第200話 また今度
「はー、すっきりしたぁ」
バスタオルを頭に被った古品さんが、風呂場から戻ってきた。
すっぴんになって、スエットの上下になった古品さんは、アイドルの「ふっきー」じゃなくて、いつも寄宿舎でうろうろしてる古品さんだ。
弩達と「Party Make」の曲を三曲披露した古品さんは、汗を流すためにシャワーを浴びてきた。
この送別会に間に合わせるために、マネージャーが運転する車で、仕事場から直接ここに来たらしい。
「さあ、古品さんも、今日は大いに飲んで食べて、楽しんでいきなさい」
ヨハンナ先生が、ビールジョッキ片手に、古品さんをテーブルに招いた。
「はい、もちろん!」
古品さんは、錦織と弩の間の席に座る。
スケジュールは明日の午後まで空けてもらったってことで、久しぶりのオフに、古品さんはくつろいだ顔をしていた。
「そういえば、僕達がこの寄宿舎で初めて見た古品さんは、朝帰りで眠そうな顔をしてましたね」
錦織が言ったのを切っ掛けに、僕達は思い出話を語り合う。
初めてこの寄宿舎に来て、鬼胡桃会長に怒鳴られたこと。
縦走先輩に恋をした下級生男子と先輩が、ガチンコで勝負したこと。
夜、寄宿舎を抜け出す古品さんを追いかけて、怪しげなライブハウスに潜入したこと。
鬼胡桃会長の
文化祭のことや、みんなで夏フェスに行ったこと。
大雨で、ここが陸の孤島になったこともあった。
思い出がありすぎて、話が尽きない。
「それじゃあ先生、そろそろ、管理人として、皆さんに挨拶をお願いします」
料理も一通り食べ終わったところで、弩が促した。
「ああ、そっか」
ビールから焼酎に切り替えて、ご機嫌のヨハンナ先生。
先生がグラスを置いて立ち上がる。
「ええと、三年生の皆さん、卒業、おめでとうございます」
先生はそう言って、頭を下げた。
酔って顔は赤いけど、まだ足元はふらついていない。
「ちょっとだけ先に社会人になった先輩として言わせてもらうと、これから、世の中に出れば、自分の思い通りにならないことがいっぱいあると思う。先生にもたくさんあった。例えば、突然、わけの分からない部活の顧問にされちゃうとかね」
ヨハンナ先生が、僕をチラッと見て言った。
「薄気味悪い洋館の管理人になっちゃうとかさ」
先生が言って、みんなが笑う。
確かに以前の寄宿舎は、薄気味悪い洋館だった。
「だけど、そのおかげで、いいこともたくさんあったし、いろんな経験も出来た。今のところ、差し引きゼロより、ちょっとプラスってところかな。結局、面倒臭いことに関わらないと、何にも得られないっていうのが教訓だって、先生は思う」
「まあ、卒業する四人は、しっかりしてるし、自分から困難に挑戦していくような人達だし、私がそんなこと言う必要もないんだろうけどね」
先生はそう言って、先輩達にウインクする。
「って、ことで、これから色々あるだろうけど、何があっても、そこそこやっていけるから、腐らずに目の前のことをこなしなさい、って、これが先生からの送る言葉。ゴメンね、こんな取り留めがない話で」
先生が照れ隠しに笑って、みんなが拍手した。
故事を引いた固い挨拶なんかより、ずっといいと思う。
ヨハンナ先生らしいし。
「それでは次に、在校生を代表して私、弩まゆみが、送辞を述べたいと思います」
今度は弩が立ち上がった。
普通、こういうのは、みんなやりたがらないものだけど、弩はこの役割を自分から買って出た。
どうしても、自分から先輩達に、言葉を伝えたかったみたいだ。
「皆さん、卒業、おめでとうございます。皆さんがここを去ってしまうのは、寂しくて仕方ありません。一人っ子の私にとって、皆さんは、お姉ちゃんであり、お兄ちゃんでした。周りに誰も知り合いがいないこの学校に入って、身の置き場がなかった私も、学校生活や、寄宿舎での日常生活で皆さんに助けて頂いて、どうにかこの一年、無事に過ごすことが出来ました。思い出もたくさん頂いて、皆さんといたこの時間は、私が生きてきた中で、一番印象深い一年でした」
弩は、用意してきた原稿を丁寧に読んだ。
「これから、皆さんはそれぞれの道で活躍されると思いますが、どうぞ、何時までも私達の良いお手本でいてください。先輩方の後輩であったとこを、私は誇りに思います。また、夏休みにでも、帰って来てください。寂しかったら、五月の連休でもいいですよ。いつでも、待ってます。このたびは本当に、卒業、おめでとうございました」
