第47話

「駄目だ」

「なんで!! 俺はその為にあんたの旅についてきたんだ!!」

「物事には順序がある」

「順序? 俺は弓が使いたいんじゃねぇ、剣だ。あんたみたいに剣を使えるようになりたい」

「剣を教える前にやるべき事があると言っている」

「それがこの玩具だってのか!!」

「お前が玩具だと思うのは勝手だが、『私』から言わせれば、お前の持つ短剣の方がよほど玩具に見えるがな」

「な、なんだと」

「ファバよ。お前はその短剣を使って、どうやってその身を守るつもりだ」

「どうって……」

「その短剣で盗賊から狼から、そして恐ろしい魔物達からどうやってその身を守る」

「それは……」

「私は言ったはずだ。地獄を見る旅になると。遊びではない、その細腕と短剣だけで、どうにかなると思っているのなら一月持たぬぞ、その命」

「うっ……、だったら、こいつを、この弓を扱えるようになれば剣を教えてくれるってんだな?」

「それまで生きていれたらな」

「わかったよ。覚えればいいんだろ覚えれば、こいつの扱いを!!」

「ああ。使い方はまた明日教えてやるが、その前に一つ忠告しておく。そのパピー、あまり人に見せるな。」

「はっ? なんで」

「機械弓は熟練の職人だけが作れる代物だ。とくにそれは名匠の特注品、魔石まで使われた超一級品だ。それ一つで小さな城が建つほどの価値がある」

「は? 城? 冗談だろ?」

「『俺』がそんなつまらない冗談を言う人間に見えるのか?」

「いや……、まじかよ……、でもこんな小さな弓が……」

「ただの石ころを宝石と呼び大金を払うのに比べれば、良い武器に金を出す、なんてのは、よほど理解出来る話だろう」

「そりゃそうかもしれんけどよぉ」

「機械弓を製造する難しさは個人の技術力だけの問題ではない。鍛冶や武器ギルドの連中は製造法を秘匿していて、秘密の法に触れられるのはギルドに所属する者でもごく一部。現物をばらして真似しようとする者も大勢いたが、そう上手くはいかないものだ。その為生産数に限りがあってな。武器としても優秀だが収集家の間でも人気がある。何が楽しいか理解に苦しむが、そういう人間が大枚をはたくから余計に値がつりあがるというわけだ」

「なんでそんなすげぇもんを俺なんかにくれるんだ。あんたにとって俺は……迷惑なだけの存在のはずだろ」

 当然の疑問だった。

「質問の答えは簡単だ。その弓が良い武器だからだ。それと確かに今のお前は俺にとって非常に鬱陶しいだけの存在だ」

「だからだったらなんで!!」

「だからだ。少しは自分で自分の尻ぐらい拭けるよう成長しろファバ。その為にその弓が最適だと考え、渡しただけの話だ」

「……俺が持ち逃げしたらどうするつもりだよ」

 ファバの言葉に珍しくきょとんとした表情をするレグス。

 そして、彼は顔を伏せ、腹を抱え笑いだす。

 そんな彼を見たのはファバが出会ってからでは初めてだった。

 初めて、笑っている。あの冷めた、残酷な、男が笑っている。

 ファバはレグスの予想外の姿に、どう反応していいかわからない。

「な、なんだよ。笑うような事かよ」

 戸惑うファバに笑い止んだレグスは言う。

「いや、そうだな。その時は俺の見る目がなかった。それだけの話だ。好きにしろ」

「好きにしろって……」

「そのままの意味だ。別にそれを持ってどこかに消えたいのならそうすればいい、俺としても邪魔者がいなくなるなら安い出費だ」

「なんだよ……、そこまでして厄介払いしたいのかよ。だったらなんで……、なんで騒ぎの時に俺を助けた」

 何かを期待したのか、それとも……。

 ロゼッタの言っていた事がふと頭をよぎる。

「勘違いするな」

 レグスの声はいつものように冷酷なものだった。

「『私』が助けたのはロゼッタとかいうギルドの女だ。お前はそのついでにすぎない」

「ついで……」

「そうだ、ついでだ」

 ふっと力が抜けた。背負っていたモノが消えたように。何かが軽くなった。

「そうかい、よくわかったよ……」

 ファバの内にあった感情的な荒波は静まり、代わりに無機質に近い何かが彼の体内をめぐる。

 この感覚には覚えがある。少年にとって久しく忘れていた感覚。

 バハーム砦でレグスに打ちのめされた時の自棄とは違う。冷静でいて心地良い空洞。

「わかったのならもう寝ておけ、明日は早いぞ」

 レグスの言葉に素直に従いベッドに入るファバ。

 そしてそのまま少年が眠りにつこうとした時、自然と乾いた笑いが漏れた。

 理由はわかっている。

 やがて夢の中へと沈んでいく彼の意識。何故だかそこにはロゼッタの姿があった。

 二人だけの世界で彼女が笑う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る