08.お似合いの二人

 青春の一ページにしっかりと刻まれる、学校行事。

 そんなちょっとだけ特別な日には、既に知っているはずの人の、ちょっと違ったところを見ることができたりもする。


 華やかに飾られた校門に足を踏み入れると、中が装飾以上に華やかな空気をまとっているのを感じる。いつも見る学校よりひときわ盛り上がりを見せるのが、この日――学校祭というものだろう。

 普段体育館と呼ばれ、体育の授業で使用するはずの場所では演劇などが催され、普段授業が行われているはずのあちこちの教室ではクラス企画という名の発表会があり、売り物も多い。

 もしこれが自分の通う学校で、自らもその空気を作り出す者の一員ならば。クラスメイトないし部活仲間と共に一つのものを作り上げ、成功を喜ぶことが出来たなら……と、学校内を一人眺め歩く少女――藤野奈月は漠然と思った。

 もちろん彼女とてその空気を感じた経験がない訳ではない。ただ、今日は違っていた。

 唯一の友人――中学時代からの付き合いで、今は奈月とは違う隣町の高校に通っている――から、このたび「うちの学校祭においで」というお誘いを受けたのだ。つまり彼女は今日、『部外者』という立場にある。

「さて、と」

 手にした学内の地図を見つめながら、奈月は途方に暮れたように呟いた。

「困ったな……教室がわからない」


    ◆◆◆


「あ、奈月! 来てくれたんだ」

 指定されたクラスの前までどうにかたどり着くと、明るい声と共に黒い服を着た少女――彼女を誘った張本人こと、東雲しののめくるみが出てきた。

「迷わなかった?」

 悪戯っぽい目でそう尋ねてきたくるみに、奈月は少々視線を彷徨わせぼそりと言った。

「……ちょっと」

 とたん、くるみは腹を抱えて笑い出した。

「あはは、やっぱりねぇ~。あんた普段はしっかりしてるくせに、方向感覚だけは皆無だものね」

「うぅ、うるさいな。ほっといてよ」

 奈月は苦虫を噛み潰したような複雑な表情で、唯一自分の弱点を知る友人を睨んだ。


「やぁ、東雲。なんだか楽しそうだね?」

 くるみとしばしじゃれあっていると、後ろから人懐っこい無邪気な男性の声がした。気付いたくるみは早速、その人に向かって声をかけた。

「あ、桜井先生。ようこそいらっしゃいました! うちのクラスの出し物、楽しんでいただけましたか?」

「うーん。『占いの舘』ってあんまりにもベタだね。でも楽しかったよ」

 あはは、と笑う特徴的な声と、『桜井先生』という呼称に奈月は覚えがあった。まさかと思い、恐る恐る振り返る。

 そこには普段奈月に勉強を教えてくれている塾講師であるはずの若い青年が、普段よりもきちっとしたスーツ姿で立っていた。

「桜井、先生……!?」

「あ、藤野!」

 向こうも気付いたようだ。しかし、奈月の存在に驚いた様子はあまり無い。ニコニコ笑顔で手を振ってくる桜井を見てポカンとする奈月に、くるみが横から話し掛けてきた。

「なぁに? 奈月、桜井先生と知りあいだったの?」

 その声は明らかに面白がっている。

「いや……まぁ、その」

「もしかして、」

「彼女は俺の教え子だよ。街外れにある塾で勉強を教えてるの」

 口篭もる奈月に追い打ちをかけようとしたくるみの言葉を遮るかのごとく、青年――桜井健人は笑顔でさらりと言ってのけた。とたんにくるみは残念そうな顔をした。

「えぇ~、何だ。てっきり付き合ってるのかと思ったのにな」

「どうしてそうなるの!」

 奈月は思わず赤くなった顔で反論しつつ、桜井を見た。幸い桜井は気にしていないらしく、微笑ましそうにこちらを見ている。ほっとしていると、くるみは意味ありげな視線を送ってきた。奈月の耳元に唇を寄せてきたかと思うと、期待のこもった声で囁かれる。

「前言ってた、影響を受けた素敵な塾の先生……って、桜井先生のことなんでしょ」

「た、確かにそうだけれど! それはそういう意味じゃなくて……っていうか、素敵とは一言も言ってない!」

「そうだっけ? ……まぁそんなことよりさ、見たよ? この前、あんたと桜井先生が祭りに来てたの」

「なっ――……!?」

「いい感じの雰囲気で、しかも手なんて繋いじゃってさ」

「っ!!」

 ますます顔が紅潮していくのが自分でもわかった。いくら流れとはいえ、手を繋いでるところなんて見られていたとは――!!

