。

 レグスによって斬り裂かれたはずの悪霊の方は既に形を戻し、炎も消え、悠々と宙に浮遊している。ダメージはほとんど見られない。

 戦況は明らかに不利だった。

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