読み終えて、弩が笑顔を見せた。
弩のことだから、泣いてボロボロになるんじゃないかって思ってたら、最後までしっかりと読んだ。
逆に、鬼胡桃会長や縦走先輩、古品さんのほうが、目を潤ませていた。
三人にとっても、一緒に暮らしていた弩は、可愛い妹だったんだろう。
「それでは、卒業生の皆さんにも、お言葉を頂きましょう」
弩が、司会に戻って促した。
「それなら、まず、私から」
鬼胡桃会長がそう言って立ち上がる。
会長は、話す前にまず、僕達を一通り見回した。
「今日は、送別会に加えて、私とみー君の結婚式まで開いてくれて、ありがとう。最後の最後まで、驚かせてもらって、この一年、本当に楽しかった」
会長が深々と頭を下げる。
「一年前、まだここが男子禁制だった頃は、ここに男子が出入りして、料理したり、洗濯したり、挙げ句の果てに、泊まって雑魚寝していくなんて、とても考えられなかった。これも、篠岡君が主夫部なんて作って、引っかき回してくれたおかげね、本当にありがとう」
会長は、僕に向けて皮肉っぽく言って笑った。
水を向けられて、僕はどういたしまして、と、頭を下げる。
「私達は卒業するけれど、残るみんなは、主夫部も、この寄宿舎も、守り立てて、何時までも続くように、後進に繋いでください。私達の帰る場所を残してください。約束よ」
会長が言って、僕達は頷いた。
「それから、いつか私が選挙に出るときには、応援よろしくね。それが私の総理大臣への第一歩だから」
冗談めかして言ってるけど、会長の目は本気だ。
僕達は、それに拍手で答えた。
次に、縦走先輩が立ち上がる。
「私はちょくちょくここに帰って来るつもりだから、大袈裟な挨拶はしないけれど、一言、言っておく。一年前、トライアスロン部で東京オリンピックを目指していた私が、なぜか、実業団の陸上部に入って、駅伝をしている。人生って、何が起こるか分からないってことだ。だから、まあ、みんなのんびりやってほしい。美味しいご飯が食べられていれば、あとはなんとかなるものだ。今日は、この会を開いてくれて、本当にありがとう」
縦走先輩も、そう言って頭を下げた。
実に、縦走先輩らしい挨拶だ。
縦走先輩の次は、古品さんが立ち上がる。
「みんな今日は、ありがとう。私のスケジュールに合わせてくれたのに、少し遅れちゃってゴメンね」
古品さんはそう言って可愛らしく頭を下げた。
「一年前の私は、売れない地下アイドルで、メジャーデビュー出来るとも思ってなかったし、学校を卒業出来るとも、思ってなかった。ただ、ライブやレッスンの毎日が楽しくて、踊ったり、歌ったりしてただけだった。それが、みんなの協力で、徐々にファンが増えていって、フェスに呼ばれたり、全国ツアーが出来たり、信じられないくらい活動の場所が広がっていった。これも、衣装を作ってくれた錦織君や、ライブ会場まで送り迎えしてくれたヨハンナ先生、そして、レッスンや生活の面倒をみてくれたみんなのおかげです。本当のありがとう」
古品さんはそう言って、ライブのときみたいに、深々と頭を下げた。
「この際だから、いつか武道館とか、東京ドームでライブが出来たら、とか、言っちゃいます。
古品さんは、涙を流しながら言った。
釣られて、鼻をすする音が聞こえる。
錦織も、男泣きしていた。
最後に、母木先輩が頭を掻きながら立ち上がる。
「主夫部で一緒に活動したみんな、そして、僕達に活動の場を提供してくれた寄宿舎のみんな、今日まで、本当にありがとう」
先輩はそう言って、真っ白い歯を見せた。
どこまでも、爽やかだ。
「寄宿舎での活動は、本当に楽しくて、高校生活最後の一年、充実した毎日を過ごすことが出来た。おかげで、ちょっとした誤解から疎遠になっていたトーコとも、仲直り出来たし、さらには、同棲して、結婚まですることになった。僕とトーコのことを見守ってくれていた寄宿舎と、主夫部のみんな、ヨハンナ先生に感謝します。今日は、こんな立派な送別会と、結婚式を開いてくれて、重ねてありがとう」
「それから、主夫部のみんな、僕は主夫として、これからの生活で家事を実践していくから、それで得た知識は、みんなに報告する。楽しみにしていてくれ」