 普段あまり表情を変えない奈月の貴重な百面相を見て、くるみは満足そうに笑った。

「ふふっ。じゃあ、ごゆっくり」

 ひらりと手を振ると、彼女は「交代するよー」とクラスメイトに声を掛けながら教室へ入っていったのだった。

「……まったくもう、くるみちゃんの馬鹿」

「どうしたの、藤野?」

 奈月の心中など全く知らない桜井は、顔を真っ赤にしながら友人の背中を睨みつける奈月を見て、不思議そうに首をかしげた。そのあまりにも純真無垢な様子に毒気を抜かれた奈月は、一つため息をつくと、気持ちを落ち着けるように幾度か深呼吸をした。

「何でもありませんよ」

「そう?」

「えぇ。――ところで先生」

 首をかしげたままの桜井に、奈月は視線を戻し尋ねた。

「どうしてこの学校に居るんですか」

 さっき会ってから、ずっと不思議に思っていたのだ。塾講師であるはずの桜井が、どうして友人が通うこの学校に当たり前のように居るのか。これでは、まるで――……。

「東雲から聞いてない?」

 不思議そうに桜井が尋ねてくる。

 そんなこと、くるみから聞いているわけなどない。ぶんぶんと首を横に振れば、桜井はそうなんだ……と一瞬声を落とした。

「俺、この学校に勤務してるんだよ」

「……え?」

 まぁ非常勤講師なんだけどねー、と照れたように笑う桜井に、奈月は絶句した。もちろん勘のいい彼女はある程度感づいていたけれど、それを改めて口に出されると、やはり驚きの方が強い。

 何でちゃんとした教師にならないで塾講師なんてやっているんだ? とか、まさかこっちが本業で塾講師はバイトだったのか? とか、どっちかの仕事だけでは食べていけないのか? とか、いろいろ聞きたいことは山ほどあったけれど、とりあえず一言だけ。

「あなたにもそういった仕事が出来るんですね」

 とたんにぽかり、と頭を叩かれた。

「いたっ!?」

 突然の痛みに思わず顔を上げると、小動物のように頬を膨らませた桜井が奈月の頭付近で拳を作っていた。

「ひどいなぁ! これでも大学は出てるんだからね」

 今までと変わらない表情と、今まで感じたことのなかった痛みのギャップに、奈月は思わず吹き出した。桜井がきょとんとした顔になる。

「どしたの、藤野」

「いえいえ」

 生理的に出てきた涙を指で拭い、どうにか笑いを抑え、奈月は答えた。

「先生はやっぱり『先生』なんだな、って」

「そりゃあ、先生だもん」

 自慢するように胸を張る桜井を見ていると、抑えていた笑いが再びこみ上げてくる。悟られないように、奈月は笑顔を作った。

「先生」

「なぁに?」

「これから、暇ですか」

「暇だよ~。借り出される仕事はもうないし」

「そうですか、じゃあ……一緒に回りませんか?」

「うん!」

 桜井は頷くと、無邪気な声色のまま続けた。

「いろいろ案内するよ。君、案外方向音痴らしいし」

「聞いていたんですか!」

「聞こえたの」

 桜井は悪びれた様子もなく、満面の笑みを浮かべると、奈月に向かって手を差し出した。

「ほら、早く行こう」

 夏祭り以来、桜井はためらいなくこうして手を差し出してくることが多くなった。そのたびに気恥ずかしいような、それでも嬉しいような、そんな気がしていたのだが……なんだか今日は釈然としない。

 奈月は機嫌を損ねた猫のような表情を浮かべながら、目の前の大きな手を取ったのだった。


「――いやぁ、まさか君にそんな所があったなんて。新たな一面だね」

「あんまり言わないで下さい。っていうか、それはこっちの台詞ですよ」

「まぁまぁ。そんなことより、どこへ行こうか?」

「まぁまぁじゃないですよ、全く。……先生の行きたいところで、いいです」

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