第35話

「お前は知っているのか?  私が行く道にあるものを。お前にはあるのか? 地獄を見るだけの覚悟が」

「ある!!」

「ほう、そうかならばよく見ろ」

 フードを外し、己の顔を少年に近づける男。

「知りはしまい、全ての者が自分を殺そうとする憎悪の連鎖、その恐怖を。想像もつくまい、母の手によって炎に身を焼かれるその苦しみを」

 男が発する言葉と共に、彼の肌が焼け爛れた痕のように醜く変化していく。

 その醜さは少年のそれと変わらないほどに忌々しい。

「あんた……、いったい……」

 少年から声が漏れる。

「もう一度問おう少年。首を絞められたぐらいで捨ててしまう甘い覚悟ならやめておけ。……お前に地獄を行くだけの覚悟はあるのか?」

 少年は男の言葉に息を呑んだ。震えた。

 この男に何があったのか知りはしない。何故顔が醜く変化したのかもわからない。

 それでも彼の怒りが伝わってくる。

 憎悪が伝わってくる。

 初めて少年は声を聞いた。

 男の心の底から湧いてくるような感情の声を。

 その時生まれて初めて少年は親近感というものを他人に対して感じたのかもしれない。

「……脅すような事ばっかり言いやがって、くだらねぇ」

 声が心と同調するように震えた。

「地獄だって……、生まれてこの方ずっとそうだったよ」

 泣いた。自然と涙が溢れた。

 それは悲しみではない。

「……悔しいんだ。悔しいんだよ」

 ただ苦しかった。

「どうしようもなく、悔しいんだ。自分の無力さが、何もかもが」

 偽りなしに吐き出す言葉。

「あんたの言う通りだ。俺は何もわかっちゃいないガキなんだろう。だけどこれだけは言える」

 少年は男の顔を見据えて言い切る。

「この選択に後悔はねぇ!! この出会いに後悔はねぇ!! あんたの前に飛び出した事も、剣の教えを乞おうた事も!! たとえ今あんたに殺されたとしても、明日死ぬ事になったとしても、……後悔はねぇ!! 俺は!! 強くなりてぇんだ!!」

 自分の全てをぶつけるような少年の言葉。

 男は言う。

「そうか、ならば好きにしろ」

 少年の顔が明るくなる。

「じゃ、じゃあ!!」

「いつまで生きていられるかわからん旅だ。……逃げ出したくなったら、逃げ出せばいい」

 どこか突き放すような言い方だった。

「そんな事はしねぇ!! けど、ありがとう、ありがとうよ!!」

 少年が他人に心から感謝の言葉を吐いたのは、いったいいつ以来の事だったろうか。

「えっとあんた……名は?」

 少年は恩人にその名を尋ねる。

「レグス」

「レグス? 青目人みたいな名だな」

 少年の素朴な疑問に、男は含みを持たせた笑みを浮かべ言った。

「ああ、だが正真正銘『俺』の名だ」

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