第325話 理想の夫婦
「ほら、
母が言った。
「だって、くすぐったいし」
「動いたら
母はそう言って、僕の
「やっぱり、くすぐったい」
ぞくぞくするし、母が顔を近付けてくるから、なんだか照れてしまうのだ。
「もう、我慢しなさい」
母が笑顔で言った。
リビングのテレビでは「笑ってはいけない異世界24時」が流れていて、花園がチャンネルを変えながら見ている。
キッチンからは、父と枝折が料理をしている楽しげな声と、包丁の音が聞こえた。
僕は、母の
「ほら、もうちょっとだから、良い子にしなさい」
ピンクベージュのニットに、グレンチェックのスカートを
「だって……」
「お母さんに甘えて、お兄ちゃんマザコンだね」
僕と母を見て、花園が茶化してくる。
「こら、花園!」
母がふざけて怒った。
「えへへ、ごめんなさい」
花園はそう言って、母の背中から首に手を回してまとわりつく。
「お兄ちゃんはいいの。普段一緒にいられないんだから、こうやって一緒にいられるときは、思いっきりべたべたして、これでやっとみんなと釣り合いが取れるくらいなんだから」
母が花園のほっぺを
「それに、私の大切な息子が、もうすぐお
母は膝枕したまま、僕の頭を抱きしめた。
母からは、そこはかとなく、潮の香りがする。
「はい、じゃあ、反対側ね」
母が僕の頭の向きを変えた。
暖かいリビングで、家族が
母に耳掃除をされながら、ヨハンナ先生と母は、ちょっと似ているかもしれないとか、思ってしまった。
「次は花園ね!」
花園が僕の横に寝て、母の膝枕に割り込もうとする。
「もう! 花園ちゃんは」
母が花園の脇腹の辺りをくすぐって、花園がキャッキャ騒ぐ。
僕も母に加勢して花園をくすぐると、花園は、
「やめてー」
って嬉しそうに言いながら、リビングのラグの上を転がり回った。
「花園ちゃんは、受験勉強いいの?」
僕が訊いた。
「うん。枝折ちゃんが、大晦日と、お正月の
花園がドヤ顔で言う。
「枝折ちゃん、ホント?」
僕は、キッチンの枝折に訊いた。
エプロン姿の枝折が、キッチンからリビングに来る。
「うん、勉強はスケジュール通り進んでるし、模試の結果もいいよ。それくらいは休んでいいと思う」
枝折が花園の頭を
「ほーらね。花園が本気を出せば、こんなものだよ」
花園は腰に手をやって胸を張って、得意げである。
「そうだね、花園は、お母さんの子供だもの」
「ねー」
母と花園が、顔を見合わせて言う。
「よーし、お鍋の準備出来たぞ」
台所から、父が土鍋を持ってきた。
コタツの上のカセットコンロにそれを置く。
土鍋の中で、野菜や豆腐が美味しそうに煮立っていた。
そこへ父が、下味をつけた
この鴨肉は、修学旅行でお世話になった北海道の益子さんが、カニと一緒に送ってくれた。
猟師の
鴨鍋と
「ご馳走ご馳走!」
花園が目を輝かせた。
「普段のお兄ちゃんの料理だって、ご馳走だよ」
枝折が、僕の肩をポンって叩いてフォローしてくれる(枝折、ありがとう)。
「それじゃあ、頂きましょうか」
母が言って、僕達はコタツに入った。
「いっただきまーす!」
花園の元気な声で、大晦日の
「うん、おいしい」
鴨肉を噛みしめて、嬉しそうな花園。
「今年一年、ご苦労様でした」
父が母にお
夕餉のお酒に、母は日本酒の
「あなたこそ、ご苦労様でした」
母が言う。
「二人は、いつまでもラブラブだね」
花園が茶化すように言うけど、まったくその通りだと思った。
食事をしながら何気なく二人を見ていたら、なんか、感心してしまう。
何気ないようだけど、父がお酌するタイミングが、絶妙に見えたのだ。
折をみて、母にすっと
母の食事のペースを乱すことなく、おちょこを長らく空にすることもなく、合いの手をを入れるみたいにお酒を注いでいる。
母は気持ちよさそうに段々と頬を赤く染めていった。
母に鍋を取り分けたり、カニの殻を剥いて美味しいところを食べさせたり、父にはそれが自然に出来ていた。
これも、長く夫婦をしている二人だから出来ることだろうか?
今まで気にしなかったけど、ヨハンナ先生と結婚することになって、母と父の、「夫婦」ってことを意識するようになった。
僕もヨハンナ先生に、こんなふうにお酌出来たらなって思う。
お酒が好きなヨハンナ先生を、気持ち良く酔わせてあげたい。
そして、飲み過ぎないように、悪酔いしないように、体を気遣ってあげたいと思った。
「よし、じゃあ、
鍋の具材がなくなったタイミングで、鴨と野菜の
それが我が家の年越しそばになった。
「満足、満足」
蕎麦までペロリと平らげた花園が、お腹をさすりながら寝っ転がる。
「こら、花園。お行儀悪いよ」
母が、花園のめくれたスカートを直した。
片付けに僕が立とうとすると、
「いいから、塞は座ってろ」
父が言う。
「でも……」
「そうさせてもらいなさい」
母が言った。
父の言葉に甘えてコタツの中でぬくぬくとしてたら、段々眠たくなる。
「お兄ちゃん、寝ちゃだめだよ。このあと、CDTVの大晦日スペシャルに、『Party Make』が出るんだから」
花園が僕を揺り起こした。
そうだった。
最近、テレビでの露出も多くなった「Party Make」の活躍を、新年早々見られる。
「Party Make」ファンの枝折は、録画の準備をして待ち構えていた。
そんな、後もう少しで新年というところで、僕のスマートフォンに電話が掛かってきた。
「どうせ、ヨハンナ先生からの電話なんでしょ? 塞君、寂しいよぅ、とかさ」
花園が生意気を言う。
花園に言い返したいけど、たぶん、その通りだと思った。
実家に帰った甘えん坊のヨハンナ先生が、電話を掛けてきたんだろう。
ちょうど僕も、電話を掛けて先生の声が聞きたいところだった。
母と父を見ていたら、ヨハンナ先生が恋しくなった。
僕はスマートフォンを持ってリビングの隣の客間に行く。
花園が付いてきて、僕達の会話を聞こうと顔を近付けた。
ところが、スマホの画面を見ると、電話を掛けてきたのはヨハンナ先生じゃなかった。
先生の妹、アンネリさんからの電話だ。
アンネリさん、どうしたんだろう?
嫌な予感がした。
僕はすぐに通話ボタンを押す。
「塞君! 塞君、大変! お姉ちゃんが、お姉ちゃんが!」
スマホのスピーカーから、そんな悲痛な声が聞こえた。
「お姉ちゃんが病院に運ばれて……」
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