母木先輩が言うと、鬼胡桃会長が、
「えっ、みー君私達の生活を報告しちゃうの?」
と、ちょっと不満そうに言った。
「家事のことだけだからいいだろ」
「どうしよっかな-」
あの、二人とも、それは後でやってください。
「それじゃあ、あとは堅苦しい挨拶は抜きで、みんなで、大いに語らいましょう。お布団も干してありますし、食べ物も飲み物もまだまだありますし、朝まで大丈夫です」
弩が言った。
みんなから、一際大きな拍手が上がる。
「さあ、朝まで飲んじゃうよ!」
ヨハンナ先生が言って、さっそく、ワインのコルクを引き抜いた。
「よし、前菜が終わったから、本格的に食べよう」
縦走先輩が、箸を握り直す。
「私、もう一曲歌っちゃおうかな」
古品さんがカラオケの端末で曲を探し始めた。
「ちょっと、飲み物取ってきますね」
みんなが盛り上がる中、弩が席を立って食堂を出て行った。
「えーと、トイレ行ってきます」
僕は、少し気になったから、遅れて弩を追いかける。
台所を覗いてみたけど、そこに弩はいなかった。
人の気配がしたから、ランドリールームを見てみる。
「弩?」
すると弩は、ランドリールームの洗濯機の脇にいた。
そこで、こっちに背中を見せて、肩を震わせている。
「おい、弩」
近づいて顔を覗き込むと、弩は涙を流していた。
「弩、どうした?」
「先輩……」
弩が、鼻水も垂らして泣いている。
僕が声をかけたからか、余計に大泣きしてしまった。
僕は、よしよしって、背中を叩く。
「そっか、先輩達に泣いてるところを見せないように、我慢してたのか」
僕が訊くと、弩は、ゆっくりと頷いた。
きっと、ここを去って行く先輩達に、もう泣き虫の弩じゃないって見せたくて、我慢してたんだろう。
送別会の実行委員長として、責務を
「ほら、ハンカチ」
僕は弩にハンカチを渡した。
「ありがとうございます」
弩は受け取って、涙を拭く。
「鼻も、ちーんして」
僕がティッシュペーパーを渡すと、弩はそれで鼻をかんだ。
「せっかく、ここまで我慢したんだから、最後まで先輩達に涙を見せないで、寄宿舎を出てもらおう」
僕が言うと、弩が「はい」と頷いた。
弩は、涙を引っ込めて笑ってみせる。
無理して笑うところが愛おしかったから、とりあえず、頭を撫で繰り回しておいた。
「ふええ」
弩が笑顔で言う。
僕達は台所から飲み物を取ってきて、食堂に戻った。
「ほら、二人とも何してたの。罰として、なんか、余興でもしなさい」
ヨハンナ先生が言って、僕達はマイクを持たされる。
宴会は夜遅くになっても終わらず、結局みんな、寄宿舎に泊まった。
夜遅くまでどころか、ラグやクッションの上で雑魚寝しながら、窓の外が白んでくるまで続いた。
お昼前に起きて、朝食とも昼食ともつかない食事を、みんなで食べた。
「最後に、みんなで写真撮ろうか」
ヨハンナ先生が言う。
「それじゃあ、この寄宿舎をバックに撮りましょうよ」
鬼胡桃会長が提案して、写真は玄関で撮ることになった。
萌花ちゃんが三脚を立てて、カメラを据える。
僕達は玄関の石段に立った。
前列に、右から、母木先輩、鬼胡桃会長、縦走先輩、古品さん、ヨハンナ先生。
後列に、右から、僕、錦織、御厨、弩、萌花ちゃん、新巻さんの順番で並ぶ。
「それじゃあ、皆さん撮りますよ」
カメラのリモコンを持った萌花ちゃんが、みんなに呼びかけた。
「はい、チーズ」
念のため、合計五枚も撮ったのに、後でよく確認したら、五枚とも全部、僕の目が半開きで、みんなに笑われる。
「それじゃあ、またね」
「さようなら」
「じゃあ、行ってくる」
「また今度」
先輩達四人が、木漏れ日の中、林の獣道を去って行った。
僕達は、みんなが見えなくなるまで、玄関で見送る。
見えなくなっても、僕達はしばらくそこに立ち尽くしていた。
林の中は静かで、春の柔らかい風が葉を揺らす音しか聞こえない。
「あっ、桜だ」
弩が、何かを見付けて言った。
林のどこからか、桜の花びらが飛んできて、それが一枚、ヨハンナ先生の肩に止まる。
「春だな」
「春ですね」
寂しいけれど、これからまた、なにか楽しいことが起きそうな、そんな予感がした。
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